第14話 柔らかな小さな手

二年生になってから漸く制服も自由化になり、皆それぞれ好きな服装で登校するようになり、私も少し大人になった気分で私服を楽しんだ。

当時70年代は米国の大学生のカレッジファッションスタイルが流行っていて、ボタンダウン襟の白のシャツに、ベージュやネイビーカラーのコットンパンツにベルトは一枚革のコードバンベルトをして、決まってブランドのワンポイント刺繍の入った白のコットンソックスに、ブラックのローファットカットのスリッポンシューズを履いていた。

また学校の教科書等はあえてバックに入れないで3センチ幅のストライプのナイロンベルトで縛り、脇に抱えて持つブックバンドスタイルのアイビーファッションと呼ばれる服装がお洒落の一つだった。

もう一つ人気のあったのはヨーロピアンファッションで、髪型はロングヘアーでフィットしたオープンカラーの襟でプリント柄等様々なモチーフがあって、パンツは膝下から広がっているベルボトムパンツにロンドンブーツを履いたファッションで、特にミュージシャン達の間で流行っていた。

私はアルバイトもしていなくて服もろくに買えなかったので、よく兄達の服を借りていたのを覚えている。

彼女はほとんどが制服だったが、時々白いトレーナーにピンク色のデニムパンツをはいていたのが今でも印象に残っている。


授業が終わって何時ものように私は教室を出た後、廊下で壁にもたれ立っていると、彼女は数人の女友達と楽しそうに話しながら一緒に出てきた。

そして彼女はチラッと私の方を見ると、ニコッとして、まだ彼女達は話の途中なのに彼女は何事もなかったかようにすっと私の方へ近寄って来てくれた。

「お待たせ」

と一言彼女は言った。即座に私も「友達、良いの?」

と返した。

「大丈夫」

何時もそんな会話だった。

それから一緒に帰る時は私達は最寄りの駅まで歩いた。

他愛のない会話も私達は楽しかったしあっという間に駅に着いていた。

学校の帰り、彼女の女友達もいるので毎日とはいかなかったが、お互いに私服の時に限って一緒に帰ったりしていた。勿論、私はバスで帰れば直ぐに家に着くのに敢えて電車で遠回りして彼女の最寄りの駅まで送っていた。

当時の学校規則は今に比べるととても厳しくて、帰りに喫茶店に行くことすら禁止されていた。もし見つかると三日間の停学もあった。

また当時の男女交際は休みに映画を観に行ったりボーリングしたり、主にグループ交際みたいな感じだった。勿論、今のスマホみたいな物はなかったし連絡はもっぱら家庭用黒電話しかなかった時代だった。

恋愛に於てもなかなか彼女と手を繋いで歩いたり出来なかったし、それが憧れでもあったりした時代だった。

そして私にもその憧れのチャンスが訪れた。私達は何時ものように帰宅を共にしたある日、学校を出て私達はある程度の距離をおいて最寄りの駅まで歩いていた。

線路脇にはご近所の方が育てているのだろうか、沢山の綺麗なサルビアの花が咲いていたことを覚えている。


出会ってから何日過ぎただろうか、私も彼女もお互いに好意はあったが、いや私はそれ以上だったが、中々「好きだ」と口に出せなくてそんな気持ちをそろそろ態度に出さないと思っていた。

二人っきりの時がチャンスだし制服じゃない私服の時が決行の日だ。そのよなことを思いながら電車に乗った。

今では少ないがひと昔の電車はけっこう揺れが激しくて、つり革やドア横の手すり棒を持たないと立っていられないほどだった。

(手を繋ぐのには絶好のチャンスだ)

そう私は考え電車の揺れを利用して偶然に手を繋ぐという浅はかな考えを思い付いた。そしてある日の帰り

電車を待っている間、ドキドキしながら何時ものように電車に乗り込んだ。すると何とその電車は空席だらけ、今回の決行は断念した。

何日か過ぎてまたチャンスが巡ってきた。

(今日は席が空いていない満席だ)

そして私達はドアの横に並んで立っていた。一つ目の駅が過ぎ、二つ目が過ぎ、三つ目が過ぎてカーブに差し掛かったちょうどその時、急に電車が揺れ出した。

(危ない)

と同時に

(チャンスだ。今だ)

と思った瞬間、彼女はフラッとした。咄嗟に私は彼女に手を差しのべたが、彼女は私の手をスルーしてドア横の手すり棒を掴んでいた。

(人生ってこんなもんだ)

その日は何事もなかったように彼女を送って帰宅した。


そして午後から雨の降るある日の事、私は傘を持ってくるのを忘れ、彼女の赤い小さな女性用の傘で、肩を寄せ合って相合い傘になった。

そして彼女の傘を借りて私が傘をさした時、彼女は傘を持つ手に柔らかくて小さな両手がそっと包み込むように握ってくれて言った。

「正樹、寒いね」

そして彼女は肩を寄せ合ってる私を見上げるように私の顔を見てまた言った。

「正樹の手は意外と暖かいんだね」

「暖かい手をしてるのは心が冷たいんだって。知ってた?」

勿論、知ってたいたが敢えてその質問には答えなかった。すると彼女は微笑みながら言った。

「私に何かあった時は助けてくれるのかな?

子犬と私が溺れていたら、どっちを助ける?」

そんな質問に私はすかさずに言った。

「まず子犬を抱えて安奈を助けにいく」

すると彼女は

「正樹はやっぱり真面目だね。嘘でも私を先に助けると言わなきゃ。

こう見えて中学校時代は水泳でスイミングスクールから勧誘があったほどなんだよ。知らないと思うけど泳ぎには自信あるよ」

「そんな正直な正樹が好きかな」

言い終わってそしてふと寂しそうな顔を見せた。

この時、彼女は何も言わず助けて欲しかったのか。

もうすでに彼女はこの時、哀しみの渦に巻き込まれていたのか。

そうとは知らずに私は彼女と触れながらこのまま時間が止まってほしいと思っていた。


今、街に高校生の相合い傘を見かけるとふと当時の事を思い出す。

あの時の柔らかな小さな彼女の手の感触は今でも忘れない。

それはずっとずっと時間が長く感じた帰り道だったから。

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