第10話 許せない大人たち

中学生時代は丁度大人と子供の狭間で心も身体も変化の時期だ。そんな時に成熟しようとする心に精神が伴わなくて、反抗期がおとずれるのかもしれない。私の場合は特に反抗期は無かったように思える。

当時、大人の善悪の区別は理解出来ていたが、善の中にもまた様々な大人がいるんだと、ただ大人達が皆同じでは無かったことを思い知らされた。

昔は親から、先生の言う事は全て正しいみたいな先生は絶対的正論者と言うような風潮があった。だから絶対に逆らうことなく、言われるがままみたいな所があった。


そして中学生になって見事に崩れ去る出来事があった。

中学校は給食というものは無く、生徒は皆お弁当持ちだった。お弁当のない生徒は少量の味気無いパンだけが校内の事務室で販売されていた。そのパンが買えるのもほんの数人分しかなかった。

前にも話したが、我が校はマンモス校だったので全員のお弁当のない生徒には行き届かなかった。行き届かなかった生徒は学校を抜け出し、当時はコンビニみたいものは無くて、近くの寂れたお好み焼き屋や駄菓子を売っている兼業の食堂みたいな所に行くしかなかった。勿論、校外へ出ることは校則違反だったが仕方なかったと思う。

昔から私は人を観察することばかりの性格だったので今回のような事が起こっても常に冷静に状況を見ていた。そして一番に疑問を思ったのが、どうしてパンやお昼のお弁当が少ない事に学校側が気付かないのかが不思議だった。なのに理由も聞かないで一方的に先生方は外へ出ようとする生徒を止め、また生徒達は止めらることに反抗するだけで外へ出る理由を言わない。そんなやり取りを見ていた私はなんて不条理な社会なのかと思い、やるせない気持ちでいっぱいだった。

父子家庭などの様々な事情でお弁当を持参できない生徒がいることをもっと早く知るべきだと思っていた。

そんな時に私は同じクラスの新しい同級生と友達になった。彼もまたお昼のお弁当のないひとりだった。友人の名前は

「柴田勝一」(しばたしょういち)

皆は彼のことを「勝」(しょう)と呼んでいた。

彼の家は学校から遠く、彼の父親が乗っていたいかにも重そうな大型の黒の錆び付いた自転車に乗って登校していたので、よく目立っていたのを覚えている。

後に友達になって分かったことだが、勝の家庭は複雑で父親の家庭内暴力で母親は出て行き両親は離婚し、勝の下には歳の離れた弟がいた。母親がいなかった彼は帰ったら洗濯や夕食の支度等、様々な家事をしていて弟の面倒もみていた。そんな状況では中々家で勉強など出来た環境じゃなかった。私は彼からすると余りにも恵まれていたと思うし、母親は専業主婦だし、兄弟は私より上の兄ばかりだし、おまけに塾まで行かせてもらっていたことに感謝していた。

この時、私は世の中には複雑な家庭があることを身近に知った。そんな勝がお昼になるといつもどこかへ行って居なくなっていた。クラスの仲間や担任の先生まで見て見ぬふりだったことも覚えている。そして何事も無いように担任の先生は女子生徒に囲まれながら仲良くお弁当を食べていた。

塾じゃあるまいし、学校は勉強だけ教えているだけで良いのか、この時に私は見て見ぬふりをする担任に憤りと許せない気持ちになった。

そして大人になってもこんな事が分からない大人がいることにガッカリしたのを覚えている。

男子生徒は男子生徒で居なくなっている生徒に気にかけることもなく、ワイワイと楽しそうにお昼時間を過ごしていた。

私は相変わらずひとりでお昼ご飯のお弁当を食べていて、そんなクラスの仲間と一緒にお昼を過ごす気にはなれなかった。


ある日、私は母親に頼んでお昼のお弁当を二つ作ってもらうように頼んだ。母親もこれといってその理由も聞かなかった。食べ盛りの時だし、一つでは足りないと思っていたのだろう。私は勝に

「一つ余ってるから食べなよ」

「クラブ終わって塾に行くまでお腹空くから二つ無理やり持たされるんだ」と嘘を言ってお弁当を渡した。

そして二人でいつも一緒に食べることになった。話の話題はいつも勝の野球部の話ばかりしていた。勿論バットもグローブも無くて先輩のボロボロのグローブを借りていた。彼の唯一の楽しみが野球。私が野球を諦めたからどんな練習しているのか特に聞きたかった。

そしてその後、勝は外へ食べに行くことは無くなった。

勝は中学を卒業したら必然と就職することを決めていた。私は子供心にもそれぞれの家庭の事情があることを察していたが勝にどうしても高校に進んで野球をして欲しかった。「好きな野球止めんなよ」

「推薦わくで行けるように頑張れよ」と高校に行くことを促した。

私は卒業するまで休み時間を利用して勝にとことん勉強を教えた。それは決して上から目線じゃなく本当に親友として後に出来るならプロの選手として活躍して欲しかった。塾に行っていたお陰で学校の授業は復習にしかすぎなかったので私みたいな人間でも、なんとか教えることが出来た。そして勝は自分自身の努力で見事に野球の名門高校に進むことが出来た。その間、私は暫く大好きな彼女のことを忘れてしまっていた。

それより私は勝が将来プロ野球選手で活躍するかも知れない事が、自分のことのように楽しみで嬉しかったことを覚えている。


この一年間は大人の許せない不条理な出来事と親友の果てしなき夢とかが入り交じった複雑な思いの時だった。

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