02

「実はこの写真の中には亡くなった方が二人、写っています」

 えっ?とまたみんな写真を熱心に見始めた。しかしどう頑張って見てみても、あの不気味な黒い女の顔以外にそれらしいものを見つけだすことは出来ない。

 由衣佳が訊く。

「先生。これもまた先生にだけ見える、隠された霊の姿が写り込んでいるのでしょうか?」

 またパソコンで画像処理を施せば先ほどのように「幽霊」が浮き上がってくるのだろうか?

「いえ、実はもう皆さんその二人の死者を見ているんですよ?」

 ゲストたちは眉間にしわを寄せて一生懸命写真を見て考え、観客たちは重いため息をもらして隣同士顔を見合わせた。分からない。

 紅倉はお茶目にくすっと笑った。

「ちょっと悪ふざけが過ぎましたか? ごめんなさい。ですけれど。

 えっと、実はこの写真を送ってくれた方を別室にお呼びしてるんですよね?」

 由衣佳が頷き、答えた。

「実はそうなんです。あらかじめ先生に写真を下見していただいて、そこで先生に是非と言われまして、写真を送ってくれた……女性のAさん」

 写真の右から2番目、コップのウーロン茶を口に持っていっている女性だ。

「に連絡したところ、彼女も是非ということで来ていただきました。Aさん、こんばんは」

『こんばんは』

 とスタジオに機械的に加工された声が流れた。

「よろしくお願いします」

『こちらこそ。よろしくお願いします』

「先生。何故、特に今回Aさんをお呼びしたんでしょうか?」

「えーと、そうですねえ、どうしましょう?」

 紅倉は何がおかしいのかクスクス笑っている。後ろから芙蓉が注意した。

「先生。今は笑うところじゃないですよ」

「はい。」

 と紅倉は背筋を伸ばし、しばし妖しい目つきになって考え、言った。

「まず写真の確認。これはあなたのカメラで、自動的に撮られた写真ですね?」

 声が答える。

『はい。デジタルカメラで、笑顔を検出して自動的にシャッターが切られる機能で撮ったものです』

「なるほど、便利なものですねえ。つまり、これは女性のBさんの笑顔に反応して撮られた写真なんですね?」

『はい、そうだと思います』

 女性Bは男性Bにしなだれかかり、腕を絡め、Vサインを作り、「イエー!」と言うように笑っている。

 紅倉はふむふむと頷き、訊く。「これが撮られるまでに同じような写真が何枚も撮られていたでしょう?」

『はい……』

「あなた、これを撮られたとき、相当むかついていたでしょう?」

 由衣佳は驚いた。スタジオ中が紅倉の失礼な質問にぎょっとした。当の紅倉はまたニヤニヤした笑いを浮かべている。

「いかがでしょう?」

『……………………はい。いいかげんすっごくむかついてました』

 紅倉は笑った。

「うっふっふっふっふ。そうでしょうね。思いっきり、顔に出てますもの。

 ごめんなさいねーー、せっかく目線を入れて隠しているのに、肝心の部分を隠したら、面白くありませんのでねえーー。

 あなたはこう思ってカメラを睨んでいるのでしょう?


 もういいかげん撮るんじゃねーよ、


 ってね。

 二人の間に割って入ってこちらを睨んでいる顔、

 これ、あなたの生き霊です」

 えええー!?と驚きの悲鳴が上がり、2重3重に広がった。


 大型画面に一瞬黒い顔が大写しになり、すぐに観客の驚く顔に差し替えられた。


 声が、マンガみたいな声ながら、重く言った。

『そう……なんですか?…………』

「そうなんです。ですからこれ、霊とはいえ、幽霊の写真ではないんですね。

 あなたは生き霊を飛ばすほど二人の仲に嫉妬していたわけですけれど……、

 ここで4人の関係を見てみましょうか。

 まず一番左の男性Bさん。彼はなかなかハンサムで、家はお父さんが会社社長のお金持ちですね?

 あなたAさんは、元もと彼とおつき合いしていた。

 ところがこの写真を撮る少し前に彼の方から別れ話を持ちかけられて関係は解消された。

 でもその時に彼の方から別れるのは一時的なことだからと含みを持たされたんじゃありません? だからこうして友人としてのおつき合いは続けていたのですね。

 ところがあなたと別れて彼が新たに付き合いだしたのはあなたの友人のBさんだった。

 あなたは当然どういうことなのだろうと疑念を抱いた。何故なら、

 どう見てもあなたの方がBさんより数倍美人だったから。

 美人ですよねえ? 醜い女性が睨んでもむかつくだけですが、綺麗な人が睨むとゾクッとしますものねえ?」

 紅倉は時折こうした失礼な発言を平気でする。困ったものだ。

「性格だって、まあちょっと女の子らしい我が儘なところがあるにせよ、彼氏に嫌われるほどひどいものではない、むしろ可愛いくらいだ。一方、

 Bさんはといえば、容姿は十人並み以下、性格も我が儘でべたべたして、同性からもうっとうしがられる女の子だった。とてもお金持ちでハンサムな彼が喜んで付き合うような女じゃない。実際その写真をよく見てみれば彼の笑顔は引きつっているようではありませんか?

 男性Aさんは男性Bさんのお友だちですが、彼はあなたに大いに気があるようですね。でも彼も友人Bさんがなんであなたと別れて女Bさんと付き合うようになったのか分からず、あなたに積極的にアプローチできずにいる。

 と、まあ、4人の関係はこんなものですが、いかがなものでしょう?」

『……………………』

 スピーカーの声は無言でいるが紅倉はかまわず続ける。

「わたしがあなたを呼んだのはあなたに危険があるのを恐れてだったのですが、わたしがこの写真を見たのは1週間前です。この1週間の間で事情が変わってしまいましたね? この写真のことで連絡があった後、二人の行方が不明になってしまったでしょう?」

 再び三度スタジオに驚きと緊張が走った。

 スタジオの緊張を撮した後、カメラは紅倉をアップで捕らえた。

 紅倉は目を充血させて、誰もいない宙をまっすぐ見ている。

 紅倉は霊能力を発揮するとき、こうして目を赤くさせる。ひどいときには赤い涙を流すこともある。こうしたことを繰り返してすっかり目を悪くしてしまったのかも知れない。

 しかし紅倉はリラックスした様子であちこちに話を振る。

「生き霊を飛ばすというのは体にとって危険で、体力的にも負担になるんですね。霊的に体が留守になるので他の霊に侵入されてしまう隙を作ってしまうのですね。あなたがそうして悪霊に取り憑かれていたので心配したのですが、もう危険はなくなったようですね。悪霊は既にあなたの体を離れています」

 次々に明かされる新事実にスタジオはあっけに取られて見守るしかない。

「えーと、わたしが写真に二人の死者が写っていると言ったのを覚えてますか?

 女性Bさんと男性Bさんは既に亡くなっています。

 さっき、こちらにお見えだったので写真に撮って皆さんにも見てもらいました」

 一瞬間があって、悲鳴が上がった。由衣佳が慌てて注釈を求めた。

「すると、先ほどスタジオで撮った写真に写っていた2つの人影は、男性Bさん、女性Bさんの、幽霊だったんですか?」

「そうです。ああ失敗、死体が見つかる前に先走りすぎましたね。ま、死体が見つかれば状況は明らかでしょうから、ま、いいでしょう。

 女性Bさんは男性Bさんのある秘密を知って、それをネタに自分と付き合うよう強要していたんです。

 その状況に耐えきれなくなった男性Bさんは、女性Bさんを殺害し、自分も自殺しました。

 でもAさん」

 紅倉は赤い目でじろりとあらぬ方を見て声のトーンを落として強く言った。

「彼はあなたを裏切ったことを悔い、あなたに申し訳ないと思ってBさんを殺して関係を清算したわけではないんです。

 二人目、なんですよ、彼が人を殺したのは。

 刑事ドラマなんかでよく言うでしょう、1人なら懲役だが2人殺せば死刑だ、って?

 女性Bさんが彼を脅していたネタは、彼があなたとの関係中に浮気して妊娠させた女性に認知を迫られ、殺してしまったのを、たまたま知ってしまったのです。彼女は死体を隠すのを手伝い、共犯関係となって、ついでに男女の関係も結んだんです。これで二人の秘密は絶対よ、ってね。

 ま、そんな人たちです。

 言うまでもないでしょうが、あなたに取り憑いていた死霊は先に彼に殺された女性です。危うく悪霊化するところでしたが、二人が勝手に死んでくれたので悪霊化する前に成仏したようです。

 よかったですね。めでたしめでたし」

 紅倉はにっこり笑い、スタジオはしばし沈黙に沈んだ。


 その後、紅倉のヒントにより三人の死体がそれぞれ別の所から発見され、その様子のドキュメントは急遽番組内のコーナーに組み込まれ、紅倉の出演するこの回の「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」も高視聴率を納めた。


おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霊能力者紅倉美姫2 ありふれた心霊写真 岳石祭人 @take-stone

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ