11.共闘

 翌日、巴は目を覚ました。朝日が自動ドアを通して輝いている。隣には座ったまま眠る令の姿があった。巴はそっと令の上着を令の肩にかけて返す。

巴は千砂の病室へと向かった。その時、雄が階段から上がってきて合流する形になった。


「おはよー。巴。昨日はお疲れ様。千砂姉さんの所行くの?」

「おはようございます。あの、屑さん、良かったら、一緒に……」

「ごめん。神童屑は長谷雄に改名したんだ」

「えっと……、では雄君、一緒に……」

「だーめ」


雄と巴の会話に令が割って入る。


「トモピーは学校があるだろ。俺と一緒に帰るぞ」


令はそう言いながら上着を着る。既に改、甲、真姫の三人は東北を出たという。令は雄に全ての責任を押し付ける気だ。そうすることによって、北野の死、北野の人鬼化、千砂や巴のこと、全てに向き合わせるつもりだった。雄にも令の考えは分かっていた。巴は反論しようとしたが、令と雄の間に流れる空気を察して口をつぐんだ。


「後は僕に任せて」と、雄は微笑する。

「じゃあ、何かあったら電話しろよ」


令はそう言い残して巴と共に病院を後にした。





 屑は医師に呼ばれて千砂の病室へ向かった。医師はどういう理由かは分からないが、千砂が目覚めたという。検査の結果も良好で、健康そのものだという。今日中にでも退院できると聞いた。千砂も今日中の退院を望んだため、本日中の退院が決まった。次々と器具が外され、あっという間に白くがらんとした真四角な部屋になった。黒いロング丈のワンピースがその中で映えていた。


「巴ちゃんが助けてくれたって本当?」


千砂が開口一番に言ったのは、自分が返礼すべき相手の確認だった。雄は千砂について基本的にgive&takeの行動をとると聞いていたが、自分が責められないことにばつの悪さを感じた。


「俺のこと、怒らないの?」


千砂は雄のせいで生死の境を漂ったのだ。千砂は小さく笑って首を振り、「済んだことに興味はないの」と言った。


「それに今回のことがなければ、この子に出会うことはなかったでしょうから。感謝したいくらいよ」


千砂はお腹の上で両手を重ねる。


「でも事実を言ってしまえば、千砂姉さんの式は最弱の式になったんだよ。今までのスキルも何もない最低の式だ」


千砂は不思議そうに雄の顔を見た。黒い双眸が、雄の目を捉える。雄は千砂の美しさにのまれるのではないかという不安に襲われた。何故にこんなに綺麗なものを見ているというのに、人は不安になるのだろう。それはきっと、美が儚く、どこかを欠けさせても穢してもならないからだろうと、雄は思った。


「……あなた、断罪が欲しいのね」


雄は顔をひきつらせた。


「あなたは、仲間の一人を殺した。巴ちゃんを殺そうとして、私を殺しかけた。それでもあなたを誰一人断罪してこなかった。それは最も重い断罪だと知るべきよ」

「もっとも重い断罪? 僕の空舟が欲しくて手が出せないんじゃなく?」

「それは間違った考えよ。皆は確かに空舟が欲しいし、断罪している気もないの。でもね、それってあなたにとって一番残酷なことをしているって皆が気付いていないだけなのよ」

「じゃあ、お兄さんが怒ったのは僕のため?」

「怒ったのではなく、叱ったのよ。あなたのためを思って。もしかしたら令が今回チーム分けをしたのは、断罪なき断罪が一番辛い事を教えるためや、あなたの考え方を変えるためだったのかもしれないわね」


千砂はうな垂れた雄の横を通り過ぎ、病室を出た。千砂もまた、他の四人のように雄を断罪しなかった。雄はうな垂れたまま、千砂の後を追うように歩き始めた。千砂はそんな雄に目もくれず、早々に電車に乗り込んだ。雄は千砂を見送って、最終の上り電車に乗り込んだ。雄の頭の中はぐちゃぐちゃだ。千砂の言うことは分かる。ただ、自分が無意識の中に抱え込んでいた断罪への欲求を、あんなにストレートな言葉で言われるなんて思いもしなかった。雄は髪結いゴムを苛立たしげに外して、髪を手櫛でといた。ふと、髪結いゴムに目がとまる。あの日、星空の下で令からもらった髪結いゴムだ。今日は曇天。あの日のような星空は見られない。あの日、勝手な理由で木戸家から飛び出した。思えばあれが令に対する甘えだったのかもしれない。結局同じチームの甲も真姫も雄から離れて行った。ここで自分の考えが間違いだと気づいていれば、こんなに悩まずに済んだのかもしれない。断罪なき断罪を受けずに済んだのかもしれない。


「全く、後悔は先に立たないな」


雄は一人ごちる。誰も助けてはくれない。髪結いゴムを握りしめ、雄は一人、新幹線の中で泣いた。


「屑君みーっけ」


明るい声が上からふって来た。真姫だった。雄は幻を見ているのかと思った。


「今は長谷雄らしいぞ」


そう真姫に訂正を求めたのは甲だった。


「ほんてが?」


相変わらず、甲の横には改がいた。「そうだよ」と令が肯定する。「なあ?」と言われて、「は、はい」と巴が小声で言い、千砂が首肯する。何て悪趣味な修学旅行だと、雄は思う。


「早く帰って来い。雄」


令が雄の髪をくしゃりと撫でた。手に重さがなく、紙人形であることが分かる。令達は糸が切れるように消え、手の部分がつながった六人分の紙人形が落ちていた。そこには「ホームで皆待ってる」と書いてあった。


「なんなんだよ、これ」


と雄が言いながら、とめどなく流れる涙を何度も指で拭いた。

 雄がばつが悪そうにホームへ降り立つと、他の六人がホームにいた。千砂だけが少し距離を置いて静かにたたずんでいた。


「すみませんでした。今度からは気を付けます」


雄は六人に向かって頭を下げた。


「神童屑、改め長谷雄は、皆さんのお役に立つことを誓います。だからどうか……、皆と一緒に僕も戦わせて下さい」

「どうしよっかなー。少しはこりたかよ、雄」


雄は頷く。まだ雄は六人の顔をまともに見られない。特に令や甲、真姫の顔は怖くて目を合わせられなかった。だが令は何事もなかったかのように、「随分長い家出だったな。お帰り、雄」と言った。甲と千砂はそれを見て踵を返す。巴も真姫もその場から消え、改、令、雄の三人だけになった。この三人は令とルームシェアすることになった。令を独り占めしようとしていた雄には残念だが、改と甲が共にあることはもうないのだという。

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