安全衛生ですよ!魔王様!
「これより魔王軍定例会議を始める。着席」
「まずワシからの報告だが、先日は迂闊にもワシが罠にはまり、皆が作ってくれた罠を台無しにしてしまった。すまなかった」
魔王軍の皆で協力して設置した罠を魔王であるワシが見事に引っかかってしまったのだ。思い出すだけでも恥ずかしいが、魔王軍のトップたるもの皆に迷惑をかけたことを詫びなければならない。
「そんな、魔王様が悪いわけではないですよ。実は、私どもも罠に引っかかってしまいまして……」
「なんと!? 皆も罠にか!」
皆から聞き取りをすると、罠に引っかかり被害を被ってしまった報告が多く出てきた。
ゴブリン君はトイレに向かう途中に矢の雨をズボンに受けて釘づけになり、トイレにたどり着くことができなかったと言うのだ。リッチ君は振り子の刃をあばらに受けて、吹っ飛ばされた肋骨がまだ見つからないそうだ。オーク君は鎖でがんじがらめになったところを火炎放射を浴び、あやうくチャーシューになりかけた。リザード君は肖像画ビームがブルーレイディスクに命中し、録画したドラマのデータが吹き飛んだそうだ。
なんということだ。罠の威力が凄まじいことは確かであるが、勇者が罠の餌食になる前に我が魔王軍が罠の餌食となってしまっては本末転倒だ。罠によって勇者たちの戦力を漸減するところが、逆に魔王軍の戦力を戦う前に削いでしまうことになっては本末転倒である。
「うむ、皆の報告を聞いて分かったぞ。罠に引っかかって被害を被った、これは立派な労災じゃ」
「魔王様、これは私どもの不注意、不徳の致すところであります」
「いや、皆だけでなくワシも罠に引っかかった。皆は悪くない。悪いのは平時において、勇者ではなく我らが引っかかった罠の使い方や構造である」
折角作った罠を否定するのは忍びないが、ここは皆の安全が上である。
「世間では今週は安全衛生週間だそうだ。ここで罠の安全性向上に取り組んでみようではないか。安全性が向上すれば、罠を維持しつつもワシら魔王軍は常に万全の態勢で勇者を待ち受けることができるのじゃ」
こうして我ら魔王軍は罠の安全性向上に取り組むことになった。
魔王軍皆の思いは一つであった。どうしたら罠の機能や威力を維持したまま、安全性を向上することができるかどうかである。
それは容易ではなかった。何故ならば、罠とは本来殺傷力を発揮すべき危険なシロモノであり、安全とは対極のものであるからだ。ワシらは発想の転換を強いられた。
「魔王様、落とし穴の底に槍の代わりにウレタンを敷き詰めるのはいかがでしょうか?」
「おおっ、それならば落とし穴の機能を残したまま安全になるな! そうしよう」
「魔王様、矢の代わりに水鉄砲に変えるのはいかがでしょう?」
「うむ、水鉄砲なら水属性の攻撃でもあるし、当たっても怪我をしなくて済むな。よし許可する」
「魔王様、振り子の刃では威力が必要以上にありすぎます。発泡スチロール製の巨大な岩ではどうでしょう?」
「素晴らしい! 大きさと威力を維持したまま、より安全になる。良いアイディアだ」
「魔王様、油のトラップですが、転倒のリスクがあるので墨汁にするのはいかがでしょうか?」
「転倒のリスクを減らし、なおかつ威力の向上が期待できる。よし、墨汁に変更しよう!」
ワシらの努力が実った。史上初の安全であり、かつ威力を高次元で両立した罠が誕生したのであった。
後日、ワシらの罠の威力がいかんなく発揮されることになる。
「おおっと、冒険者パーティー『稲妻のダーツ』達はここで全員落とし穴に落ちて小麦粉まみれだーっ! リタイア!」
冒険者パーティーのうち一つが落とし穴に落ちて小麦粉まみれとなって退場していく。その姿を見て、見物人や子供たちの笑い声が魔王城の中に木霊する。
「魔王様、冒険者パーティー『火竜のタン塩』が次のステージ『地獄のつり橋真っ逆さまゾーン』に挑戦するようですが、成功のポイントはどこでしょうか?」
「そうじゃのう、このステージでは砲弾が撃ち込まれるなか不安定な吊り橋をゴールまで渡り切ることになっておる。砲弾をキャッチするのか、避けるのか、揺れる吊り橋の上でどう選択するかがポイントじゃな」
「なるほど、バランス感覚と瞬時の判断が求められますね。おっと、挑戦の前に人気のコーナーの時間ですね。魔王様お願いします!」
「うむ」
さて、ここからが魔王としての見せ場。ワシはステージに向かい、設置されたバスタブの前に立つ。呼吸を整え、ゆっくりとバスタブのふちに手と足をかけ、四つん這いの体勢となる。バスタブから熱い湯気が伝わってくる。ワシのようなベテランでも熱湯を浴びながら、テンポよく、流れるようにパフォーマンスを安定して行うのは難しい。やはり、緊張する。
「ふはははは、ワシは魔王じゃ! 愚かなる人間どもよ、熱湯など恐れるに足らず。押すなよ! 押すなよ!」
台詞が言い終わるが早いか、ワシは後ろから突き飛ばされて頭から熱湯の中に飛び込んだ。
「あああああっ、アッチィいいい! アチチチチチ! は、早く、凍てつく冷気の魔法を」
流石の魔王とて、熱湯風呂は熱くてたまらん。口を開けば呪文どころか悲鳴しか出ないが、ここは冷気の魔法を自らにかけてすぐに平常運転に戻らねばならない。
「輝き、空に舞うは六花の結晶を……。は、ハイ! 今回の特別商品は、生き血滴るが如きジューシーなうま味、魔界ブラッドメロンじゃ! 数々の罠をパーフェクトに突破したものにプレゼントいたす。多くの挑戦を待っておるぞ!」
今日も魔王城の罠は数多くの冒険者や勇者たちを血祭にあげ、魔王城とお茶の間の笑顔を守り続けている。
きばって、けっぱれ!魔王様! 床ノ助 @yukanosuke
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