第11話 全部の終わりと始まり
一磨が目を覚ましたのは、柔らかな布団の中だった。
「おや、目を覚まされたようですね」
声のする方に目をやると、微笑む古今の顔がある。
「どこか痛む所や、違和感を感じる箇所はありますか?」
「いや、大丈夫だ……。ここは……、古今の店か?」
「ええ、そうです。昨日気を失った一磨さんは、そのまま寝込んでしまわれました」
「一磨起きたの!? 良かった、何回竹輪で引っ叩いても起きないんだもん、心配したよ!」
彌鈴と手を繋いだ宰が、騒々しく部屋へ入って来る。
「あの後ね、菊華陶磁器のみんなが私達の事、古今のお店まで運んでくれたんだよ」
「その後一磨さんには適切な処置を施し、眠って頂いたのです」
「そうか、相変わらず俺は世話になりっぱなしだな……」
「いえいえ、あのような体験をさせて頂いて、私の方が御礼を言いたい位です」
「最権はどうなったんだ。あいつ、消えちまったけどよ、また襲ってくるのか?」
昨日の恐怖を思い出し、慌て始めた一磨に向かって古今が穏やかに言う。
「相当な怪我を負った訳ですから、すぐに動く事はできないでしょう。それに最権さんは負けを認めておられました、思想はどうあれ、潔い性格をされた方のようです。復讐などという無粋な行動はしないでしょう。念の為、奉行所には報告してあります。菊華陶磁器さんの花を植える儀式は三日間掛かるそうなので、その間の警備を請け負ってくれました」
「そうか、何もかも丸く収まったな……」
「一磨さん、菊華誉様より、これを預かっております」
古今が一磨に封筒を手渡した。
「これは、報酬か?」
「ええ。大変感謝なさっておられましたよ」
「頑張ったもんな、何回も死にかけたしよ。いやぁ、もののふって大変なんだな……」
一磨の頭に、ここ数日間の身の竦むような恐ろしい場面が幾つも浮かんだ。その代償として手に入れた初めての高額報酬、一磨は感動で思わず目頭が熱くなった。
「じゃあ、さっそく苦労の成果をこの目で確認させて貰おうかな」
一磨が封筒を開けて中を見ると、そこにあるはずの札束は無く、代わりに折りたたんだ紙切れが入っていた。
紙を広げるとそこには文字と金額がびっしりと記入されており、鑑定料五萬、夫婦こけし六百萬、出張活動費二十萬、危険手当四十五萬、御札制作費六十萬……、等々、合計で途轍もない金額が記されていた。
「ん? 何……、これ……?」
一磨が手元から顔を上げて古今に尋ねる。
「菊華誉様より預かりました、報酬の入っていた封筒です。お金の方は早速返済に当てさせて頂きました。その紙は請求書ですね。一磨さんと活動を共にした時に使用した御札や、八百万、活動費などが記載されています。ご安心ください。限りなく良心的な価格設定にさせて頂いております。今後とも末長くお付き合いさせて頂く事になると思いますので、掛け払いで結構です。もちろん利息は頂きません。私の依頼をこなして頂いて、その報酬を持って返済とさせて頂きます。さっそくですが、仕事がありますのでお二人にはすぐにでも出発して頂きたいのですが……」
「ちょっと待て! えっ! どういう事?」
古今の言っている言葉の意味がさっぱり分からず、一磨は声を荒げた。
「私も式術を必要とする顧客の依頼に答えていまして、まぁ、一言でいうと、非公認のもののふですね。一磨さんは私に助けてくれとおっしゃいました。依頼であると認識して、お受けいたしまして、その報酬を経費と共に請求させて頂いております」
「あれ……、古今が俺達の事助けてくれてたのって……、仕事だったの……」
「はい」
爽やかな返答が部屋に響く。
「しかし、彌鈴は個人的な行動だそうですので、金銭では無く、同じく個人的な行動による報酬で支払いして欲しいそうです」
恥ずかしそうな顔で近寄ってきた彌鈴が一磨に紙を手渡した。そこには殴り書きのような汚い文字で大変に読み辛かったものの、次のような言葉が書いてあった。
――報酬として、私の夫となり、生涯を共にする事――
「待て、待て、待て、待て、待て! 何このぼったくり! おかしいだろ!」
納得がいかずに布団から飛び起きて大声を上げた一磨に宰が声を掛ける。
「一磨、べつに気にする事ないよ、私も一磨に借金してるんだからさ、同じ事だよ。ほら行くよ! さっそくお仕事なんだって、今度は海にいくんだって。彌鈴ちゃんも一緒だよ!」
彌鈴が頬を赤らめて一磨の腕に抱き付く。
「大丈夫ですよ一磨さん。今回のような仕事でしたら、三回ほどこなして頂ければ、返済は終わりますから」
「あんな事三回もやってられるかよ! 命が幾つあってもたりねぇんだよ! 馬鹿言ってんじゃねぇ!」
辺りに一磨の声が響き渡る、しかしその顔は何やら嬉しそうでもあった。
了
もののふものの makaron @makaronmakaron
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます