第10話 開催! 大々御披露目の儀 下
「それが神憑の力を解放した姿か。素晴らしい。わざわざ出向いた甲斐があったというものだな。さぁ始めよう」
そう言って最権が右手を上げると、周囲にいた全ての黒衣達が一斉に巨大な漆黒の火柱へと姿を変え、最権を取り囲むように燃え上がった。
「悪い人は、私が竹輪で引っぱたいてやっつけて、こらしめるんだから! 黒ピチ、覚悟してよね!」
宰は大きく吸い込んだ息を一気に吐き出して叫び声を上げ、竹輪を構え最権へ向かい一直線に突き進んでいった。
その動きに反応するかのように、黒炎の火柱から炎が硬質化した無数の刃が飛び出し、さらに竜巻の如く猛烈に回転しながら移動を始め、宰を斬り刻むべく前方から一斉に襲い掛かってきた。
しかし、宰は走る速度を落とす事無く逆に火柱へ突進、触れれば真っ二つにされてしまうであろう炎の刃を竹輪で受け止めると、柱の回転する勢いを利用して鋭く前方に飛び出した。火柱から火柱へ、地面へ降りる事なく華麗に前へ進んでいく。
全ての火柱を躱し切った先、そこに広がっていたのは燃え盛る黒炎の海。その中に佇んで、じっとこちらを見つめている最権の姿を捉えた宰は、躊躇する事無く黒炎の海へ飛び込んでいった。
宰の纏っている光の効果で足元の黒炎は消え去ったが、燃え残った周囲の黒炎が硬質化、鋭く尖って全方向から突き刺すように伸びてきた。宰は素早く跳び上がって棘を躱し、一箇所に集まった棘を竹輪で叩き斬る。
足を一歩踏み出すたびに無数の棘が発生して宰の行く手を阻んだが、宰は襲って来る棘を時に躱し、時に切り裂き、見事な身のこなしと竹輪捌きで一直線に黒炎の海を駆け抜けていき、ついに最権の前へと到達した。
「やっとここまで来たよ! 黒ピチ! 勝負だッ!」
竹輪を振り翳し、渾身の力を込めて宰が最権へと斬り掛かる。
最権は手を振り上げて、黒炎が変質した極太の刃を足元より発生させた。その刃で宰の攻撃を受け止めると、続け様に手を振って新たな複数の刃を自分の周囲に作り上げた。
しかし宰は立ち並ぶ黒炎の巨大な刃を一刀両断、返す竹輪で最権を斬り付ける。
新たな刃を生みだす余裕の無かった最権は手に纏った黒炎で竹輪を直接受け止めた。竹輪の勢いを殺しきれずに、最権の体が後方へ押し下げられる。
「さすが神憑と言った所か。黒き炎の力だけでは、全く歯が立たんな」
「降参して、ごめんなさいする? 花を諦めて、ちゃんとみんなに謝るなら許してあげてもいいよ」
「ずいぶんと優しい事だな。己の全てを掛けた戦いなのだ。敗者は潔く散るべきだろう」
最権はそう言いながら竹輪を受けているのとは反対側の手に黒炎を纏わせ、宰に直接殴り掛かった。宰は竹輪でその攻撃を難無く防いだが、竹輪と拳が接触した瞬間に黒炎が爆発を起こし、衝撃で宰は後方へ大きく飛ばされた。
「娘、貴様の事を認めよう。そして、私は持てる全ての力を使って貴様を迎え撃つ。私が追い求めた物は強さ。己の力を使い切る事が出来ぬ故、私は今の世を改変しようとした。貴様が私に勝てばこの世もまだ捨てたものでは無い。計画は中止、花の必要も無くなる」
最権がそう言うと同時、倒れていた天京の周囲で黒炎が激しく燃え上がり、橇のような形状になって天京の体を浮上、そのまま最権の元へ真っ直ぐに滑走していった。
最権の前で止まった天京がよろめきながらも起き上り、最権へ祈るような体勢をとる。その途端、天京の体が衣服ごと飴細工のように柔らかく伸び、歪な形状へ変化し始めた。
「ええっ!? ちょっと、召使いどうしたの!? さっき私が強く引っ叩いたから、体びよーんってなっちゃったの!? 嘘っ、私のせいって事? 何かごめん!」
衝撃的な光景を前に思わず謝ってしまった宰が見守る中、長く伸びたその体が今度は縮み始め、見る見るうちに天京の姿が十字架の如き、剣身と鍔が直角に交差する一振りの見事な漆黒の長剣へ変化してしまった。
「召使いが……。長い刀になっちゃった……」
「これが天京本来の姿。そして刮目するがいい。私の黒き炎、その真の力を」
最権は長剣の柄を右手で握り締め、左手を静かに天へと向けた。その途端、掌から凄まじい勢いで大量の黒炎が噴き出し、上空で渦巻きながら滞留を始めた。
会場に散っていた黒炎も吸い寄せられるように浮かび上がって渦と一体化、陽の光は遮られ、辺りが暗くなるほどに途轍もない量の黒炎が会場の上空を覆い尽くしていく。
最権の掌から黒炎の噴出が止まると同時、黒炎の渦は中央へ向かって急速に収縮、そのまま消滅するかに思われたが、渦の中心があった場所より、何か小さな物体が最権に向かって降下してきた。
それは飴玉ほどの大きさしかない黒炎の塊。しかし、その小さな外観からは想像だにできない、周囲の景色を歪めてしまう程に禍々しい気配がその塊から放たれている。
「何? あの小っちゃい炎……。とんでもなく嫌な感じがする」
最権は顔の前まで下降してきた小さな黒炎をそっと手に取ると、宰の方を向いて怪しげに笑い、口の中に含んだ。
そのとたん生温く不吉な風が会場を吹き抜け、最権の体が一瞬で黒炎に包まれた。
只ならぬ気配を感じて燃え盛る最権の姿を凝視する宰。
勢いの弱まった黒炎の中から、恐ろしい姿に変貌を遂げた最権の姿が出現した。
長い髪は黒炎に包まれたまま全て逆立ち、漆黒に染まった目の中心部で怪しげに輝く緋色の瞳、蠢く紐状の黒炎が露出した肌を縛るように何重にも巻き付き、あたかも無数の黒い蛇が最権の全身を這い回っていようだった。
そんな悪魔を思わせる容姿にも拘らず妖艶な美しさは一際増しており、惑わすような笑みを浮かべつつ最権が口を開いた。
「黒炎を全て私の力へと昇華した。私がひたすらに求め続けた物は力だ。世界に見切りを付け、終末を齎す段になって漸く私の前に現れし神憑の使い手よ。失望させてくれるなよ」
最権が漆黒の長剣を滑らかに動かし、切っ先を宰へ真っ直ぐに向けた。
宰は最権の姿から目を離す事が出来なかった。圧倒的な力を秘めたその姿を前にして、自分の勝利する姿が目に浮かばず、体が硬く強張っていく。
最権の殺気に呑み込まれないよう、宰は大きな声で叫んだ。
「私はここにいる私の友達全員を絶対に守ってみせる! 私はもののふなんだからね! そんな恐い顔したって私は負けないんだからね!」
振り絞った宰の勇気に答えるが如く、竹輪が金色の輝きを増した。
「黒ピチ、勝負だ! 勝つのは私だよ!」
一気に距離を詰めていく宰、しかし、最権は正眼に長剣を構えたまま微動だにしない。
長剣の間合いの外から鋭く踏み込んで、宰が今の自分にできる最高の速度で竹輪を振り下ろす。最権の剣は反応していない。宰の攻撃が先に最権を切り裂く。
はずだった。
最権の手が動いたと宰が認識した瞬間、竹輪は真上に弾き飛ばされ、飛び込んだ勢いを殺された宰は床に落下、ぺたんとそのまま座り込んでしまった。
茫然となった宰のすぐ目の前に、頭上から落下してきた竹輪が突き刺さる。
自分に向けられた長剣の切っ先を見て、宰は己の敗北を知った。
竹輪を手から離した事で金の光は霧消、肩の傷が開いて血がにじみ始め、宰はくやしさで目に涙を溜めた。
「無知による驕りという物は素晴らしい。無能な者に何かを成し遂げようとする希望を授けるのだからな。しかし現実と対峙した時、その思いは脆く簡単に砕け散る。先程までの勢いはどうした娘? 貴様は己の力で友を守るのではなかったのか? 口先だけの力無き者に用はない。己の弱さを噛み締めながら、あの世へ去るがいい。さらばだ」
みんな、守ってあげられなくてごめん。申し訳ない気持ちで心が一杯になり、宰はがっくりと肩を落とし大粒の涙をぽろぽろこぼした。
最権が宰に向かって足を踏み出した瞬間、
「馬鹿野郎! 諦めるんじゃねえ! 俺からもののふ取ったら何も残らねぇように、お前から阿呆元気取ったら、何も残らねぇだろうが!」
はっと顔を上げて振り返った宰の目に、後方から最権に向かって猛烈な勢いですっ飛んで来る一磨の姿が映った。衝撃の御札を自らの背中に貼り付けて宙を飛び、一磨が無謀にも最権へ体当たりを試みようとしている。
「ちょっと一磨! 何やってんの!?」
その光景を見た瞬間、宰は考えるよりも先に目の前に突き刺さった竹輪を抜き取るや、無我夢中で一磨の体めがけ思いきり跳んでいた。
一磨に向けて振り下ろされた最権の長剣を、宰の竹輪が間一髪の所で遮る。その衝撃で二人は弾き飛ばされ、縺れ合って床をごろごろと転がっていく。ようやく体が止まった所で、勢いよく顔を上げた宰が一磨に向かって叫んだ。
「何やってんの一磨!? 一磨弱いんだから、黒ピチにそんな風に近付いたら絶対斬られちゃうでしょ! 馬鹿じゃないの!? 何考えてるの!?」
頭を押さえながら呻き声と共に一磨は上半身を起こし、声を荒げて宰に言い返す。
「お前がまた、諦めちまうからだろ! 最初の勢いはどうしたよ、最権引っ叩いて来るって約束しただろうが! 何でお前はそうやってすぐ諦めるんだよ!」
「だって黒ピチものすごく強いんだもん、私また刀弾かれたんだよ! 見た事ないよあんな太刀筋! あんなの絶対受けられないよ!」
「受けたじゃねぇかよ! お前が最権の刀を受けてくれたから、俺は今こうして生きてるんだろ!」
「あ……。ほんとだ……」
まぐれに近い無意識下の行動だったとはいえ、最権の剣を受け止める事ができた自分自身に驚き、宰は目をぱちくりさせて手に握っている竹輪を見つめた。
一磨が宰の肩を両手で力強く掴み、目を見据えた真剣な表情になって言う。
「いいか、その武器は神憑でお前は選ばれし者なんだろ! そして勢いだけじゃなく、お前は確実に強い。何度も命を救われてる俺が言うんだから間違いない。お前なら絶対にできるから、最後まで自信を持つんだ、もう諦めるんじゃねぇ!」
一磨の激励を受けて少しだけ心が落ち着き、立ち上がった宰はふと、一磨の着物が変わっている事に気付いた。
「あれっ、なんで一磨違う着物着てるの? それ古今の着物じゃない?」
一磨は何故か古今の着物を身に纏っており、古今より背の低い一磨は着物の裾が床について、足が完全に隠れてしまっている。
「その説明は後だ。いいか、俺を何とか最権を一発ぶん殴れる距離まで接近させてくれ。俺一人だけなら刀でぶった斬られてお終いだ。でも俺とお前、一緒ならなんとかなる。二人で最権をぶっとばすんだ」
その提案を聞いて宰は驚き、最権の目にも止まらぬ太刀筋が脳裏に甦って、再び身が竦んだ。
「駄目だよ! さっき刀を受けられたのは偶然なんだよ! もし私が黒ピチの刀受けられなかったら、一磨も私と一緒に斬られちゃうもん! 私のせいで一磨が死んじゃうんなんてそんなの絶対嫌だよ!」
今にも泣き出しそうな顔で目に一杯の泪を溜め、思わずしゃがみ込んでしまう宰。
そんな宰に一磨は近寄って、ぽんと優しくその肩に手を置いた。
「上等じゃねぇか。お前が命張ってんのに、相棒の俺が離れた所で指咥えて見てる訳にはいかないだろ。俺達は一蓮托生。斬られたら二人共ここで終わり。全力を出し切ったのなら、それでいいじゃねぇか。でもよ、これだけは言わせてくれ。お前ならやれる。自信を持つんだ。俺は斬られたって構わねぇ、だから二人であの偉そうなおっぱい露出女に一泡ふかせてやろうぜ。困っている人の為に己の技と命を懸けて依頼をこなす。それがもののふなんだろ」
宰が顔を上げると、そこには笑う一磨の顔があった。肩には一磨の手の温もりが感じられる。
その瞬間、宰は自分の中で最権に対する恐怖がすっと溶け去ったのを感じた。自分を責める気持ちは弾け飛び、その代わりに何やら温かい物が体中を駆け巡って力がぐんぐん湧いてくる。
「一磨のくせに、中々かっこいい事言うね」
「くせには余計なんだよ! 元から格好良いんだよ、馬鹿野郎!」
いつもと変わらぬ一磨の言い草を聞いて宰は笑い、宰は両足を地面に思いきりつけてぐんと立ち上がった。
「うん!」
気合と共に、最権を倒す強い決意と自信が全身に漲ってくる。もう一度「うん!」と大きな声で気合を入れると同時、宰の全身から黄金の光が迸った。
「はうんっ!」
突然宰が素っ頓狂な声を出したので、一磨は引けた腰でびくりと宰から距離を取った。
「どうした! 気色悪い声出すんじゃねぇよ! えらいピカピカ光り出したけどよ! また爆発しそうなのか!?」
「違う! 私、かなり良い事思いついた! それに、何だか竹輪の気持ちがすごく良く分かる。今ならちゃんと竹輪の事使いこなせる気がする!」
宰はそう言って静かに目を閉じ、左手を前に翳した。宰の手に体を覆っていた金色の光が集まっていく。
「ほら見て! 黒ピチの技を真似してみたんだけど、これでうまくいくよ!」
宰の手の先で光が実体化し、金色に輝く四角い物体を作りだした。
「凄いなお前! こんな事できるようになったのか!? で、これは何だ?」
「黒ピチがね、炎を固くして刀にしてたの。だから私も竹輪の光で何か作れると思ったんだ。この光でできた箱の中に一磨を入れて、私が箱を引っ張って黒ピチの近くにいくよ。黒ピチに隙を作ったら合図をするから、そしたら中から飛び出して。良い作戦だとおもうんだけど大丈夫? 一磨、怖くない?」
「怖い事あるか! いくぞ、宰!」
宰の自信溢れる目を見て一磨は豪快に頷くと、箱の蓋を開けて中に体を入れた。外観は金でできているかのような重厚な造りの箱だったが、中に入ってみると不思議な事に、硝子張りの如く外の様子を鮮明に見る事ができる。
「私、何があっても絶対、一磨の事守るから!」
宰はそう言って胸を張ると最権の姿を真っ直ぐに見つめ、一磨の入った光の箱を引っ張って歩き始めた。
「黒ピチ。悪いけどもう負けないよ」
迷いのない目で向かって来る宰の姿を、最権は長剣を構えたまま凝視して言う。
「どうやら先程とは様子が違うようだな」
最権の間合いに入る直前、一磨の入った金色の箱を床へ置き、宰はためらう事無く最権に向かって大きく跳んだ。最権が宙を舞って飛び掛かってくる宰に向け、長剣を振る。
先程は全く見えなかった最権の攻撃が、今の宰にははっきりと見える。
宰が漆黒の炎に包まれた最権の長剣を、金色に輝く竹輪で見事受け止めた。
刀を受けた体勢のまま宰が着地した所で最権は一旦刀を引き、両者が互いに向かい合う。
「ふふふっ……」
最権が俯きながら押し殺した笑い声を上げ始め、そして我慢しきれなくなったように、大声で笑い始めた。
「私は貴様のような者を待っていた。私の全てを受け止める事の出来る者をだ。現世に失望し、全てを壊す段になってようやく巡り逢う事が出来るとはな」
「自分が闘う相手欲しいからって、こんな悪い事して良い訳ないでしょ! 召使いも、黒い服着た人達も、おっきな石像も黒ピチの事を今まで一度も叱らなかったんでしょ。だからこんな事になっちゃうんだよ! 私が竹輪で思いっきり叱ってあげる! 悪い事してるんだよって教えてあげる! 黒ピチ、覚悟してよね、お仕置きの時間だよ!」
宰が叫び声を上げた直後、渾身の力の込められた二人の刃が弧を描いた。最権は真上からの猛烈な振り下ろし、宰は横から長剣を払い退ける軌道で二人の刃がぶつかり合う。凄まじい勢いで接触した両者の武器は弾けるように一旦離れた後、即座に再び斬り付けられた。
目にも止まらぬ攻撃の応酬を繰り広げる最権と宰。剣捌きだけなく、両者は見事な体捌きで互いの攻撃を躱し、新たな攻撃を生み出していく。
最権が長剣を振り続けながら歓喜で声を震わせた。
「これが神憑の力……。見事だ。私は己が力を高める事に全霊を傾け、あらゆる手段を使い自己を研鑽してきた。それほどの技量を持つ貴様になら私の力が解るであろう。そして理解できるはずだ。力ある者こそが正義であり、力を欲する事こそが人の真理。歪んでしまった世の理を私が元の姿へ是正してくれる。どうだ? 共に新しい世界へ来る気はないか? 我々のように力ある者だけが生き残る正しき世界へ」
「黒ピチ! そんなに強くなりたいなら、一人で素振りでもやってればいいでしょ! 私はね、分かっちゃったんだから。刀はね、誰かの為に使う物なんだよ! 守りたい物があって、自分の気持ちを押し通す必要があるから、使うんだよ! 強さだけ欲しがるなんて、そんなの全然意味無い!」
宰の返答を聞き、最権の体を覆っている黒炎の量が一気に増えた。そして、更に速度と威力を増した最権の長剣が宰に襲い掛かる。
「純粋な思想にのみ、力は応じてくれるのだ。中途半端な気持ちでは力を極める事はできん。貴様も直に分かるはずだ。己の全てを捧げた者のみが到達できる場所がある。それができぬ輩は力ある者に平伏す。それが世の正しい姿だ。力は世を生きる術であり、力無き世に秩序は無く、ましてや希望など無い。貴様の神憑は飾りか? 神憑に身を委ね、世に尋常ならざる力を齎す事が貴様の使命で在る筈だ」
「ちがうよ! 竹輪は友達だもん! 私は一磨と古今と彌鈴ちゃん、菊華のみんなを守る為に命を懸けてるけど、一人じゃない。みんなの思いを貰って一緒に戦ってる! 私には竹輪があって、みんながいる。だから黒ピチのそんな間違った剣なんか、全然恐くないんだからね!」
宰が叫ぶと同時に光量を増した竹輪が最権の長剣を弾き返した、僅かに最権の体勢が崩れた瞬間、宰の体を覆っていた光が実体化して、無数の矢のような形状になって鋭く尖り、最権へ向かって一斉に発射された。
「小賢しい真似を……。良く分かった。その愚かな考えごと、貴様を切り裂いてくれる!」
最権は宰から距離を取ると長剣を手元で回転させ、飛んできた光の矢を次々弾き落としていく。
その瞬間、宰が後方の箱に向かい大声で叫んだ。
「一磨! 今だよ!」
「ふんっ、その男に何ができる。足手纏いになるだけだ」
箱から出て来るであろう一磨ごと宰を一刀両断せんと、最権が腰を低く落とし力を蓄えるような体勢を取った。
しかし、気配が現れたのは箱の中からでは無く、最権の背後だった。
最権が振り返ると床に大きな穴が開いており、穴から宰が纏っている物と同じ金色の光が溢れ出している。
「こっちだッ! いくぞ露出女ァ!」
そして叫び声と共に、決死の覚悟で一磨が光の中より飛び出して来た。
宰は最権と戦っている最中、箱の外観はそのままに金の光を操作して箱の底から床を掘り抜き、最権の背後へ通じる大きな穴を作り出した。そして、光で包み込んだ一磨を、最権の後方へ密かに送り込んでいた。
宰は竹輪に全体重を乗せて強引に斬り掛かり、それを受け止めた最権の動きを封じた。身動きの取れなくなった最権の背中に向かって、一磨が突進していく。
「力が皆無にも拘らず私に怯まぬその心意気。それは称賛に値する。だが、残念だったな」
虚を衝かれたにも拘らず最権は嘲笑を浮かべて首を捻り、一磨に向かって口を大きく開いた。
その口内には、鋭く尖った漆黒の刃が潜んでいた。
鋭い刃が最権の口からぐんと伸びて飛び出し、一磨の顔面めがけて一直線に襲い掛かる。
耳を覆いたくなるような音と共に、刃が肉を貫いた。
しかし、
「なっ……!」
驚いて絶句した最権の口より伸びる刃、それが貫いた物は一磨の顔ではなく、古今の左手だった。
「残念だったのは最権さん、あなたの方です」
一磨の左脇部分、着物の内側から長襦袢姿の古今がぬっと上半身を現しており、左手を犠牲にする事で、貫通した最権の刃を横へ反らしていた。
「この着物は特別製でしてね。式術で内側に人が潜める空間を作ってあるのですよ。私、駆け引きだけは、人より少々得意なんです」
古今が右手を力強く最権の背中に押し当てて、鋭く叫ぶ。
「彌鈴! 今です!」
合図と同時に、今度は一磨の右脇から彌鈴が現れ、同じく最権の背中に手を当てた。
その瞬間、強烈な光が電撃のように古今と彌鈴の間を行き交って最権の背中が発光、最権の背中を覆っていた黒炎が霧消して肌が露出する。
「くらえッ! 甲斐性無しを舐めるんじゃねぇッ!」
すかさず一磨が全身全霊を込めた渾身の平手打ちを、痛々しい音を響かせて最権の背中にお見舞いした。
その直後、一磨の体は両脇から飛び出している古今と彌鈴と共に、後方へ大きく吹き飛ばされた。力任せに長剣を薙ぎ払った最権の力に押され、同じく宰も遠くへ弾き飛ばされている。
「くだらん小細工を……。この私の肌に触れるとは、命知らずの愚か者が……」
怒りの余り最権は小刻みに震え、この世の物とは思えぬ凄まじい形相で一磨を睨み付ける。
「貴様等からまず葬ってやる」
尋常でない殺気を纏った最権が一磨達へ足を踏み出した瞬間、最権の全身から黒炎が一斉に噴出し始めた。莫大な量の黒炎が最権の周囲で渦巻き、頭上へ舞い上がっていく。
「何だ? 一体どうしたというのだ!?」
自らの異変に動揺する最権に古今が言った。
「最権さん。あなたが御使用されている神憑にも等しき威力を秘めた黒き炎。さきほどその炎に包まれた際、じっくりと鑑定させて頂きました。これは憎しみや嫉妬といった心に宿る悪意を炎に変換した物です。恐らくあなたは何らか力により己の悪意を過剰なまでに増幅させていらっしゃいますね。普通の人間であれば絶対に耐えられないであろう心の闇、それをあなたは力に変えていらっしゃる。規格外の悪意ならば、規格外の効果があるであろう御札を先程、一磨さんに使用して頂いたのです」
一磨が懐から一枚の御札を取り出して最権に見せた。それは一磨に平手打ちをされた際、最権の背中に貼り付けられた物と同じ、悪意をぴりっとした痛みに変えるお仕置の御札だった。
最権が絶句したその直後、頭上で渦巻いていた黒炎が轟音と共に瀑布の如く、最権に向かって一気に降り注いだ。
「ぐおあぁぁぁぁあああッ!」
雷雲のような電撃迸る膨大な黒炎の直撃を受け、最権が仁王立ちで絶叫を上げる。
「貴様ごときがぁああ!」
想像を絶する痛みに包まれても尚、最権は膝を折る事無く暴走する黒炎に包まれたまま長剣を振り翳し、苦痛に歪んだ顔で一磨を睨み付けた。
「黑ピチィィィィッ!」
最権に向かって宰が一直線に走り寄っていく。
振り返る最権。
両者が交錯して爆風に近い衝撃波が広がり、一磨は古今、彌鈴と共に後方へ吹き飛ばされた。
一磨が呻きながら顔を上げて状況を確認すると、背を向けあって立つ最権と宰の姿が目に入った。
狂ったような笑い声を上げる最権。
「娘、素晴らしい時を体験した。私は久しぶりに己の全力を出し、血沸き肉躍る戦いをする事が出来た。そして男、玩具に等しき品で私に致命の攻撃を与えるとはな。こんな馬鹿げた事が実際に起ころうとは、想像だにしなかったぞ」
そして最権は憑き物が取れたように美しい笑みを浮かべ、
「お前達の勝ちだ」
そう言って、崩れるように床へ倒れた。
ややあって濃紅と群青の着物に身を包んだ、最権の宮殿で見かけた二人の少女が陽炎の如く最権の横に出現した。二人が最権の体に手を置くと周囲の景色ごと淡く霞み始め、少女達と共に最権の体が消え去っていく。
そしてしんと静まり返った会場は物音一つ聞こえない、完全なる静寂に包み込まれた。
「これは……、勝ったって事でいいんだよ……な……」
一磨が立ち上がって辺りを見回した瞬間、闘いを見守っていた菊華陶磁器の人々による盛大な拍手と歓声が鼓膜を破らんばかりに、会場から一斉に湧き起こった。
「おい! 宰! 俺達は勝ったんだ! 依頼終了だぞ!」
じわじわ込み上げてきた感動と共に一磨が興奮しながら宰の方を向くと、そこには竹輪を握り締めたまま宙に浮かび、黄金の炎に包まれているかの如く、凄まじい量の光を体から噴き出している宰の姿があった。
宰の頭上で光が集結、前回大爆発を起こした時と同じく光は巨鳥の姿を形取り、その大きな翼を横へ真っ直ぐに広げ始めている。
「やべっ、やっぱりか! やっぱりこれあるのかよ! めでたしめでたし、って感じだったのによぉ……。仕方ねえ、やるしかねぇのか!」
一磨の考えていた宰の暴走を止める策、それは宰の籠手を使って竹輪の鞘を刀身に嵌め戻し、竹輪の力を封じると言う物だった。
先ほど宰から受け取って帯にぶら下げていた籠手を、一磨は自分の手に装着しようと試みた。
しかし、
「入らねぇ! やべえ! 小っちゃくて、装着できねぇ!」
籠手は指を一本一本包む形状をしていたので、宰の手に合わせて作成された籠手はどんなに無理をしても一磨の指では先の方までしか入らない。
「ちくしょう、宰が爆発しちまう! 頼むっ、入ってくれ!」
一磨がなんとか指を入れようと四苦八苦していると、今にも消え入りそうなか細い声が背後より響いた。
「一磨さん。彌鈴なら、籠手に手が入ります……」
振り向くと、古今と彌鈴が互いの体を支え合うようにして立ち上がっている。外傷は見当たらないものの、二人共力を使い果たしてしまったらしく、顔に生気は無く、立っているのがやっとの状態だった。
「そうか! 彌鈴の手なら籠手に入るのか!」
一磨の言葉に彌鈴はこくりと頷き、右手を前に出した。一磨が大慌てで走り寄り、彌鈴の手に籠手を被せてみると、多少大きめではあるものの紐をきつく縛る事で彌鈴の手に籠手は無事装着された。
「一磨さんの考えは分かりました。私達も手伝います。しかし、すいません。二人共もう歩く力が残っていませんので、運んでいただけますか?」
弱々しく呟いた古今の言葉に、
「分かった、俺が連れていってやる。行くぞ! まずは竹輪の鞘だ!」
一磨は力強く答えて火事場の馬鹿力、古今を背中に担いで彌鈴を脇の下に抱え込み、えいやと気合いを入れて強引に立ち上がった。顔を真っ赤にして唸り声を上げながら、ばたばたと騒々しく床に突き刺さった竹輪の鞘に走り寄る。
「よし、掴め!」
一磨に抱えられた彌鈴の手が、竹輪の鞘を拾い上げた。
「よっしゃぁ! 後は竹輪にそいつを被せるんだ! 行くぞ!」
一磨は必死の形相で宰へ方向を変え、最後の任務へ挑むべく進撃を開始した。
竹輪を手に目を瞑った直立姿勢で、宙に浮かび上がっている宰。その穏やかな表情とは裏腹に宰の周囲は嵐のように激しく渦巻く金の光に覆われ、その光で形成された金色の巨鳥は広げ切った翼を羽ばたかせる為、上方へと持ち上げ始めていた。爆発は目前に迫っている。
古今が苦痛に顔を歪めながら手を前に翳すと、分厚い光の渦が左右に分かれ、宰の姿が露出した。
三人は光の中を突き進んで宰のそばに近寄り、一磨に抱え上げられた彌鈴が竹輪の刀身へ鞘を被せようとした。
しかし、激しい水流のごとく刀身から溢れ出す黄金の光が鞘を押し返し、彌鈴が体ごと弾き飛ばされそうになる。
「大丈夫か彌鈴! 俺も手伝うからな!」
覆い被さるようにして一磨が彌鈴の体を押さえ込み、一磨も竹輪の鞘に手を掛けた。
「ここが正念場です、一磨さん。失敗すれば我々の命はありません。やりましょう!」
さらに一磨の背中から古今が手を伸ばし、三人掛かりで噴出する光の流れに逆らうよう、鞘を刀身へ近付けて行く。
少しでも気を抜けば弾き返されてしまう強力な抵抗の中、なんとか鞘を刀の切っ先へ被せる事に成功した。そのまま鞘を押し下げようと三人は腕に力を込めるが、根元に近付くほどに抵抗は激しさを増していき、三分の二ほど鞘を被せた所でどんなに力を込めてもそれ以上先へは進まなくなってしまった。僅かでも力を弛めれば鞘は一瞬で吹き飛ばされてしまう。
すでに巨鳥は翼を垂直に上げ終えて、振り下ろす姿勢に入っている。大爆発は今にも起ころうとしていた。
「畜生、なんでだよ! なんで入らねえんだ、あとちょっとなんだぞ! 俺達は最権に勝ったんだぞ! ふざけるんじゃねぇ! 畜生おぉぉぉッ!」
一磨の叫び声が響き渡り、巨鳥が翼を振り下ろした瞬間、
「どうやら、借りを返す時が来たようだな」
足元からやたらと重低音の声が響き、黒い子犬が急激に巨大化していくのが一瞬目に入った。
「毬藻じゃねぇか……!」
一磨が驚きの声を上げると同時、凄まじい光が辺りを包み込んだ。視界も、意識も、一切が白く染まって消え去っていく中、自分の手の上より強大な力が加えられた感覚と、竹輪の鞘が完全に刀身へ嵌まった手応えと共に、一磨はそのまま気を失ってしまった。
途轍もなく騒々しい雑音が耳から強引に頭の中へと入って来る。余りの騒音に身の危険を感じ、これは逃げなければと気持ちの奥底で感じてはいるが、体がいう事をきかない。
不安が募る中、何やら聞き覚えのある声がする。腹の立つような、呆れるような、しかし、頼もしく安心のできる声。
「じゃあ、ちょっと引っぱたいてみるね、せーの!」
その直後、一磨は自分の腹の上に柱が落下してきたような衝撃に襲われ、「ぐぇえええ」と呻き声を上げて体をくの字に折り曲げた。
自分の腹が真っ二つになったのかと思い、慌てて腹を見る。腹が無事である事確認し終えて再び寝ころぶと、覗き込むように自分を見ている毬藻を抱えた宰、彌鈴、古今の姿が目に入った。
慌てて起き上ると、先程から辺りに響いていた轟音は、会場にいる一万人超の菊花陶磁器の人々による拍手と歓声である事に気付いた。
「終わった……のか……?」
一磨が信じられないといった様子で呟くと、
「ええ、菊華陶磁器さんの荷物運び、最権さんの排除、そして会場の安全確保。全て無事終わりましたよ。お疲れ様でした。一磨さん良く頑張りましたね」
古今が微笑みながら言い、彌鈴が力強く頷く。
そして宰が会場を見回して一磨に言った。
「ほら! 菊華陶磁器のみんな、こんなに喜んでくれてるよ。ありがとうって言ってくれてるんだよ、いい事したね! 一磨は甲斐性無しじゃなかったね!」
宰の言葉を聞いて立ち上がった一磨が、再度広大な会場を見回してみると、会場を覆い尽くす菊華陶磁器の人々、その全てが笑顔、もしくは感動で泣きむせび、心から一磨達に感謝している事に気付いた。
自分のした仕事が皆の役にたったのかと、未だ実感が湧かずにいると、宰が一磨の前に走り寄ってきた。
「一磨がいなかったら、私竹輪の事、分からないままだった。黒ピチにも勝てなかった。一磨が一緒にいてくれたから、私頑張れたんだよ。ありがとうね一磨!」
そう言って、宰は一磨に抱き付いた。彌鈴の即座に一磨へ抱き付き、古今は一磨の両肩にそっと手を置いた。
皆の温もりを感じたとたん、急に仕事をやり遂げた実感と共に熱いものが込み上げ、駆一磨は涙が止まらなくなってしまった。
顔をくしゃくしゃにして涙をこぼしながら宰を抱き締め返す。
「馬鹿野郎……。お前がいてくれたからだよ……」
そう呟き、ほっとした一磨はそのまま気を失ってしまった。
大の字になって床に伸びる一磨。その顔は宰が初めて一磨に会った時より、幾分もののふらしい、逞しい表情に変わっていた。
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