第8話 彼女に架ける橋

私達は二年生になり、またもやクラスは別々になった。彼女の存在がどんどん遠くなってきているのに、神様はどうして好きな彼女と同じクラスにさせてくれないんだろうと思っていた。

この頃になるとお互いが偶然にすれ違っても目と目を合わすことなく、意識することも無くなっていた。

私は相変わらず厳しい塾通いでこの二年間は人生で一番勉強していたと思う。当時の塾の学習方式では、兎に角詰め込み方式で各教科は暗記するというか覚えることばかりだった。

数学に於いては常に一学年先の学習だったので、方程式は学校ではまだ習わない数式で問題を解くのに方程式が使えないので苦労した。

そしてようやく中学校生活にも慣れてきて男友達も少しはできた。なかでも小学校からいっしょだった近所の幼なじみで名前は

「中本義明」(なかもとよしあき)

とは塾もクラブ活動もいつもいっしょだった。そして後に高校までいっしょになった唯一の友人でもあった。

(生きるとは何か、人生とは何か)

(宗教、宇宙、政治、音楽、映画)

様々なことを一晩中朝まで徹夜で話したこともあった。勿論恋愛と言うか好きな女の子のタイプとかも話したが、結局私は殆んど聞き役で彼女の事は話さなかった。勿論彼も小学校が一緒だったから大好きだった彼女の事も私達の噂になっていた事も知っていたはずだが、彼は私に問いかけなかった。

初めて外国人アーティストの音楽を聴きに行ったのも彼だったし《真夜中のカーボーイ》と言う二人の男の友情を題材にした米国映画を観に行ったのも彼だったし、私はその友人から色々な刺激をもらっていた。

当時、洋楽はロックや反戦歌のフォークソングが流行っていて彼の家でよく聞いていた。特に私が一番気に入っていた《サイモンとガーファンクル》はお小遣いを貯めてレコードアルバム二枚組を初めて買った。

当時中学生の私には破格な値段で今でも大切に持っている。そして何度も何度もレコード針が擦りきれるまでよく聴いていた。

そのグループは叙情的な歌詞の内容をもつ音楽で、しかも私は辞書片手に翻訳しては意味が繋がらないのに苦戦していて、中学生レベルの英和辞書では駄目だと気付き当時大学生だった兄の英和辞書を借りては訳していたのを覚えている。

沢山ある中でも誰もが知っているヒットした曲で現在の音楽の教科書に載っている名曲の《明日に架ける橋》はなんて美しい歌詞なんだろうと感動した。

(あなたが傷ついていたら僕が癒してあげるよ。

あなたの目に涙が零れていたら

僕がその涙の理由を聞いてあげるよ。(中略)

渦巻く荒海に架かる橋の様に

僕があなたの橋になってあげるよ。

苦難な気持ちでいるあなたが乗り越える橋のように僕が橋になってあげるよ)

そしてこの曲を何度も何度も聞いてはひとり歌っていた。

そのきっかけで私は英訳していた頃から本格的に英語を勉強するようになった。

自分にもこんな美しい歌詞が書けたらと思いながら、様々なアーティストの和訳をしては何度も唄って楽しんでいた。

もしいつか大好きな彼女が困っていたり、哀しくて泣いていたなら、僕が彼女の為にこの曲を歌ってあげたいと想いながら独り妄想していたが、彼女はいつも明るく楽しそうでずっと笑顔の人だった。


ある日のクラブ活動の帰り道、この日は塾も無くクラブの友人とバスケットの話しながら学校の校門を出て自転車を押しながら歩いていると、私に後ろから突然女の子の声がして振り返った。

「竹内君、クラブ今終わったの?」

容姿は少し変わっていたが久しぶりの彼女の声だと直ぐに分かった。彼女は独りで分厚いカバンを重そうに持ってこちらの方に歩いてきた。私は突然声を掛けられた事で戸惑いながら彼女の足元から頭の先までもう一度確認するかのように見た。

(容姿は変わっていても確かに大好きな光だ)

(今度は光の方から声を掛けられた)

(あの時俺が光に思いきって声を掛けた時と同じように)

私と友人は途中で話を止め、彼女が来るのを待った。すると友人は何を思ったのか急に

「俺、帰るわ。また明日な」

と言ってこの場をさっさと立ち去った。きっと友人はその場の雰囲気を察して気を利かせてくれたのだろう。

そして私と彼女と二人きりになった。二人きりになったのは小学校の時に自転車で彼女の家まで送って行った時までさかのぼらないとだめだった。あの時も確か彼女が下校して小学校の校門で私が思いきって彼女に声かけた時だったことを覚えている。

そして私は近寄る彼女に向かって

「久しぶり。カバン貸せよ」

と言って彼女の重いカバンを取り上げ、私の自転車のハンドルの上に乗せ、私のカバンは持ち手に両腕を通して抱き抱えるようにして持った。こうしないと彼女を自転車に乗せてあげるのに背中のカバンが邪魔になるからの咄嗟の判断だった。

「いいから後ろに乗れよ」

と言うとさっさと横乗りして私の腰のあたりをつかんだ。

私はドキドキする気持ちを押さえて走り出した。小学生の時に彼女を自転車に乗せて走った時より少し重くなっている彼女の感触を噛み締めながら、今度はゆっくり走った。

「学校はどう?」

と彼女に聞くと

「どうって?」

と返され直ぐに

「楽しいか?俺はクラブ活動と塾で忙しいよ」

と言うと彼女は

「そっか。じゃ彼女は出来ないね」

何時もの事ながらあっけらかんと彼女は笑顔で聞いてきた。

私はその質問に驚いていたがここは冷静になって言い返した。

「そんなこと無いよ。彼女を作ろうと思えば直ぐに出来るよ」

すると彼女は私の腰につかんだ手を放し、サドルをつかんで今度は少し表情を変えて言った。

「じゃさっさと彼女作れば」

そして私は黙ったまま走った。

(漸くお前の事、忘れようとしていたのに)

(お前の事がずっと好きだから彼女なんて出来るはずが無いよ)

私の表情を悟られないで何度も心で呟いた。暫く間があいて彼女は自転車を運転している私の横顔を覗き込むようにして言った。

「そっか。彼女作る気が無いんだ」

前にも1度あったが私の心の中を読まれている。私は気持ちを隠そうと彼女に言った。

「お前こそどうなんだ。好きな人が出来たのか?」

と聞くと彼女は又もや笑顔で

「・・・内緒・・・」

と一言だけ言った。

そして懐かしい彼女の帰り道を通り、彼女を家まで送って行った。

そしてこれが彼女との二度目の自転車デートになった。


そしてこの日を最後に彼女とは中学校を卒業する日まで1度も話しする事は無かった。

勿論、彼女に《明日に架ける橋》を唄うことなんて当然無かった。










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