第15話 恋愛発情期

思いきって次の休日に彼女を誘って二人っきりで映画を観に行った事を鮮明に覚えている。

何時も明るく楽しい彼女とお互いに何か感動を共に出来る映画を観たい。そっと二人だけの共有できる何かが欲しかった。


(それは38年後に再開して話した当時の一番の話題で二人だけの忘れられない思い出となっていた)


観る予定だったその映画は、アフリカのライオンと生態を研究する女性学者のノンフィクションの出来事を映画化されたもので、人の手によって育てられた雌の赤ちゃんライオンが何年か経って野生に戻されて、何時しかその女性学者の元に、その野生に戻ったはずの雌ライオンが今度は赤ちゃんを連れて見せに戻ってくるという感動的な映画だ。

二年生になって私は映画研究同好会に入部し、それは以前から映画好きもあっての事だった。また当時、映画研究同好会に入ると市内の幾つかの映画館が無料で入れたり、新作の映画上映チケットが貰えたりした。

言わば当時の映画館の広告宣伝費の代わりになっていたと思う。

私はアルバイトもしていなかったので、彼女と週に何回か遠回りして電車で帰るにもお金が必要だったから、この無料チケットは金欠の私にとってはとても助かった。

そこで私は彼女との記念すべき初デートの計画を練った。

その内容は資金不足なのでお昼のランチはとりあえずパスして、二時頃の待ち合わせにしていたと思う。

まずは一緒に喫茶店にでも行って今日の観る映画のストーリーの話でもしようかと決めていた。

そして一週間前くらいに彼女に話したら、すんなりと私の初デートの提案を受け入れてくれた。やっとこれで正式に晴れて付き合っていることになると思った。でも好きな彼女に

(付き合ってほしい)

(付き合わないか)

等とか、これと言って私の方からはっきりとした言葉はまだ言っていなかった。

そして私は初デートの日が楽しみで楽しみでしかたなかった。


当日、私達は彼女の最寄りの駅で待ち合わせした。私は高鳴る気持ちを押さえていたが、すでに一時間前に待ち合わせ場所に到着していた。

彼女も少し早く来てくれたので映画の上映時間までは二時間くらい余裕ができた。

とりあえずふたりで映画館近くの喫茶店に入り、彼女は女性らしくパフェを注文し、私はアイスコーヒーを注文した。

そして私は彼女にいかにも映画をすでに観たかのように得意気に今日の映画の説明をした。彼女も私の話を笑顔で聞き入ってくれた。

そしてそろそろ上映時間が近付いてきたので、喫茶店を出て一緒に手を繋いでとはいかなかったが映画館に向かった。映画館の前に着いて私はもう一度上映時間を調べたら、何と今日に限って時間変更になっていて、上映が後二時間近く先になっていて、前の上映が今始まったばかりだった。

もし今から入場しても途中からだし、後の上映時間にすれば彼女の帰宅が夕食の時間に間に合わなくなり、家族の人に迷惑になりかねないと思った。

(どうしよう。このままだと折角の初デートが台無しになる)

(いや。もう一つ映画研究会のパスで無料で観れる映画館があった。でも何の映画が上映しているか分からないし、上映時間が上手く間に合うかどうかも分からない)

とりあえずこの場所に居ててもどうしようもないし、私達は次の映画館に向かった。

上映映画は《ゴールデンボール大作戦》というイタリアの映画だった。

突然の予定変更だったので前調べも無く、内容は全く分からなかったが上映時間も大丈夫だったし、何となく面白そうな映画だったので、とりあえずこの映画を観ることにした。

全国公開なのに意外と空いていて自由に席を選ぶことが出来たので、スクリーン真ん中の良い席に並んで座った。

少し待っていると上映が始まり、最初は企業のコマーシャルが何時も通り流れ、いよいよ映画の本編が映し出された。私達はお互いに顔を見合わせて楽しみにした。最初はごく普通の明るいイタリア人のコミカルな生活風景が描かれていて、主役のひとりの男優が様々な男女のトラブルに巻き込まれていくストーリーのようだった。

隣の彼女の方を向くと、直ぐ側に彼女の顔があって

(直ぐにでもキスをしろ)

と言わんばかりの距離にドキッとした事を覚えている。

昔の映画館もなかなかのものだ。

そして暫く観ていると何だか様子が変だ。男女の裸姿や行為の描写が余りにも多すぎる。最早これは成人向き映画ではないか。いやいや映画館に入る時は別に止められなかったし、チケット見てもそのような事は書かれていなかった。

私は心配になって恐る恐る彼女の方を向いて嫌がってないか確かめたが、意外にも彼女は楽しそうに、身体を前のめりになって食い入るように観ていて、私が彼女の方を見ていることなんか知らんぷりだった。

やがて映画は終わり、私達はあえて観た映画の感想もなく映画館を出た。

とりあえず私は少し気まずい思いで、ここで何か言わなくちゃと思い「面白かったね」

とだけ言った。

彼女もニコッと微笑んでくれて私はホッとしたことを覚えている。

そして帰り際に彼女は私に

「今から家に来ない?」

と言われた。当時は女の子の家に行くことに許される家庭ではなかったので、少し驚いたが

「夕食前だし、またこの次に」

とだけ言って別れた。


そして初デートの予定が想像以上に大幅に狂ってしまったが、何とか無事に済んで良かったが、明日から学校で彼女とどう顔を合わしてよいか思い悩んだ。


この休日の初デートは私達にとって、忘れられない最初で最後のデートになった青春の思い出の一ページだった。


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