雲晴夜光
野間一野助@藤野村
雲晴夜光
日本のどこか山の奥。
大星(たいせい)は夜の闇の中、丘にある一つのベンチに腰を掛けて、息をついた。
夏、雲々でかすむ満月。前面にあるそれを細い目で見上げながら、手に持ったグラスの井戸水を3割程度飲んだ。冷えた水が、体の熱気に溶けていく。とても静かな水だ。夜の雰囲気そのものを口に含んでいるようで、大星は夏の闇に馴染んでいった。
大星はグラスを一思いに傾けた。少し長くなった髪の毛に、夏の風が抜けていく。
飲み干すと同時に、そのままグラスを叩き付けようとする衝動を抑え、静止した。穏やかでは無い気持ちが自分を包み込んでいることに軽く落胆した後、芝生にそのグラスを放って、息をついた。
ガラスの割れる音はしない。
呼吸も、山のざわめきで、聞こえない。
目を閉じ、視界を心で映した。
「こんばんは」
彼女の声がする。
「こんばんは。こうやって話すのは、いつ振りかな」
「きっと、君の記憶しだい」
「まあ、そうだな。だったら、今日の朝くらいに会っていたかもね」
「そうだね。思い出せた?」
彼女は微笑んでいるように思えた。その気配につられて大星も笑みを浮かべ、「思い出したような気がするよ」と根も葉もない嘘をついた。
溜めていた言葉を、吐き出す。
「また、失敗したんだ、あの自作小説」
「そうなの」
「五、回目だ。始めてから今日でだいたい五年だと」
「君の積み上げるものって、ボタン一つで無かったことになるんだね」
「やめてしまいたいや」
「分かるよ。いや、君の気持ちじゃなくてね」
彼女は変わらない口調で続けた。
「君はまた、どうせ、書き始めるよ。書かないでいることに、君は耐えられないわ」
「そうだね。僕は好きで仕様がないから」
「違うよ。書いて、そのために考えて、言葉を選んで、迷うこと、それがもう、君の一部なんだよ。君は、思考を自分に強いているのよ」
君は欲深いからなあ、と彼女は言った。言われたことを頭で反芻させて、大星は言った。
「うらやましい」
「何が?」
「何も考えていない奴ら」
大星が声に微笑と皮肉を混ぜても、彼女は依然として声色を変えない。
「あのねぇ――」
「いや、知ってる」
彼女が呆れるよりも先に、大星が続けた。
「知っているよ、みんな違う悩みを持っているし、みんなみんな考え続けてるんだろう、きっと。だから言い直させてくれ」
なあに?と返す彼女の言葉に満足しつつ、選びなおした言葉を発音した。
「僕の、知っていることを、知らない奴ら、が、うらやましい」
「グチグチしてるわね」
「そうだなぁ…」
「えぇ」
その最後の生返事を期に、この場の話題という物の必要性が無くなった。そして大星は、まるで霧に溶け込むように消えていく思考回路を、無感動に眺めていた。
夜はさらに夜らしく沈み、穏やかとは違う静けさが満ち満ちる。
髪や膝から月の光を思い浮かべ、脇を流れる風から自分の存在を思い直し、深まる夏の静寂から、彼女の息遣いを感じた。
「あの」
「何?」
「僕は君が好きだ」
「いまさらだね」
「愛している」
「愛せるように、君がしたのよ」
大星は自分の横隣りに彼女の気配を感じた。
「だから、君が憎い」
「でしょうね。それは、さっき貴方が言った失敗のせいでもあるんでしょ」
「君を忘れ去りたい」
「ねえねぇ、ただでさえ、君は、死んだ飼いうさぎのことを忘れられないのに、無理だよ」
「悔しくて、苦しくて、妬ましい」
「溜め息が出そう。そんなに言われたら、私の方から消えてしまいたくなるわ」
「憎いんだ…………」
この時、大星は言葉を無くしていた。思考に力が入らず、まだ貧弱な精神体力は逃避に移っている。大星にとって、この対話はかなりの負担だった。ただ一つの熟語を思い出しただけで、それは彼の人生のあらゆる事象に絡みつき、彼を縛り上げる。彼の体はもう、この五年の間に心に抱いて染みついた言葉を提示するしか出来なかった。
例え、どんなに鍛え上げられた翼を震わせても、目の前に揺れる月まで届くことはないように、大星の理性も宙から地へ、空を舞っていたのだった。夜の風は彼を通り抜け続ける。
「じゃあ、私はもう、静かになるよ。君の、若い割に強い精神も、あと少しで根を上げる」
「もう少しだけ、話したい」
「だめ。でも、最後に一つだけ言わせて貰おうかしら」
「…………」
「君は、敏感になりすぎだよ。思い込みが強いし、こだわりすぎ。進んで生活の中に『私』を見出すから、考察の欲に駆られて、疲れるのよ。それこそよ?一度、私を本当に消し去ってしまいなさいな。君が知っていることを知らない人達、みたいに。そこにある幸せを、噛みしめなさいよ。
私は、君に苦しい思いをさせるために居る訳じゃないし、逆に幸せにするためってことでもないのよ、きっと。むしろ、その辺りに落ちている石ころとか絶望とかと同じくらい、気まぐれに生まれたって、今は私、思うの。そうだって事にして、君も再確認してみて欲しい。
私、君に責任を持てないのよ」
お休みなさい、良い夢を、と囁いて、彼女の気配は完全に消えた。
大星は目を開いて、心に落としていた自我を、ゆっくりと拾い上げた。頭がわんわんと鳴って痛む。そのまま時間が流れ、深まる夜の中、大星は井戸の沈殿物のように、身体を丸め、うつむき続けた。
気が付けば、辺りは本当に暗くなっていた。さっきまで霞んでいた月が、一際黒い雲に覆われて、唯一の光源が姿を消していた。少し顔を上げ、いくら手を眺めてみても、その輪郭をはっきり捉えられない。大星は再びうつむいた。
物で溢れる部屋の中、パソコンのディスプレイには一つ一つ選び抜いた文章たちが並んでいた。大星は小説の力で『彼女』と形容したそれを書いていた。扱いきれないその力を、何とか、自分の手で、と。
文字を打ち始めたころは、どんなに不恰好であっても、その次の作品でまた質を上げていけば良いし、これは習作なんだ、と割り切っていたはずだった。
しかし、今日。大星はあるキーを押し続けた。
「消える、消える」
それはBack spaceのキーだ。大星は無表情だった。
消える、消える。一行、また一行と。
それでも、キーを押す指は動かない。過去の意味が無意味になっていく。
窓の外は赤かった。今日は雲の綺麗な、いい日だった。
行動の原因は、一つの疑問のからだった。
(何で俺はこんな物、を書いているんだろう)
簡単だ。「彼女」に魅入り、「彼女」を創り出していくような舞台に憧れ、その景色や物語を創りたくなったからだ。それは大星に限らず、多くの創作者たちが誕生した理由でもある。その疑問自体はすぐに解消できた。しかし直後、大星に取り返しのつかないことをしたような焦燥感がまとわりついていた。
それが実際に何に起因し、身に起こったかはわからない。いや、きっと時間の蓄積によるものだろうな、と、そこまでの判断はできたが、とにかく自分がして来たことを無かったことにしたくて、キーを押し続けた。
文章が消えるには、数分もかからなかった。全てを消し終わっても指を離さず、数秒、大星はあまりの速さに呆然とし、続けて上書き保存によって完全に文章データを消した。席を立った彼は、グラスに水を入れ、部屋を後にした。
家での出来事を思い返した大星は、ハッキリと捉えた。キーを押していた時に流れ続けた光景を。
(日常、遊びの約束、友人との対面、食事、娯楽、夢語らい、スポーツ、汗と土の匂い、成功、敗北、談笑、旅行の計画、笑顔…………)
五年間、一年ごとに何かが嫌になり、その度に全てを消してきた。例え完成した物であっても同様だった。
今までの年の時は、何か自分の中に、消さなくてはならないという謎の使命感を感じたから消した。物語の構想が根本から間違っていると思っていたとか、自己顕示の塊の様で恥ずかしくなったとか、はたまた違う理由があるのかと。
大事なことが分からないまま、同じことを繰り返していた。でも今、その本当の真実に気が付いた。
自分は、絶望していたのだ。過ぎてしまった時間の長さと、その貴重な時期を逃したことを悔やんでいたのだ。だから、全ての結果を消して、無かったことにし、別のものを、自分の人生に入れようとした。何を、入れようとしたか。
それは、青春。
それがあまりにも、欠落している。脳に何度もよぎる、掴めたかもしれない鮮やかな思い出。大星は、人生を楽しみたかった。
過去を振り返るたびに、惨めな気持ちが付きまとった。学校で、周りの奴らは海だとか遠征だとか花火だとか、そんなことばかり話している。大星はそんなことをしている同級生を、つまらないとしか思えなかった。思えない人間になっていた。汚れてしまった、と感じた。昔は好きだったのに。
大星は、このように過去を悔やむ存在を何人も知っているし、それに対する慰めや希望、怒声もたくさん知っている。先人の体験談でも、小説の主人公でも、「俺の今までの努力はなんだったんだ」という嘆きをこぼすと、すぐに「仕方がなかったわ」とか「これからがある」とか、極め付けには「今そんな風にメソメソする様なお前がいるから、あの時失敗したんだ」とかいう言葉をもらうことになるという、そんなこと。
データを消す前も、消した後も、そういう失敗談を知っていて尚、大星は行動した。その自分の愚かさは理解していた。熟知していて、消した。消さずにはいられなかった。
「そういうことじゃ、無いんだよ!」
大星は泣いた。今まで耐えてきた悲しみを流した。そして立ち上がり、誰もいない夜に向かって絶望をさらけ出した。
「最初から気が付いていればよかったんだ!五年前見た、あの美しい満月を…壮大すぎて言葉に出来ない、幻想を、俺が創れる訳ないんだよ!人間には人間の美しさがあったはずなのに!いくら幻想にかなわなくても、思い出の中で輝き続けるはずの青い春が、あった、ハズなのにッ!」
濡れた顔が自然に月へと向く。どこにあるかは分かるけれど、こちらを照らすような明るさでは無かった。その存在に口を向けて、大星は続けた。
「悔しい、苦しい、妬ましい!あぁ、どうして俺にこんな言葉ばかり纏わりつくんだ!もう俺は狂ってしまった!羨むことしか、できなくなってしまった!全てを無かったことにしたい。消えてしまいたい!
でも、こんな衝動的な感情は、大体間違っているんだ。それも知ってる!だから、どんなに悔しくても、俺はあなたを憎む!もう創造なんて考えないし、物語も書かない!それで、それでッ!」
後悔。時間の過ぎるたびに増えるそれが、大星を苦しめた時間は、長すぎた。
彼の背から風が吹き抜ける。丘から飛び立つようなその風は、空を舞い、木々を揺らし、彼の叫びをかき消す。殺意にも似た思いがさらに拳を固くし、歯ぎしりの圧を高めた。
「…それで、俺は、普通の人間になる。あなたを、知らない、紳士になる、幸せになる、幸せな人生を送るんだ!
そのためなら、今までの、努力なんて、努力なんてッ!」
この言葉を最後に、大星は叫ぶのを止めた。五年に渡って溜まり続けた後悔は、これだけの文字数で底を尽きた。Back space。彼は多分満足した。そしてベンチに座り込み、ただ茫然とした。
山の木々は、風に揺れ続ける。大星は髪を揺らすその風を感じて、最後に言いかけた単語を忘れてしまおうと思った。過去を結果で捉えてしまったら、何よりも、その行動に名前を付けてしまったら、自分が壊れて、本当の廃人になってしまいそうな気がしたからだ。
黒い充足感であふれかえっている。そして指を動かす気力も消え失せて、空も見ず、ただただ、暗い心を、虚ろ虚ろと見つめた。眠るように首を下げて、未来を見つめていた。
『…心に、光を…』
瞬間、自分の頭の上に、まるで優しく撫でるような温かみがあった。ゆっくり、ゆっくりと、切ない感触。初めからそこにあったように、または闇の中に座る大星にすり寄って来たかのように。それは力弱く、愛おしかった。
その心地よさに抱かれ、自分が何者であったのか、どんな涙を流していたのかも薄らいで行き、その心が清らかに、軽やかに、そして透き通るのを感じた。命が洗われ、照らされる。
それの存在を、確かに捉え、意識を現実に呼び覚ます。
大星は眼を見開いて、その光景を、ゆっくりと受け入れた。
「満月だ」
黒と深い青に支配された闇の中に、ただ一つ、黄金の輝きを宿した「神秘」そのものが、空にかかっていた。遮っていた雲が晴れ、夜の世界のための蒼い霊気が満ちていく。その星は、太陽のように光の恵みを地上には振り撒かない。妖しい笑みを浮かべるその星こそが、『闇』を『夜』に変えているのだ。
壮大で、孤独で、少しミステリアス。
「…皮肉だ」
何でだよ、畜生、と大星は呻いた。激しく立ち上がり、息を吸った。
「やっと決意したんだよ、望むのは、止めるって。見ようとするのは、止めるって……満月それ自体じゃなくて、俺と満月の『間に居るはずの貴女』を、探究するのは馬鹿だって、ずっと長い間、迷って、今さっき、割り切ったんだよ」
月に叫ぶのでは無い。大星は自分が眩惑した『彼女』めがけて訴えた。やりようのない胸の痛みを耐えながら、必死に。
憎悪を握り締め、続けた。
「それなのに、どうして身体の中から力が湧いてくるんだよ!どうして純粋な嬉しさが、こみ上げてくるんだよ!今すぐペンとノートを取り出して、心に染みこんだ言葉を絞りたくなる!でもこれじゃ、これじゃあさ!」
膝をつき、「くそっ」と地面に拳を叩き付けた。芝生が足と手の下でつぶれる。
そうなのだ。まるで萎れた一輪の花が、注がれた水によって再び咲いて見せるように。全てを諦めて力尽きていた身体の底から、叫び、恨み、想いをぶつけるだけの力が湧きあがってきたのだ。
「でたらめに元気になって、書けないものを書きたくなったって、本当に書ける訳、ないじゃないか!五年前と変わらないし、変えようとしても変われないし、どうすればいい!」
これが大星の怒りの全てだ。五年前この場所で、背の低かった大星は、同じように夜の神秘の一部を見た。多感でなくて言葉も少ないころの彼も、ただじっとそれを見つめていた。それがループの起点だった。
(よく解らなかったけど、素敵なものがあることを知った。だから、それを何とかして書いてみたい。)
そういえばそんな始まりだった、と大星は小さく思い返した。モヤモヤする自分への歯痒さを抑え、もう一つの意志を頭の中に形作った。
このままで、いいんじゃないか。そんな柔らかい言葉が大星に生まれた。もう一度書き直そう、と。
だが大星の表情は依然として暗いままだ。地面に手をついた姿勢のまま、体は動かない。そして感情の渦に理性を投げ入れて、先行しようとする意志を引き留めようと試みる。
「…怖いんだ。どうせ俺はこれからも、何かを書こうとするんだ。それがもう自分の一部だし、自分の才能だから。もしかしたら、成長すれば、欠片だけでも書けるようになるかもしれない。
でも、俺は本当に目指していく自分になれるのかな。小さいころ、素直に綺麗なものを綺麗って思えたみたいに、それをそのまま書きたいと、思えるかな。ただ暗くて、悲しい気持ちに溢れた物に、囚われてしまわないかな。見なくちゃいけないものから逃げて、疲れてしまわないかな…
分かってるよ、こういう時は男らしく突き進むのがいいってことぐらい。未来も過去も考えても仕方ないって、分かってる…分かってるけどさ…」
止まらない。理性を持ち込んでも負の循環は全く落ち着こうとしない。現実、理想、さらには本人にも出所の分からない感情が入り乱れ、胸を締め付ける。小説の主人公も、同じように苦しんでいた。この敵は、何度も同じ選択を迫ってくる。
(書くことを止めるか、また書き始めるか)
大星は姿勢を変えず再び目を閉じた。いくら力が湧いてきても、集中力が希薄になっては何も決められない。
夜は静かだった。大星は静寂に身を寄せて、自分のしがらみを一つずつほどいて行った。ゆっくり立ち上がり、心を見つめる準備をした。
だがその眼を開けて、大星は一切の言葉を失った。
自分の体、立っている大地、草花が、「蒼く」照らされている。
この場には自分以外誰もいない。
光源は、満月ではない。
そこには無数の、蒼い光を放つ、球体が、大星の立っている位置を囲んで、宙に浮遊している。
目を開けた瞬間に、まるで世界が変わったかのように、その光景は映った。地からゆっくりと上へと浮かび、またこの大地から「芽生える」。一つ一つの光は、大星の驚愕とは裏腹に、全く静かに、その深い蒼さを漂わせていた。
そして、この光景が何なのかの判断もつかず立ち尽くす大星の頭の中に、人の声が聞こえてきた。
――また、失敗したんだ
突然だったが大星は、はっきりと確信した。これは自分自身の声だ。すると、この眼下に広がる幻想の正体はきっと、
「言霊、なのか」
何十、何百もの蒼が大星の周りを舞う。形容する言葉を挙げるなら、これこそが幻想で、神秘だった。そして大星はそれをあるがままに受け入れる覚悟をした。
――僕は君を愛している
好きで仕様がないから
悔しくて、苦しくて、妬ましい
何かを書こうとするんだ
普通の人間になるんだ
そういうことじゃ、ない
思い出したような気がするよ
書いて、そのために考えて、
言葉を選んで、こだわって、迷う
君が積み上げていくもの
気まぐれに生まれ
一つだけ
――眼が、近すぎる
辺りを漂う蒼い言霊、連なる夜の山、そして黄金の満月。それが大星の「目の前」にあった。
――もっと後ろから
そしてその視点は大星から離れる。
「……闇に覆われた山中の一点に蔓延る言霊、放たれる蒼い妖気、その上にかかる金色の月、そして」
光らず、小さく、そして哀れな存在。それでも確かに感情を燃やす一つの命。
「俺が、居る」
――次元を、超えろ
視野は、その視界を「その日の夜の一瞬」から転じて「過ぎた全ての須臾からその瞬間まで」で捉えた。全ての光景が、生を持って動き出す。
その丘には朝と昼と夜が何度も訪れ、
季節は幾重にも重ねられ、水が降り、風が舞い、光が満ち、
幾千の命が生まれ、空へ伸びて青くなり、塵になって消え去り、
繰り返され続ける、この場所に、
――全てを、想像しろ
人間が、現れる。
昼、空間の中心に腰を落ち着け、涼み、太陽に照らされ、
夜、ふらりと訪れて、草原に寝て、きらりと光る星々を眺める。
――そして、この瞬間に
「流れ続ける世界の中で、こんなにも偶然に、俺とこの月の間には、無駄なものがない。
宇宙があって、地球があって、この山があって、その本当に小さな場所に俺がいて、
夜で、静かで、少し怖くて、雲が晴れて、
俺の目と、この満月は本当に一直線上にあって、月の奥にはきらめく星々、俺の後ろには見えない太陽があって、
多分、俺が探していた『彼女』、いや、『素敵で美しい何か』は、一瞬とか、永遠とか、次元とか、真実とかそんなの全部超えて、全てと繋がりあって、俺とか他のみんなに、やさしく微笑んでいるんだと、思う。まるでいつまでも傍にいるみたいに。
――そして」
月を見つめる。色々な時間、状況、感情を経験してきた。さらに今日、この場に座り、自問自答し、感情と理性に振り回され、それでも神秘を目の前にして復活し、今、此処に立っている。
――月光を浴び、言霊の蒼さを纏い、夜の神秘を見つけた、小さな幻想家の眼は
「とても、とても、輝いている」
雲晴夜光 野間一野助@藤野村 @NofFNM
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