第23話 遥か遠き夢

私は心の中に夢の続きを探しながら仕事を続けてきた。

私は今、人生のどの地点を走っているのだろうか、そしてその道は間違っていないだろうか。まだまだ仕事に貪欲にならなければならないのだろうか。一つ目のステップで一部上場の大手企業に入ることで家族に喜んでもらい、夢の一つだった商社の仕事も出来たし、二つ目で会社を立ち上げ勢力的に仕事をこなし、業界である程度の信頼を得ることが出来たし、三つ目には何か社会的貢献の出来る仕事がしたいと考え、デザインの方向性を増やして頑張ってきたし、次のステップでは何を考え、何をすれば良いのだろうか。

そんなことを考え、答えを探しながら時間だけが過ぎていった。


(人生はあっという間に過ぎていく)


気付くともう私も歳を重ね40代に差し掛かっていた。仕事柄出会う人の殆どが年上で、企業の決済権をもつ役職ある人ばかりで、私の年齢もつい忘れがちになってしまっていた。仕事をする上でよく言われるのが仕事半分、人間関係半分といくら良い仕事が出来たとしても人間関係をきちんとしなければ次の仕事にも影響が出るし、仕事が広がっていかないことは言うまでもない。それは年齢関係なくこの世界は実力主義でいかに企業の経営者や上層部に認められるかが問題だ。

そして私の年齢が企業の経営者や上層部の人より下だったこともあって、沢山の人達に可愛がって頂き伸び伸びと仕事をすることが出来た。

子供の頃よく周囲を観察することが趣味みたいにしていたので、その性格を生かして企業の細部まで見ることが出来て、お陰様でこの仕事に役に立つことが出来た。

また私は仕事をする上でいつも心がけていることが幾つかある。

それはクライアントと契約する際は必ずその企業の入口の受付とトイレを見るようにしている。経験上、受付やトイレが汚いと企業の業績もおもわしくない所が多く、逆に綺麗に清潔に清掃が出来ている企業は、何故か営業成績も良い企業が多かったように思える。

そこは隠れた企業の顔だからであると私自身は捉えている。

そんな時は受付にもトイレにも一輪のお花でも置くようにと提案するのも仕事の一貫である。花を見る余裕のある企業でなければならないからであり、そのようにお客様にも感じてもらわなければならないからである。

もう一つ心がけていることは目配り、気配りの出来るようにとよくセミナーや講習会等でも言っている。

私の過去に経験してきた中でクライアント先の米国の外資系企業は、私が出張の際には必ず泊まるホテルには私の好物のアイスコーヒーとワインが冷蔵庫にぎっしりと置かれていたのには驚かされた。社長秘書が出張の度、知らず知らずの内に私の好物をチェックしていたのだろう。

決して日本だけが《おもてなし》の国ではないとその時痛感した。秘書に聞くとやはり、コーヒーの砂糖入りか無しかまでびっしりと手帳に書いてあるそうだ。もちろん社長のネクタイの色ひとつで健康状態まで管理していることには驚かされた。

その企業には大変お世話になり、ホテルでファッションショーを開催して頂いたり、

〈一流の仕事するには一流を身につけ、それを知ること〉

を教えてもらった。私の仕事の人生はとても恵まれていたように思える。そのような中で私の仕事に対する考え方も少しずつ大きく膨らみ、

何時かは社会的貢献の出来る仕事にも携わっていければと考えるようになった。


ちょうどその時期にワーキングユニフォームの依頼がきていた。直接的な社会貢献ではないが私の企画する提案で、働く人々に喜んで頂き、便利、機能、快適を感じとって頂いたら幸いであると思った。

スポーツとワーキングユニフォームとの関連性はやはり機能重視でコンフォート性を追求したデザインが要求され、また企業のコーポレートアイゼンティを出さなければならない。例えば素材に於ては、仕事の業種にもよるが、軽量かつ耐久性、強度かつ速乾性等が求められる。勿論、スポーツと多くの共通項が見受けられる。

また違う角度から見た素材では、介護用ユニフォームとか介護用パジャマ等は普通に考えたら消臭素材を使うと良いと思うが、その考えは真逆で、いち早く匂いを介護人が気付かせないと排尿排便がそのままになってしまい、取り替えが遅くなる為に消臭素材は適さないということだ。

まだまだ知らないことが多い。机上の空論にならない為に少しでも時間があればそこに赴き、私は現場主義に徹した。

私はスポーツ関連の仕事をメインとし、ワーキング関連の仕事と海外企業の仕事と各種セミナーとほぼ四方向の仕事で頑張ってきて、およそ20年近くが過ぎていた。 その間には少しの恋愛もあり、振り替えることなく全力疾走で走ってきた。そして答えの出ないまま走り続けてきた。


そんな時に、一通の返信付き葉書が舞い込んできた。それは高校の同窓会の案内状だった。もうかれこれ卒業して何年が経ったのだろうか、懐かしさと大好きだった安奈とのことが走馬灯のようによみがえってきた。

安奈のことは、時が経っても心の片隅に何時もいた。出張の度に、この近くの場所に居るかもしれないと思っていたりして、何処かで彼女を探していたと思う。今に思えば、好きになる人もやっぱり彼女に似た人ばかりだったし、付き合ってもあの時に空いた私の心の穴は埋まることは決してなかった。

一緒に雨の日に一本の赤い傘さして歩いて帰った道や無理矢理送って行った遠まわりの揺れの激しい電車。

一緒に観た予想外のイタリア映画。彼女は今頃、何処でどう過ごしているのだろうか、元気にしているのだろうか、そんなことを考えていたら自然と逢いたい気持ちと懐かしさと愛しい気持ちで溢れてきた。

ただあの時の悲しい出来事だけは私の心からずっと封印してきた。

葉書を見て、この時はまだ楽しかった思い出に浸っていただけでどうしても逢わなくてはならないことに気付いていなかった。

そしてこれから先に私の夢の続きは仕事じゃないことに徐々に気付かされて、それは神に与えられた使命であるとはこの時知る余地もなかった。そして私の運命は確かに導かれていたように思う。


その夢とは遥か遠くにあるものか、それとも近くにあるものか。



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