甘い蜘蛛の糸
深川夏眠
甘い蜘蛛の糸
ハロウィンナイトはおシャレして羽目を外そうとマミータは言った。
あたしは彼女をそう呼び、彼女はあたしをミリーチェと名付けた。もちろん二人だけのときしか使わない。教室では地味なコンビで通っているので、バレたらメチャクチャからかわれるに決まっているから。
マミータはクラスメイトたちが寄り付かなさそうな場所で写真や動画を撮って後で自慢しようと言う。それも結構恥ずかしいし、第一、誰に見せびらかすつもりなのかと首を傾げつつ、取りあえず仮装して、お揃いの蝙蝠デザインのカチューシャを被った。
だけど、バカ騒ぎの真っ只中でマミータがはしゃげばはしゃぐほど、あたしの気分は沈んだ。こうやって大勢が浮足立っているときに、物陰で息を潜めて
ふと気がついたら怪しい店の中にいた。クラブだった。タバコの煙が鬱陶しいし、もっと変な甘ったるい匂いもする。客の無駄話は高濃度のアルコールを含んでいる。下半身にズシズシ響くビート――これが従姉のサナちゃんが言っていた四つ打ちってヤツかな?
ともかく、お化粧を直さなくちゃとトイレに入って、出て来たらマミータとはぐれてしまった。勝手がわからなくてキョロキョロしていると、まるで知り合いを見つけたみたいに手を挙げて声をかけてきた女性がいて、その人たちのグループが固まっている座席にストンと腰を下ろしてしまった。
全員、二十代後半か。サナちゃんよりも年上に見える。男も女も派手なメイクで素顔を塗り潰し、ウィッグを被っている。
「ハッピーハロウィン!」
「イェー!」
既に相当酔っている感じだけど、みんな同じ奇妙に醒めた瞳をしている。それが怖い。視線を逸らすと、
「魔女は死んだ!」
「イア! イア!」
「違うよ、イイイイイ!」
ハイになった風を装って、あたしの反応を窺っているのだろうか。彼らの叫びは、確か本で読んだ覚えがあるけれど、何だったか思い出せない。
それにしても喉が渇いた。一口、二口……ああ、ダメだ、眠っちゃいけない、危険。瞼が重くなると、騒音がスーッと遠のき始めた気がした。
膝が震える。誰かが手首を握る、腰に腕を回す、キスする、首筋を咬んでくる……。
「ハッ」
我に返るとタクシーの中だった。サナちゃんと彼氏さんに挟まれて座っていた。
「エミリ、大丈夫?」
「……」
状況が呑み込めなかった。目の前に、まだ蜘蛛の巣の霞が掛かっているみたいだった。
「ガサ入れ。そろそろじゃないかって前から言われてたんだけど、まさかこんな日に、ねぇ……」
元々やましいところのあった店に警察の手が入り、辛くも逃げおおせたという。でも、あたしはいつからサナちゃんたちと一緒にいたっけ? そうだ、マミータはどうしたんだろう。
タクシーが家に着き、サナちゃんが両親に上手く門限破りの言い訳をしてくれたので、小言は最小限で済んだものの、いくら連絡を取ろうとしてもマミータからレスポンスがないので心配になった。
あんなところへ行かなきゃよかった。疲れた。諦めてお風呂に入って寝ようと思った。
「
髪を上げて鏡を覗くと、首に小さな赤い傷がクッキリと二つ。だけど、考えるのが億劫だった。
朝、食欲もなく、パパが点けたテレビの画面を虚ろに眺めていると、速報。例のクラブが入ったビルの裏側で、蝙蝠のオーナメントが付いたカチューシャを着けた少女の、血を抜かれて青白くなった死体が発見されたそうだ。
【了】
*雰囲気画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/KTrD2HPH
*縦書き版はRomancer『月と吸血鬼の
**初出:同上2019年10月(書き下ろし)
https://romancer.voyager.co.jp/?p=116522&post_type=rmcposts
甘い蜘蛛の糸 深川夏眠 @fukagawanatsumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます