霊能力者紅倉美姫2 ありふれた心霊写真
岳石祭人
01
水曜7時、中央テレビ、
「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」。
ほぼ月1で放送している2時間枠のスペシャル番組で、視聴者投稿の体験談をドラマで再現したり、写真を霊能師が鑑定したりする、いわゆる心霊オカルトバラエティーである。
一枚の写真が紹介された。
青と赤のおどろおどろしたセットのスタジオで、ゲストのタレントたちと若い女性が中心の観客たちに向けて、司会の市村由衣佳が写真を拡大したパネルを見せて訊いた。
「皆さん。この写真なんですが、どこが変か、お分かりになりますか?」
ゲストも観客もあまり心地よいとは言えない緊張を覚えながらじいっと写真に見入った。
カラオケボックスとおぼしい場所で、手前の低いテーブルに飲み物のコップやスナックや軽食の皿が載り、奥のソファーに4人の男女が並んで腰をかけている。男、女、女、男、の4人だ。
「4人の若い男女が写っていますね。右から男Aさん、女Aさん、女Bさん、男Bさん、としましょうか」
分かりますか?、と由衣佳はゲストたちの顔を見渡す。
右の男Aはマイクを持ち曲のリストを開いて見ている。
となりの女Aはウーロン茶らしきコップを口に当てている。
となりの女Bはとなりの男Bにくっついて腕を絡め、左手でVサインをしている。笑顔。
となり、一番左の男Bは女Bにしなだれかかられ困った笑いを浮かべている。
4人の目には黒いマスクが掛けられている。
「これ、心霊写真としてはすごく分かりやすい写真だと思うんですけど」
由衣佳はゲストたちの様子を窺いながら手元の手紙を読む。
「この写真は東京都にお住まいのAさんから送られてきたもので、
拝啓 番組スタッフの皆さん。
これは3ヶ月ほど前に大学の仲間といっしょにカラオケに行ったときに撮った写真で、先日気に入った写真を何枚かまとめてプリントしていて、プリントしたものを見て初めておかしな物が写っているのに気づきました。とても気味が悪く、何か良くないことが起きるのではないかと心配です。どうぞ鑑定をよろしくお願いします。
とのことです」
あー、とゲストたちが気づいていく。
「あー、あれだ!」
「え? どこどこ? きゃっ、ほんとだー。え、え、やだ、これ、顔?」
客席も半分以上気づいてとなりどうしざわざわと囁き合っている。その様子を確かめて由衣佳は正解を発表した。
「はい。だいたい皆さん分かったようですね。左の二人がくっついてますよね、この顔の間に……」
女性アシスタントがその部分を拡大したパネルを持ってきて、客席からきゃっと悲鳴が上がった。
「顔、ですねえー」
女Bは男Bの肩に斜めに顔を載せるようにして、その二人の顔の間、男Bの肩の上に、陰になったような黒っぽい顔がこっちを向いて見えている。輪郭もはっきりせず、表情もはっきりとは分からないが、こっちをじっと睨んでいるように感じる。
ゾッとする恐い顔だ。
顔をしかめて口を押さえてじいっと見ていたゲストのアイドルタレント真下嵯友里が何かに驚いたように客席の方を見た。見られた辺りの観客たちも驚いて辺りを見たが何も発見できない。不安がざわざわ広がっていく。
「嵯友里ちゃん、どうかしました?」
由衣佳に訊かれて嵯友里は泣きそうになりながら答えた。
「え、あのね、なんかあそこに人が立っていたような気がしたんだけど……、いませんよね? ごめんなさい、気のせいです」
嵯友里は肩を落とし、青ざめた顔をうつむかせた。
この子はよくこういうことを言う。何かあった試しはなく、根っから臆病なのだろう。この臆病なリアクションでよく番組に呼ばれるが、本人がどう思っているのか、このリアクションが本物なのか、由衣佳には分からない。視聴者も一種お約束として見ていることだろう。由衣佳はオカルト番組の司会者として深刻そうに頷き、言う。
「そうですね、よくこういう番組をやっていると霊を呼んでしまうと言いますから……、先生、どうなんでしょう? いませんか?」
由衣佳は深刻な顔を特別ゲストの先生………霊能師の、
紅倉美姫(べにくらみき)先生
に向けた。ステージ上、由衣佳を真ん中に、向かって右側にゲストタレント4人がソファーに座り、左側に紅倉先生が机について座っている。紅倉先生には専属のアシスタントがいて、
芙蓉美貴(ふようみき)
という若い女性が左後ろに座っている。
この二人の美人の「ミキ」の霊能コンビが今ちまたで話題で、番組の視聴率に大いに貢献している。
紅倉美姫先生は本人曰く
「22歳のロシアンハーフ」
とのことだが、その経歴は謎だ。欧州白人の白い肌とシルバープラチナの髪をして、目の大きな彫りの深い顔立ちをしているが、日本人らしい線の柔らかさが西洋人特有のつんとした印象は抱かせない。超美人だ。
ただこの先生にはちょっと問題がある。
アシスタントの芙蓉美貴は高校出たての19歳。すらりとした長身のモデル体型で艶やかな黒髪を背に流し、きりりとした美貌で、長刀なんて持たせたら似合いそうだが、実は合気道の達人だそうだ。先生の紅倉がふわっとした白の衣装を好み、助手の芙蓉はカチッとした黒のスーツをいつも着ている。二人はいっしょの家に住んでいるそうで、そこがまた何かと憶測を呼んで話題になっている。
「先生、どうなんでしょう?」
と問われて紅倉美姫は、
「え? お化けがいるんですか? え、と、どこ?」
と、ひどく慌てた様子できょろきょろした。
「いえ、あの、いるかどうかと。いなければいいんですけど」
由衣佳は
「ということで、皆さん安心していいようです」
と苦笑した。紅倉美姫先生はちょっとおっちょこちょいで落ち着かないところがあるのだ。由衣佳も先生とのつき合いは2年近くになるので扱いも慣れたものだ。先生は極度の上がり性であるらしいのと、
目が悪いのだ。
まったく見えないわけではないようだが、ものすごく悪い。それもメガネを掛ければなんとかなるという悪さではないらしい。
しかしこの悪い目が、先生に恐るべき能力を与えているのかも知れない。
あたふたしてちょっとしたパニックに陥っている先生に助手の芙蓉が後ろから顔を寄せて囁いた。
「センセ。オッケーです。受けてますよ」
紅倉先生はパチンと小さく手を打って、
「そうなの?」
と助手を振り返った。芙蓉が
「ばっちりです」
と頷くと、先生は安心したように笑った。
こうした二人のこそこそ話はマイクに拾われることはないが、画を見た視聴者は「やっぱりあの二人は……」と勘ぐってニヤニヤするのだ。でもそれもどうも外れていなくもないのでは?と近くで見ている由衣佳が思っている。
「それでは紅倉先生、この写真の霊視の結果を教えていただけますか? これはやはり『幽霊』なんでしょうか?」
紅倉の手元、机の上にもプリントされた写真が置かれている。
「はい、そうですね、幽霊と言っていいでしょう」
紅倉は写真を手に取り、見た。普段はどこを見ているのか今ひとつ焦点の合っていない目が、こういう物を見るときはばっちり合う。
紅倉は、ふふっ、と面白そうに笑った。
「先生、どうかされましたか?」
怪訝そうに訊く由衣佳に紅倉は
「ああ、ごめんなさい」
と舌でも出しそうに肩をすくめ、
「コホン」
と咳払いをするとまじめな顔を作って、お仕事を始めた。
「これはちょっと面白い写真ですね。
皆さん、女の子の後ろから覗いている顔を『幽霊』と見ているんですよね?」
「そうです。違うんですか?」
驚いて問う由衣佳に、
「フウン……」
紅倉は改めて写真を見て小首を傾げ、口を閉じたまま鼻に引っかかる声を出した。紅倉美姫先生お得意のポーズだ。
思い出したように、
「そうそう、嵯友里ちゃん、ここにお化けがいるんですって?」
と嵯友里に微笑みかけた。嵯友里は
「え、いえ、あの、」
としどろもどろに青くなった。紅倉はニコニコ笑って
「ちょっとカメラで撮ってみてくれる?」
と、どこかにいるスタッフに頷いて見せた。
ADがすぐに携帯電話を持ってきて嵯友里に渡した。うろたえる嵯友里に由衣佳が
「携帯のカメラは得意ですよねえ?」
と訊いた。嵯友里は自分のブログに毎日のように携帯で撮った写真を載せている。
「じゃあこっちに来て」
由衣佳に促されてステージの前の方に出てきて、自信なさそうに、観客席のひな壇の上から2段目辺り、右の端の、何もなく、手すりの外の陰になった所を
「カシャッ」
と撮った。
どうしようか戸惑っているとスタッフが携帯を受け取り、ゲスト席のテーブルに置かれたノートパソコンにつないだ。そのままスタッフが操作し、後ろからゲストたちと手持ちカメラが覗き、壁の大型ディスプレーにパッとパソコンのディスプレーに出た写真が大写しされた。
縦長の画面にひな壇の客が斜めに見切れ、階段と手すりと、その奥は壁まで少し距離があって、ぼんやりとした暗がりになっている。
「どうでしょう?」
と紅倉がのんびりした口調で訊いた。皆じっと大型画面とパソコンの画面と見たが、由衣佳が代表して言った。
「特にこれといっておかしな物は写っていないようですが……」
「あら残念」
紅倉はどういうつもりだったのかまるで人ごとのように言ったが、
「でも、もしかすると写っているかも知れませんよ? 写真って、フィルムに写して、さらにそれをプリントするわけでしょう? よく分かりませんがプリントって、フィルムに写ったものをそのまんま全て再現しているわけでもないのでしょう? 焼き具合とかなんとか? えー……と、今はデジタルですよね? 言い方を変えると、元のデータには、画面には見えていない情報が含まれている可能性があるわけです」
と、なんだか含みのある笑みを浮かべて皆が覗き込んでいるパソコンの方を見た。
「えーと、どうしたらいいんでしょう?」
困ってしまった由衣佳はそれとなく指示を求めた。ブースからディレクターがインカムに指示を出し、ステージ前にしゃがむADがスケッチブックに指示を走り書きして由衣佳に見せ、
「はい。それではパソコンで今撮影した写真を画像処理してみたいと思います」
パソコンを操作するスタッフが、
「明るさを落としていってみます」
と、メニューバーからダイアログを呼び出し「明るさ」のバーをマイナスに少しずつ下げていった。
すると、画面全体が少しずつ暗くなっていったが、手すりの向こうの壁の、まだ明るさのあった上部がだんだん暗くなっていって、
観客からきゃっと悲鳴が上がり、
ぼんやり暗い二つの影が浮かび上がった。
元もと色の付いている部分はすっかり黒くつぶれ、灰色になった壁に黒い影がはっきりしてきた。
「これは……、人が二人……立っているように見えますね……」
カメラが同じ場所を撮す。テレビカメラには何も映らない。しかしその辺りの若い女性たちは恐そうに泣きそうになりながら反対側に体を寄せて逃げようとした。
「先生?」
由衣佳に問われて紅倉はふうんと首を傾げた。
「大丈夫とは思いますが、念のため離れておきますか?」
ADが右端2列の観客を前に下りさせ、とりあえず反対側に移動してもらった。
由衣佳が指示を読んで言う。
「もっとはっきりするでしょうか?」
パソコン上、明るさを少し戻し、「コントラスト」を上げていった。
ぼんやりした灰色に戻った影に、多少陰影が付き、また観客から悲鳴が上がった。
人の顔らしきものが浮き上がった。
若い、男と、女、らしい。
「若い男女らしいですね。先生、これは、今スタジオに現れた幽霊なんでしょうか?」
「ええ。どうもいたらしいですね」
紅倉は、ふふっ、という笑みを撮影した嵯友里に送った。嵯友里は真っ青になってすっかり表情が固まってしまっている。
「さて」
紅倉が口の前で小さく手を打って、
「幽霊なんて案外あちこちにいるものだということと、世の中で数限りなく撮られている写真の中にはこうして気づくことなく多くの『心霊写真』が紛れているかも知れないということのちょっとしたお遊びでした。
では元の写真に戻って」
大型画面にバンと不気味な黒い「幽霊」女の顔が映し出された。スタジオは極度の緊張でビクッと身じろぎするだけで悲鳴も上がらない。
紅倉一人楽しそうだ。
「全体の写真を見せてもらえますか?」
4人の男女の写真が映し出された。
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