残暑
安良巻祐介
きっかりと冷え切った金冠印の曹達水をぐびぐびと呑みながら、祭り後の往来を歩いていたら、「夏だあ、夏だよオ」という、子どもの声が耳に入ったので、ふと見ると、張り子のように大きい頭をした、着物姿の童子が、辻の真ん中に立って、人々に群がられながら、そのように叫んでいるのであった。
人々は手に手に花火や蚊取りや射的の銃、金魚玉や癇癪玉などを持って童子を攻撃しているらしく、ぱちぱちぱちという間の抜けた破裂音が断続的に響き、また赤や青の火花もかちかちくちかちと閃いて、辻の陰気な草花に、常ならぬ色彩を与えては消えた。
火花やコルク弾の標的となった童子は、なおも嬉し気に「夏だあ夏だあ」と繰り返していたが、やがてその頭をどんどんと膨らしていったかと思うと、どおん、と音を立てて、自分自身が爆発した。
辻にたかっていた大人子ども爺さん婆さんの全てが、その爆発でごろごろと後ろにひっくり返って、辺りは何もかもがしっちゃかめっちゃかになり、ぽかんとした間の後、どっと笑いが起こった。
ちょうど中天に顔を出したレモンイエロウの月が、ぎょっとしたように雲の衣を引き寄せて、慌てて山の端に顔を隠す。
薄青い光に照らされていた往来は、それでいよいよ暗くなって、気が付けば、そこらじゅうに転がっていたはずの人々はみな影も形もなく、ただ薄荷に似たスウとする香りだけが、蛍色を乗せて吹き過ぎて行って、なるほど、残暑なのか…と、いっぺんに炭酸の抜けてしまった薄甘い水を飲んで、寂しく思った事であった。
残暑 安良巻祐介 @aramaki88
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