第20話 忘れられない言葉
そう進むべき道を決めた私は早速取り掛かった。
私は大学に行きながら専門職の勉強出来る学校を探していた。でもなかなか四年間の中で大学と専修学校との二刀流は金銭的にも時間的にも難しい。
大学に進学する方向を取るか、はたまた実力でこの社会へのし上がって行くか迷った。大手企業は言うまでもなく学歴が必要と知っていたが、当時の私は課長、部長、管理職と出世コースには何の魅力も感じなかった。若い間に独立し、会社を立ち上げることも私の頭の中にはその視野が既にあったからだ。
だから学歴が本当に必要かどうか迷っていて、会社を立ち上げるのに大学の経営学部を専攻したり、社会経済でマーケティングを学ぶのに経済学部を専攻するのも大学に行く必要なことは理解していた。そしてその必要な知識は片っぱしから専門書等を読んで補うことにした。
ただ最終学歴に大学卒があっても邪魔にはならないことも分かっていたが今は時間が惜しので私は敢えて四年制の服飾の専修学校を選択し、それだけでは四年間がもったいないので、夜間に英語学校と国立美大専攻の専門学校に行くことを決めた。それは普通の事をしていては学力が足りないと思っていて、ましてや大学を捨てたとなると何重もの鎧を纏わなければならないと考えていた。
これで大学の一年間の学費資金と同額になっていた。その後も服飾の先進国であるフランスも視野に置いて、フランス語の専門学校にも通った。
私はその事を両親に話し、兄達とも理解してもらえるように話した。両親は三人の子供に大学へ進学させることが夢だったと聞かされていたが、最後は私が選んだ人生だから、悔いないようにと敢えて反対はしなかったのは、父親も同じ繊維関係の仕事だったので少しの理解はあったようだった。
その頃には私の心は大好きだった彼女のことも徐々に忘れようとしていた。ただ心の奥には私が成長してバリバリと仕事し、私が世界中を飛び回っていたら、もし彼女が世界の何処に居るようになっていても、何時かは何処かで再会できるチャンスがあると信じていた。それとは裏腹に、ただ彼女を探す心の余裕はなかったのも事実だった。
そして一年間が過ぎ、新たなスタートが始まった。
専修学校でまず二年間は縫製技術や型紙と呼ばれるパターン技術を習得し、国家資格を取った。後の二年間でデザインや布地の組織のマテリアルや市場の流通やマーケティング手法等を習得した。また夜間では二年間英語を勉強し、別の学校ではデッサンやクロッキーや立体を専攻して学んだ。
その四年間は忙しく、毎日の課題もあり睡眠時間も三時間ぐらいしかなく、なかなか学費を稼ぐアルバイト時間も少なかったことを覚えている。だが毎日が充実していて確実に夢に近づいているという実感はあった。
ただ大学生でもなく、仕事もしていないので、職業欄は無職というレッテルは拭いきれなかった。
もし大学に決めて行っていたら、四年間ここまで必死に勉強していなかっただろうと思った。
結果、四年間で辞めずに専修学校を卒業出来たのはわずか全体の四分の一だった。
特に男性は入学当時から少なく、まだこの時代では一流デザイナーの男性は少なかった。特に男性の企業募集は一人当たり六社から八社の採用募集がくるほどの時代だった。
私は男性デザイナー希望じゃなく、どちらかと言えば、マーケティング及び企画方面を希望していた。勿論、大手商社の採用の可能性を探っていたからだ。
そんな時にバイトで知り合った一つ年上の女性と少ない時間ではあったが交際した。
私にとってまともな交際はしたことが無かったし、時間もお金も無いものだらけの学生だった。だから交際というより、近所の大学に通っているお姉さんに、空いている時間に勉強を教わっているような感じだった。
その彼女に引かれたのは知的で聞き上手で、私は将来の夢や仕事や服飾の事も何でも彼女に話した。彼女といると不思議に私の内向的な性格が積極的になっていた。それは彼女が年上であったことと私が進まなかった大学生であったことが、私を背伸びさせていたかもしれない。
彼女は現役合格の女子大学生でフランス語を専攻していて色々と語学を教えてもらっていた。服飾用語のほとんどがフランス語だったので共通の話題もあって楽しい時間を持てた事と私が後にフランス語の学校に行くきっかけになったことに、私は彼女に感謝していた。
だから彼女は一種の家庭教師的存在の人とみたいな感じだった。
学校が終わってバイトまでの空いた時間や日曜日の休みの日に昼間の公園デートしたりしていた。
ある時、私は彼女にこんな中途半端な俺のどこが良かったか、俺のどこを好きになってくれたのかを尋ねた。それだけ私は恋愛に自信が無かったからだった。
すると彼女は言葉を選んでいたかのように少し間をおいて答えてくれた。
「好きな所っていうか、私のまわりには貴方みたいな人はいなかったこと。まだ貴方のことはよくわからないけど、ただ今の貴方の生き方が好き」
と言ってくれた。
この言葉は当時の私にとってどれだけ励まされたことだっただろう。
それから暫くの間、付き合っていたが彼女が大学を卒業と同時に家からお見合いの話が出て直ぐに彼女は婚約し、結婚した。夢を追うしかない私には彼女を引き止める術は何も無かった。
そして彼女と少しの時間を共有出来たことや彼女が私の生き方を好きだと言ってくれた言葉は今でもこれから先でもきっと忘れられない言葉に間違いなくなっていくだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます