第16話 僕が彼女に作った愛の唄
長い夏休みが終わり、文化祭シーズンが迫ってきた。
クラスごとに色んな催し物が企画され、これに生徒全員が参画した。私はどんな忙しい時でも、大好きな彼女のことは、これまで一日足りとも決して忘れることはなかったし、誰よりも彼女のことを想い、こんなに彼女のことを好きでいれる自分にある意味、不思議だった。
その頃の私は一年生から続けていたフォークソング部の部活で文化祭に向けての発表会で忙しくしていた。そして彼女もまた書道部で忙しくしていた為になかなか一緒に帰れない日々が続いた。
私は講堂でおこなわれる発表会で友人とふたりでグループを組んで日々練習に励んでいた。幼稚園の時、もう少しピアノを習っておけば良かったなんて思ったり、小学校でも音楽の授業をもっと真面目に勉強しておけば良かったなんて思ったりもしていた。
私はその頃に流行っていたシンガーソングライターのコピーをしていた。フォークギターはお小遣いを貯めて中古のギターを何とか買うことが出来たし、先輩からのギターも譲り受けることが出来てとても嬉しかった。
その他に私は先輩からの薦めでビブラホンとフルートも何とか独学で練習していて、その2つの楽器は美しい音色で、是非とも取り入れたかったという思いがあった。
私と友人のグループは文化祭の講堂で演奏を披露する時間帯も決まり、いよいよ当日を向かえ、勿論彼女には出演する時間も教えていて、感動してくれるかどうか分からないがほんの少しだけの自信を持って、私が作った彼女だけに捧げる歌を聞かせてあげたかった。
開場を前に少し緊張していたが、沢山の観客を見てとても気持ち良かったことを覚えている。何曲か歌って少し余裕も出てきたので、私は周囲に目を配り、観客の中からゆっくりと大好きな彼女を探したが、残念ながら彼女の姿はどこにも無く、最後の曲も唄い終わってしまった。
(どうしたんだろう)
見落としていないかどうか隅々まで彼女を探した。後になって彼女に聞いたが、書道部の活動で独りだけ脱け出すことが出来なかったみたいだった。
そして私にとって残念な文化祭は終わってしまったが、でも私は何とかして大好きな彼女に私の作ったあのオリジナルソングを聞いてもらいたかったので色々と考えた。
学校に居る時は放課後の教室でもふたりきりになるのには中々難しすぎるし、公園に呼び出してギターを弾くにもちょっと気恥ずかしすぎるし、誰にも知られないで聞いてもらうことは出来ないだろうかと色々思い悩んだ結果、一つだけ良い方法が浮かんだ。
(夜に彼女の家に電話し、電話越しに歌えば良いのではないか)
直ぐ様、文化祭の当日の夜に彼女の家に電話することにした。
現在のようにスマホ携帯があればこんなに苦労しなくてもSNSとか動画とか色んな方法で伝える事が出来るのに、当時の電話は一件に一台しか無かった時代だった。
とりあえず晩御飯が済んで九時位がベストな時間帯かなと思い、ギターを持ちながら楽譜を開いて準備して彼女の家に電話を掛けた。この時間帯はいつも彼女が私からの電話を待ってくれていたかのように、直ぐに出てくれていた時間帯だったので、彼女の家族と話すこともなく気楽に電話が出来ていた。
電話のベルが二度ほどコールしたらガチャっと受話器が外れる音がした。(繋がった)
私は咄嗟に話掛けた。
「もしもし、正樹。今から僕が作った唄を歌うから聞いてね」
そう言って私は心を込めてギターを弾きながら歌い始めた。
丁度一番のサビの手前まで歌った時に、何か受話器の向こう側の様子が変なことに気付いた。
「もしもし、桜庭ですが・・・」
と男性の低い声が聞こえてきた。
(やってしまった)
それは彼女でなく、紛れもない彼女の父親の声だった。
なんと私は彼女の父親に彼女に捧げる愛の唄を歌ってしまった。
私は直ぐに気を取り直して彼女の父親に話し掛けた。
「失礼しました。同級生の竹内と申します。夜分に申し訳ありません。安奈さんは居られるでしょうか?」
と気を取り直して冷静に話が出来た。
「今、お風呂に入っていますが何か・・・」
「急ぎの事ではないのでまた明日にでも学校の方で話します。では失礼します」
電話を切るなり、恥ずかしさのあまりどっと冷や汗が出てきた。
明日、学校で彼女に会ったらなんて話し出そうかと、その事を考えては結局朝まで眠れなかったことを覚えている。
そして次の朝の登校時に彼女に会って聞いた。
「お父さん、何か言ってなかった?」
と話すと、彼女は深刻な顔をして
「今日学校が終わったら家に連れて来なさいって言われた。どうしよう?」
私は彼女の深刻な顔に動揺したが
「迷惑かけてごめんね」
と覚悟を決めて言った。
すると彼女は目を細めて
「正樹、殴られるかも・・・」
と言い、私の顔をまじまじと見ていた。そして
「なんちゃって・・・嘘だよ」
「お父さんは暫く笑いが止まらなくて・・・」
お父さん曰く
「安奈、今若い男性から告白された」って。
「正樹、お父さんに何を言ったの?」
彼女は私が唄ったことを知らなかったみたいだったので
「内緒」
と一言だけ言ってさっさと教室に入って行った。
(38年経って想うのは、一度彼女のお父さんに会ってみて、失礼ながらあの当時電話越しで唄ってしまった話をしてみたかった)
失敗だらけの人生だけど私は今、一度しかない17歳の青春を謳歌し、色んなことを想い考え悩み、勿論今しか書けない大好きな彼女のこともいっぱい唄にしようと曲作りと作詞作りに取り組んでいた。
そして間違って彼女のお父さんに唄ってしまった《僕が彼女に作った愛の唄》のオリジナルソングを完成させた。その他にも約40曲くらいの唄を作っていたと記憶しているが残念なことにその当時の書き貯めていたノートはもう今は無くして存在しない。ただ私の記憶の中に、この曲だけが鮮明に残っている。
そしてその後も彼女本人に直接に聞いてもらうチャンスも無く、ちょっぴり切ない青春だったが、私は夢の中で大好きな彼女を想って、彼女だけに作った愛の唄を歌っていたことを38年経った今でも忘れてはいない。
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