第4話 彼女を乗せて
小さな魔法にかかった私は、残りの小学校の四年間は言うまでもなく薔薇色のような人生だったと思う。
初めて異性を感じ、想いを寄せた彼女とクラスが一緒で、家の方向は真逆だったけれど毎日学校に行くのが楽しみになっていた。
おまけにクラスから選出される学級委員も彼女と一緒で、クラスの決め事があれば放課後に残って話し合っていたことを覚えている。
因みに学級委員は投票制で、委員長は男女一名ずつで副委員長も又男女一名ずつ選出され、中学年から高学年になると一年間の任期中に様々な学校行事や修学旅行等の打ち合わせに参画していた。ただどんな内容だったかは今になっては思い出せないが、彼女はいつも物静かで人の意見を良く聞き、発言は的を得た的確なものだった。そんな才色兼備の彼女は成績も優秀で知的で転校直ぐにクラスの男子生徒の人気者になっていた。
勿論、私もそんな仲間のひとりだった。
彼女と二年生の後半から仲良かったせいかクラスの男子生徒から
「正樹は天地のことが好きだ」
と私達の噂が立ち始めた。席も隣通しなのでいつも仲良く話していたからなのか、今で言う苛めのような事をされ出していた。
何時ものように学校に行くと黒板にチョークで大きく相合い傘にふたりの名前が書かれてあって、私が教室に入ると男子達が
「ヒューヒュー」
と言って冷やかされたりした。それは日増しにエスカレートしていって、ついには二人の机を引っ付けてられて机の上にも落書きされていた。私はそのような事があっても担任の先生には告げ口もせずに何も言わなかった。
日常的にそのようなことが頻繁にあって、何時しか私と彼女はお互いの顔を見合わすだけで話する事も少なくなっていった。要するに、私は完全に周囲のそのような仕打ちに気持ちが負けてしまっていたのだ。
ただ彼女の気持ちは分からなかったが私だけの一方的な片思いであって、そういう苛めのような事は子供心にも絶対に許せなかったし、一番に彼女だけは巻き添えにしたくなかった強い思いがあった。
それでも腹立たしい行為は収まることなく続き、私だけにそういった行為はまだしも、何も関係ない彼女を巻き込むことだけはどうしても避けたかった。だから私はそんな苛めに対向してよく数人の男子と喧嘩し、その後で担任から喧嘩したことで職員室に呼び出されても彼女を巻き込みたくなかったから決して状況を言わず、担任には私だけ一方的によく怒られていた。
そのような状況から幼心にも何時しか私は彼女を守ろうとする気持ちが芽生え始めた。それはたとえ自分が犠牲になっても大切な人を守るという人間の本能なのか、生まれて初めての気持ちだったことは確かだ。
残念ながらそれからは次第に彼女と話す機会もなくなってしまい、いつしか彼女と距離を置くようになってしまった。
そのような中でも私の小学校時代の忘れられない一番の思い出が起こった。
それはある日の学校の帰り際の出来事だった。その日は午前中に授業は終わり、お家に帰ってお昼ご飯を食べて午後から野球部の練習で私は自転車で学校に戻った時だった。
夕方に練習が終わり帰ろうとした時、たまたま校門を出る彼女と二人っきりになった。後ろ姿で直ぐに彼女だと気付いた。
(これは神様がくれた一隅のチャンスだ)
(今、声をかけないと・・・)
あれ以来、暫く彼女とは私が変に意識し過ぎたせいか、ふたりに距離が出来てしまって何の話もしていなかったので、兎に角彼女と話したかった。私は自転車だったので思いきって彼女に背後から
「送って行くから乗れよ」
と一言だけ声をかけた。彼女は少し驚いた様子だったが直ぐに私だと気付き、久しぶりに彼女は笑顔を見せてくれて私の申し出に応えてくれた。
そして彼女を自転車に乗せてゆっくり走り出した。
(なんて心地よい感じなんだろう)
(クラスの男共よ、俺は光を自転車に乗せているぞ)
なんて思った瞬間、恥ずかしさと訳の分からない気まずさで思わず私は立ちこぎをして全速力で走ってしまった。
そして咄嗟に私は思った。
何か話さないと声をかけた意味がないと。
(あまり話さなくなってからどうしていた?)
(皆のいじめ気にしてる?大丈夫だったか?)
(もし、またいじめらるような事があったら俺が必ず守るからな)
なんて言いたかったが、結局何も話さずに彼女の家に着いてしまった。
全速力で走っていたので息切れしてしまっていて、じゃまた明日と声も掛けれなかった。
家に着くと彼女はパッと自転車から飛び降りて家の門扉の所まで行って、一言二言私に向かって言った。
「送ってくれて有り難う」
「私は何も気にしてないよ」
「いつも気に掛けていてくれて有り難う、バイバイ」
と言ってさっさと門扉を開けて家の中に入って行った。
「えっ?」
私は何も彼女に言っていないのに、(どうして?)
まさか私の心の声が聞こえていたなんてあり得ない。彼女はテレパシーを使って私の心を読み取ったのか。
以前にも同じようなことがあり、不思議に思っていた。
(やっぱり彼女は魔法使いだというのか)
でも不思議な出来事はこの時はどうでもよかった。私は彼女のその言葉を聞けただけでも嬉しかったし、もっと話したかった事もどこかに吹き飛んでしまった。
そして私は何事もなかったように、ゆっくり家路に向かった。彼女の家までどういう道順で送って行ったかは全く思い出せなかったが、ただその帰り道、私は何か分からないが達成感に満ちたような気持ちになって人目も憚らずにニコニコしながら口笛を吹きながら帰った。
あの日の事はあまりよく覚えていないが、帰り道に見た遠くの空の赤く染まった夕焼けだけは今でもはっきりと覚えている。
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