第17話 悲しみの曲がり角
ようやく高校生活の最後の年になり、クラスも文系と理系に別れ将来の進路を決める年でもあった。
彼女とは大切な時間をいっぱい作ったがクラスが変わってしまってなかなか話す機会が無くなった。
そして彼女に別に好きな人が現れたと噂を聞いていたが、私はその事に気を止めなかった。後で分かったことだが中学校の時に好きだった初恋の人と再会したと聞いた。それは無理もない話かもしれないし、私が中途半端な態度だっただけに素直に受け入れてしまった。俺の方がもっと素敵だよと彼女に言えばよかったのか、そんな自信は無かった。そして暫く二人別々の時間だけが過ぎていった。
私の幼かった頃、パイロットになる夢もその頃はすっかり忘れていて、学力にあった大学に進むことだけが気になっていた。ほんとは将来の様々な職業に就く為にはどの大学が適しているか、またどの学部を選択すべき事かを決めるのが一般的な選択方法だった。
兎に角、私は英語が好きだったので、とりあえず大まかに文系にと決めていた。
実は私は小中学校共に数学が得意で成績も良かったし、父親は一般的な会社の経理部門で、兄弟揃って理系だったので、家系的にもその方に合う企業に就職することが適していたかも知れないと思っていた。なのに私は高校に入ってからは直ぐに数学が嫌いになっていたし、あまり勉強もしなくなっていた為に好きな英語を伸ばして、私は漠然とではあるが、進路を英文科の大学に進み将来は商社系の会社に就こうと決めていた。私には海外での仕事が向いていると思っていたからだ。
その頃の彼女とはクラスも別々になり、お互いに教室も離れていた為に二年生の時の文化祭以来、もう一緒に帰ることも無くなっていた。
今ではふたりで楽しく色んな話をしながら歩いた線路脇の帰り道、雨の日に初めて大好きな彼女と手を繋いだ路地道、その全てがとても懐かしく思い出に変わろうとしていた。
帰りの電車で彼女と手を繋ごうとしても上手くいかず、いっしょに映画を観た時だって想像を越えた映画になっていたり、彼女に聞かせたかった唄も彼女の父親に向かって堂々と歌ってしまったり、私のやる事全てがドジばかりで上手くいかなかった。
そして相変わらず彼女に上手く自分の想いを伝えることが出来ない人間になっていた。
でもやっぱりずっと彼女の事が好きで、たとえ教室が離れていたにしても、たまに彼女の教室まで用もないのに行ったりしていた。
彼女はというと相変わらず直ぐに彼女だとわかる大きな声で、何時も楽しそうな声が廊下中に響き渡っていた。その彼女の声を聞くと私は何故か安堵した気持ちになっていたことを覚えている。
三年生になって直ぐに運命のその日はやってきた。
二時間目の休み時間に私は廊下を歩いている時だった。突然、背の高い彼女の友人が複雑な表情で私の前に慌ててやってきた。
「竹内君はどうして行かないの?」
「知らないの?」
私は何の事か全く判らなかったが彼女の友人の慌ただしい表情から彼女に何かあった事は直ぐに察した。
「何があった?」
私の言葉を拒むように彼女は言い続けた。
「安奈ちゃんのお母さんが亡くなって今日がお葬式なの」
親切にもわざわざ彼女の友人は私に知らせに来てくれたのだ。彼女はきっとまだ私と安奈が付き合っていると思っていたのだろう。
その話が呑み込めるまで数秒かかったが 、直ぐに私は
「わかった。有り難う」
と一言だけ言い残して直ぐに教室に戻り、クラスの仲間には何も告げずに、次からの授業をボイコットして学校を出た。
(急がないと、間に合ってくれ)
とりあえず急いで電車に乗った所までは覚えているが、その後の事は覚えていなかった。
(どうして直接私に言ってくれなかったのか)
(そう言えば、付き合っている時に彼女は一度も母親のことは話さなかった)
(何時も明るく笑顔を絶やさない彼女だから、あえて辛く重い話はしたくなかったのか)
私は向かう電車の中で走馬灯のように思い考えた。
ふと気付くと電車を降り何かに導かれるように彼女の家の近くまで歩いて来ていた。
都会の街中にあっても、とても静かなビル街の一角に彼女は住んでいた。そして100メートル位あるだろうか、この先の角を曲がった所に彼女の家がある。
その先の方は黒塗りのタクシーや人で溢れかえっていたのが見えたのと同時にマイクから微かな声が聞こえてきた。
私が近づくにつれてその声もお葬式の出棺の時の挨拶だと直ぐに分かった。
おそらく父親の声だったが、その声を打ち消すかのように彼女の張り裂けそうな、何時もの彼女から想像がつかないほどの大きな泣き声がマイクから流れ響いていた。
思わず私はその角の前で立ち竦んで動けなくなってしまった。
(俺は何をしてんだろう)
(俺は大切な時に彼女の側に居てやれなかった)
(俺は・・・彼女を守れなかった)
そしてその時、私は人生で初めて涙した。
その涙は悲し涙じゃなく、今日まで辛かった彼女の側で何もしてあげれなかった自分への悔し涙だった。
そして私は彼女と顔を合わせずにその曲がり角から彼女の泣き声が聞こえなくなるまで、必死で溢れてくる涙をこらえながら立ち去ってしまった。
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