罠ワナですよ!魔王様!
「先日は早朝とはいえ、不覚にも勇者の襲撃をうけ甚大なる被害を被った」
「それゆえ、我が城に侵入者対策の罠を仕掛けようと思う。どうじゃ?」
「妙案にございます」
「うむ、早速みなで罠を設置することにしよう」
「「はっ」」
今日は我が魔王城に罠を設置することにした。組織のトップがふんぞり返っているわけにもいかんので、ワシも家臣とともに作業する。
「魔王様、落とし穴の大きさはこのくらいでしょうか?」
「ううむ、もう少し大きくしよう。廊下の端っこまで穴にしないと、避けられてしまう」
「魔王様、振り子の刃ができました」
「なかなかよく出来ておるな。もう少し重くすることはできんか?」
「はい、一回り大きな刃に替えます」
「魔王様、廊下に水を撒いて滑らせましょう」
「うーん、水よりももっと滑るような油のほうがいいんじゃないかね?」
「分かりました。油に変更いたします」
「魔王様、肖像画に魔法レーザーを仕込むのはどうでしょうか?」
「面白い! ご先祖様の威武を感じられ、なおかつご先祖様に守られる。素晴らしい」
我が魔王軍は優秀な家臣に恵まれている。罠の設置について、自由闊達な議論と各々の工夫が十分になされることになった。かような家臣たちに囲まれて幸せじゃ。
ワシも罠の設置作業に協力した。これが巷で流行りのDIYというものか、なかなか楽しいものではないか。家臣たちとともに汗を流すことが気持ちよく、加えてデスクワークからの気分転換にはもってこいである。
「魔王様、全ての罠の設置が完了しました」
「うむ、皆ご苦労であった。皆の努力の結晶があれば勇者どころか猫の子一匹侵入すること能わずじゃ」
我が魔王城がこれまでにない堅固なものとなった。守りについては心配することなく、攻撃についてより注力することができる。
二日後、どんよりとした曇り空の日であった。ワシが執務室で書類に目を通していると呼び鈴が鳴っているのが聞こえた。
「魔王様ー、宅配便のひとが来てます。手が離せないんで代わりに受け取ってくれませんか?」
「もう仕事中なのに、仕方ないのう。いまハンコを持っていくわい」
さて急いでハンコを持って行かなくては、と執務室のドアノブに手をかけた瞬間だった。目の前が真っ白になり腕に激痛が走った。
「うんぎゃああああ! 不覚っ、盗難防止に高圧稲妻トラップを仕掛けていたのを忘れておったわ」
「魔王さーん、荷物でーす! お願いします」
「はいはい、今行きますぞ」
仕掛けた張本人が引っかかるとは実に恥ずかしいが、油断しただけだ。どこにどの罠を仕掛けたか頭にちゃんと入っておる。もう引っかからんわい。
そうそう、思い出した。執務室を出てすぐの廊下には矢が発射される罠を仕掛けておいたのだった。廊下を一歩、二歩と踏み出すと予想通りに壁の隙間から矢が発射されてきた。それをワシは必要最低限の動きで躱した。
「見切った! 射手のいない矢など敵では、うおおおおおおおい!」
発射された矢を華麗に躱し、玄関まで全力疾走するはずだったワシは足元に撒かれた大量の油に足を取られ、後ろ向きに倒れ込んでしまった。
「おお、イタタタタ……。腰をまたやるところであったわ。スリットアローだけでなく、油の罠も設置していたとは」
不覚にも二つもの罠に引っかかってしまったワシは余計に用心して玄関まで進むことにした。下り階段までたどり着いたが、ここにも罠を設置していたはずだ。不用意に踏み出すことはせず、まずは足先で床の感触を確かめる。床が不自然に凹むといった異常は見られない。
「よし、異常なしじゃ。ここに罠は設置しなかったかの」
そう安心して踏み出そうと手すりに手をかけようとしたとき、手すりの感触に違和感を感じた。
「しもうた!?」
言うが早いか、足元に滝が出現したかのようなパチンコ玉があふれ出したかと思ったら、壁から打ち出されたロケットパンチを後頭部に食らい、ワシは頭から階段に突入した。
「ちょちょちょ、誰か、止めて! 止めてえええええ!」
ワシの悲痛な叫びも空しく全速力で階段を滑り落ちつづける。パチンコ玉により見事に加速し続け、自分でも生身の速度世界記録でも打ち立てることが可能な気がしてきた。
いや待てよ、踊り場に着けば嫌がおうにも壁にぶつかって止まるはずじゃ。痛いのはイヤだが。
しかし、ワシの期待は壁からフックのように打ち出されたロケットパンチの連続攻撃によって無残にも粉砕された。
「なっ、馬鹿なっ!? ロケットパンチを打ち込んで九十度、また九十度とワシの進行方向を変えようというのかっ!」
真横からのロケットパンチを食らったワシは原則することなく、踊り場をF1ドライバーがヘアピンカーブを曲がるように猛スピードで滑っていく。そりゃあワシは魔王だ、赤い跳ね馬の皇帝よりも速い。もしも、ワシがリュージュの選手なら間違いなく世界新記録を叩きだすことだろう。
いや、ここで己の滑りに酔うわけにはいかぬ。次の踊り場でロケットパンチの衝撃を利用して、階段ではなくフロア側に移動して体勢を立て直す作戦だ。
「よし、まず一発目を食らう。来た来た来たーっ!」
一発目のロケットパンチを歯を食いしばりながら食らい、その衝撃を利用して上半身を起こしつつ跳躍し、二発目のロケットパンチを躱す。
「よし、うまくいったわ! ワシもまだまだ若い!」
ロケットパンチの衝撃で脳を揺さぶられたことと猛スピードでの滑走とフロアへの脱出に成功したことによる大量のアドレナリンが着地した床の違和感を消し飛ばしていた。気が付いたときには、巨大な振り子の刃がワシを縦に二枚におろさんと寸前に迫っていたのだった。
「ぬおおお、まだまだ! 魔剣道十段のワシには通じぬ。見切った、真剣白刃取りっ!」
剣の修練が生きた瞬間であった。見事に刃を抑えたワシだった。今のワシなら勇者の聖剣だろうが、ソードマスターの放つ神速の居合抜きだろうが余裕で止められる。
「ぬむっ、勢いが止まらぬ」
振り子の刃は罠としての機能、つまりスイングの速度と一撃の殺傷力を高めるべく刃の大きさと重さを軽自動車……ゲフンゲフン。失礼、魔界バッファロー並みにしてある。勇者の聖剣など比較にならないほど重い。刃の勢いを止めることはできずに刃を両手で挟んだままワシは窓を突き破り、隣の棟に窓を突き破って頭から突っ込んでしまった。
「ア痛タタタタタ……。全身がガタガタじゃ、年寄にはこたえるわい。しかも、城がめちゃめちゃに。ハァ……」
罠の連続コンボからやっと逃れたワシは少し感傷にひたったのち、宅配便を受け取るためにハンコを持っていく途中だったことを思い出して玄関に向かおうとしたが、そうは問屋が卸さぬとばかりに次の罠が轟音と殺意を伴って迫っていた。
「なんじゃ、この音は? あわわわわわ、鉄球じゃと!?」
廊下の反対側から轟音をたてて巨大な鉄球が転がってきていた。あれに轢かれたら、さしものワシもペチャンコになってしまう。しかし、幸運なことに鉄球は転がり出したばかりのようで、まだ速度が出ていない。今なら罠でダメージを受けた身でもまだ避けきれる。
「ふははは、百メートル徒競走クラス四位のワシにかかれば鉄球など恐れるに足らず!」
ワシの華麗なステップ、この稲妻のごとき加速、トップスピードでの走りはまるでサラブレッド、ワシは残像を残して鉄球を完全に振り切った……。はずだった。
徒競走四位ははるか昔のこと、寄る年波にはさすがのワシも勝てず、いやそうではなく、ワシの肉体はいくつもの罠によって限界までダメージを受けており、足腰は悲鳴を上げていたのだった。
「はぁ、はぁ、早く走る、のだ。まだ大丈夫、まだ大丈夫。て、鉄球には追い付かれてない……。ぐおっ!」
あっという間にワシは鉄球に追いつかれ、鉄球に轢かれペチャンコになりながら、鉄球とともに豪快に廊下を転がり続け、無事に玄関まで到着した。
魔王人生でこれまでにないくらい高速回転していた。お腹から何か出そうな感じでもあるし、全身がバキバキになって痛いし、だがハンコだけは持っていくべくフラフラ千鳥足になっても玄関にたどり着いた。
「ちわー、宅配便です。ん、鉄球と一緒に登場なんて、魔王さんもやりますね。あ、ハンコお願いします」
「は、ハハハ。日常も魔王としての訓練なんじゃよ。はい、ハンコ」
「ケガに気を付けて頑張ってください。それじゃどうも」
「お勤めご苦労様です。はぁ」
魔王軍の皆の努力賜物である罠の威力をワシは身をもって証明することとなった。その威力たるや凄まじく、城の中枢にいるワシを抵抗できぬまま城の外まであっという間に追い出すほどのものだった。
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