20××年9月23日 後ろにいる




20××年9月23日 後ろにいる

カテゴリ:エッセイ ホラー 幽霊



次の記事を書くにあたり、前回の記事にブックマークや評価、レビューをしてくださった皆様にまずは謝意を述べさせていただきたい。

見向きもされないだろうと内心思っていただけに、嬉しい驚きだった。

オウミ先輩との長いエピソードを期待する声が一件あり、それを拝見した時は先輩の取材旅行に付き添って某県へ車を走らせた時のことを思い出した。

余力があれば、いずれその時のことも文章にしてみたいものだ。

最初の記事もあるように、どう捉えるかは皆様の裁量に委ねるものであるが。


さて、では本題に入りたいと思う。

今回記すのは、私がオウミ先輩と初めて怪奇現象に遭遇した時のことだ。

前回の記事に比べて、インパクトが薄い話にはなることはご容赦頂きたい。

実体験の怪奇現象というものは本来、今回語るようなことばかりだろうから。


それは、一年前の四月半ば。

私がO編集部に配属されてから、ちょうど一ヶ月が経ったころの話だ。

最初から記事を任せてもらえるわけもなく、配属から一ヶ月の間、私は先輩方のサポートに終始していた。

サポート、補佐業務と言えば聞こえはいいが、実際のところは雑用だ。

そのころから既に、唯一の車持ちとして頻繁に社員の送り迎えをさせられていた。

前回の記事でも述べたが、ガソリン代は出してもらっていたし、私の車を利用していた先輩方も奢ることで労ってくれてはいたので、境遇としてはマシな部類だろう。それでも、ライターとしての仕事をさせてもらえなかった当時はなかなか辛いものがあった。

そんな中で、オウミ先輩だけはそれまで一度も一人で乗せたことがなかった。

「そんなに年が離れてないのに、こき使うのもなあ」

とは、先輩の談である。

これだけ聞くと良い先輩のようだが、私がコンビニに買い出しに行く時は平気で1.5Lのペットボトルを頼むので怪しいところだ。

しかし、今なら先輩が私の車に乗らなかった理由がわかる気がする。

勘の良いオウミ先輩のことだ。おそらく、予感があったのだろう。

私の車に乗ると、何かが起きると。

その何かが起きたのが、四月の半ばごろだった。


その日は、私の歓迎会だった。

そして、私が初めて一本の記事を任された日でもあった。

編集部の一員として正式に認められたようなもので、嬉しかったのを今でも覚えている。

下戸である私はアルコールを一滴も飲めず、歓迎会に参加した全員を送り届けることになってしまった複雑な思いもまた、しっかりと覚えているが。

店から近い順に車を走らせ、へべれけの編集長を家族に預けたところで、最後に残ったのがオウミ先輩だった。

「酒飲めないのに居酒屋で歓迎会も微妙だったろう」

「いえ、そんなことは。食事がおいしかったので楽しめました」

「それはよかった。あの店は編集長イチオシの店なんだよ」

「へえ、編集長の」

「だから歓迎会も忘年会も新年会も、全部あの店でやる」

「またあの店の煮込みを食べられるなら、楽しみです」

「イベント以外に足を運ぶと喜ばれるから行くといい。……あ、そこの角を右ね」

「はい」

二人きりになった車内で、私と先輩はそんなことを喋っていた。

オウミ先輩はアルコールに強いようで、編集長や他の先輩方に比べると会話に地の足がついていた。店を出る時は目元が赤らんでいたけれど、今もそうなのかは薄暗い車内では判然としなかった。

途中のコンビニでペットボトルのお茶を二本買い、運転席と助手席の間に置く。

その後も、とりとめもない会話が同じように続いた。


「あ、このへんだ」

会話の切れ間に、オウミ先輩がそう呟いた。

車の通りが少ない道だったので、迷いなく車を止める。

「あのマンションが私の家」

「お金持ちなんですね、先輩」

「おっ、いっぱしに冗談を言うようになったねお前」

「アルコールに当てられたんですよ」

そう返せば、先輩は楽しそうに笑った。

「それなら休んでくか?明日は休みだし」

「お気遣いありがとうございます。でも、今日もらった仕事を確認したいので」

「残念。ふられちゃったか」

「何を言っているんですか、まったく」

呆れて見せれば、また楽しそうな笑い声が返ってくる。

これはまだ酔いが抜けていなさそうだ。

そう思いながら少しだけ車を動かし、マンションの前で改めて停車させた。

「ん、今日はありがとな。そのお茶は奢るから」

「私が買ったんですけど」

「細かいことは気にするなって」

軽口を言いながら、オウミ先輩が助手席のドアに手をかける。

しかし、ドアが開く気配は一向にしなかった。

「……オウミ先輩?」

怪訝に思った私が声をかけると、先輩はそっとドアから手を離した。

「オミ、行ってほしいところがあるんだけど」

「はい?」

「車、出してくれないかな」

先輩は声を荒げたわけでも、命令形で言ったわけでもない。

だが、その時の先輩には有無を言わせない雰囲気が感じられた。

「……わかりました」

頷いてから、アクセルを踏む。

停車したばかりの車は、緩やかな速度でその場から走り出した。

「あの」

次の目的地を聞く前に、先輩がスマートフォンを取り出す。

ぽんぽんと画面を二回タッチしてから、スマホを耳に押し当てる。

「もしもし、オウミですが」

それから少し経った後、誰かと通話を始めた。

「夜分遅くに申し訳ありません。光信さんは……」

どこに電話をかけているかは気になったものの、通話中に声をかけるわけにもいかない。

ひとまず先輩から意識を外すと、私は運転に集中した。


「オミ」

不意に声をかけられ、肩が跳ねた。

「……そんなびっくりしなくても」

「急に声をかけられたら驚きますよ」

笑い声混じりに言われてしまったので、つい反論をしてしまう。

子供のように拗ねた感じが思いのほか強く出てしまって、恥ずかしくなった。幸いなことに先輩はそれ以上言及せず、代わりにスマホの画面を私に見せた。

地図アプリが開かれていて、目的地アイコンと住所が表示されている。

住所は、ここから車で一時間ほど移動した場所だった。

ここに行けばいいのだろうかと思いながら住所を改めて見ていると、あることに気づく。

「……お寺?」

地図上にある卍マークを見ながら、私は首を傾げた。

「こんな時間に取材を?」

「違うよ」

口から出た疑問は、すぐに先輩によって否定された。

しかし、それならこんな時間に何の用なのだろう。

わけがわからないまま、ハンドルを切って道を変える。そんな私の横で、先輩は再びスマホをぽちぽちと素早い動きでタッチし始めた。

しばらくしてから、またスマホの画面が差し出される。

前方に注意を払いながらそれを覗き込んだ私は、もう一度首を傾げることになった。


サイドミラーで 後ろを見ろ

目は 合わせるな


不可解な言葉に首を傾げていると、赤信号に差しかかった。

ブレーキを踏んでから、何気なくサイドミラーに視線を向ける。

……直後、私は勢いよく視線を前に戻した。

「…っ、せ、せんぱい」

「目は合わせてないか?」

「あ、合わせてませんけど…っ、あ、あれ…」

「視えていることに気づかれるとまずいと思う。あまり反応しないように」

静かな言葉で注意され、こくりと頷く。

その時、ちょうど信号が青に切り替わった。私は動揺でアクセルを踏みすぎないように注意しながら、車を発進させた。

「寺につくまでの辛抱だ」

いつもより優しい声音で言ってくるオウミ先輩に、こくり、とまた頷く。

それでももう一度サイドミラーを見てしまったのは、自分の見たものが信じがたかったからだ。目の錯覚なら、その方がずっといい。そう思って、恐る恐る視線を向ける。


サイドミラーには先ほどと同じく、リアガラスに張りつく黒髪の女性が映っていた。



一時間後、車は目的地に到着した。

住宅地にある小さなお寺だったけど、敷地内に入れた時の安堵感は大きかったのを覚えている。不思議と、もう大丈夫だろうという安心感がその時はあったのだ。

先輩が再びスマホで連絡を入れると、お寺から若い住職が出てきた。

光信と名乗った住職は、私達をお寺の中に迎え入れるとそのまま一晩泊めてくれた。

「ああいうものは、しがみつかれるのも容易いですが引き離すのも容易いのです。本来なら生者には知覚できないものですから、縁も交わりません」

そう言って、光信さんは私を安心させるように笑った。

ああいうものと呼ぶものに対して、興味がなかったわけではない。

だが、私が質問するよりも先に光信さんがやんわりと釘を刺した。

「知るとは、縁を結ぶということです。知らないままでいた方がいいこともありますよ」

「そう言って、この人は私にも教えてくれないんだ」

オウミ先輩の拗ねたような声が妙におかしくて、私は思わず笑ってしまった。

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私と先輩のホラードライブ 毒原春生 @dokuhara_haruo

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