7.御霊会

「屑君、私たち、これでいいのかな?」


屑と腕を組んで歩く真姫が声のトーンを落として言った。


「何が?」

「あっちにいた木戸さんと改さんの式、とっても強そうだし、あっちに私たちも協力した方がいいのかな、って」

「隣の芝は青く見えるんだよ。ヒメ」

「でもー、屑君は私のボアちゃん食べるつもりなんでしょ?」

「嫌?」

「私はただ、死にたくないなーって」


北野の足を押さえていて、思ったことがある。牛と雉にどんどん魂を食べられて、最期にはあっと言う間に冷たくなった北野の足。自分もそうなるのかと思うと怖かった。今まで自分の欲求に正直に生きてきた。だから好きな屑についた。しかしそれは間違った選択だったかもしれないと、真紀は思い始めていた。


「大丈夫。真姫なら一魂でも生きていけるよ。皆だってそうだ。北野が弱かっただけだよ」

「そっかなー?」

「嘘はやめておけ。お前の計画は破綻する」


先を歩いていた甲が、二人の会話に割って入る。


「お前、俺たちの式を喰らって一人で鬼退治するつもりだろう?」

「そうだけど、何がいけないの?」


少しも悪びれた様子もなく、屑は答えた。


「お兄さんだって、最終的には自己犠牲するつもりだよ」

「令が? 一人で何かしでかすつもりか?」

「空舟がないと、御霊会しかないからね。式をぶつけるつもりだよ、藤原千方に」

「勝算は?」


「ないと思うよ」と、屑は肩をすくめた。


「空舟を何故貸さない? 協力しなくていいのか?」


「こっちについた甲兄さんに言われたくないな」と、屑は悪戯っぽく笑う。


「千方の他にも強い鬼はいくらでもいる。千方と言う統率力がなくなれば、混乱が生じる。ますます式使い達は混沌とした中に身を置くことになる。だから僕はオールオッケーって立場なんだ」

「千方を喰わず、強い鬼も食わず、行き当たりばったりで鬼を喰うつもりか?」

「そうだよ」


放浪にはなれているから、と屑は自嘲気味に笑う。


「屑、お前も令も間違っている。俺はこれから令側について、令の自己犠牲ってやつを止める。悪いが、このチームからは抜けさせてもらう」


甲が強い口調で宣言すると、真姫も屑から離れた。


「ヒメ?」


屑が怪訝そうに眉をひそめた。


「私はボアちゃんがいなくなるのが嫌。屑君がどこかに旅立っちゃうのも、嫌。こっちにいると、嫌なことばかりが起きそうなの。私はそんなの嫌だから」


真姫もあっさり令のチームへの乗り換えを宣言した。


「ヒメはもうちょっと、お利口さんかと思ったけど、まあ、いいや。そんな弱い式よりも強い鬼を食べた方が腹の足しになりそうだからね」


屑は、バイバイ、と手を振って、逆方向へ歩き始めた。真姫は名残惜しそうにその背中を見送った。甲は駅に向かって歩き始めた。真姫が携帯電話を片手に追いかけてくるのを無視した。


「待ってよー。歩くの早いってばー」


真姫は小走りになる。しかし真姫がどんなに猫なで声を出そうとも、甲が認める女は菜摘だけだ。電車で二十分。駅に付いたら、甲の故郷の出まで歩く。ビル群がないのがそんなに珍しいのか、真姫はしきりに携帯電話に付いたカメラで写真を撮っていた。


「俺は実家に帰る。学校には忌引きの手続きをしてある。お前はどうする?」

「えー、泊めてくれないのー?」


真姫はいつも通り、友達の家に泊まる気でいた。それは男女の友達の家に限らない。


「俺は泊めると一言も言っていない」

「土地勘のない女の子を一人にしていいの? 電車だってさっきのが終電なんでしょ? 終電超早いし、電車が一時間に一本って、超田舎じゃん」


甲は深くため息をついた。


「分かった。ついて来い」

「やった♡」


真姫は満面の笑みを浮かべ、小さくガッツポーズをした。駅から出に向かって坂を下る。やがてT字路に出た。右の道を指して甲は言う。


「そっちに百メートルくらい進んだら裏木という家がある。こんばんはそこに泊めてもらえ」

「裏木って、改さんの家?」

「たぶん、大丈夫だ」

「うん、ありがとー。じゃーねー」


その日あったばかりの人と友達になり、その友人宅に何度も泊まったことのある真姫だ。だから、「たぶん大丈夫」は「絶対に大丈夫」というお墨付きをもらったようなものである。真姫は、早々に裏木家を見つけ、何のためらいもなくチャイムを鳴らしていた。出てきたのは令だった。


「ヒメ? 何でここに?」


令は歓迎も忌避もなく、純粋に驚いている。令はまるで自分の家のように真姫を向かい入れ、料理中の改に「一人分追加」と声をかける。用意された部屋に入ると、今度は真姫が驚く番だった。部屋に巴の姿があったからだ。最後の別れ方が別れ方だけに、二人の間には気まずい空気が流れる。


「あ、あの、ま、真姫さん。その、あの時は本当にごめんなさい」


「トモピー、あんま無理しなくていいからな」と、令が巴の告白を示唆させる。


「大丈夫、です。多分。あの、真姫さん、あのときのお化粧のことなんですけど……、私  は真姫さんのこと傷つけるつもりはなくて、その、お化粧自体が苦手……というか、怖いんです」

「化粧が怖い?」


真姫は上を見上げ、令に助けを求める。


「子どもの頃から母親にうるさくされた子供は時々、化粧した女の人が怖く見えちゃうんだってさ。で、トモピーはその母親ともども病院に通院してて、怖いのを直している最中ってわけ」

「そんなこと、本当に?」


巴は俯いたまま頷いた。


「それからな、ヒメ。トモピーの体が時々臭いのは式のせいなんだ。トモピーが御しきれないと、式が悪臭を放ってくる。おそらくトモピーが水子の式を持ったからだと思うけど、よく分からない」


巴は再度頷く。


「なーんだ。そんなこと、別に気にしてないしー。私って、ネガティブなこと、ぜーんぶ忘れちゃうんでー。それより私と甲君について話があるんですけどー」

「甲?」

「そーなんですよぉ。私と甲君抜けて来たんでー、こっちのグループ入れてもらえません? いいですよねー? お兄さん」


真姫は上目使いしながら甘えた声を出す。それから真姫は自分と甲が何故こちらのグループに鞍替えしたかをいつもの口調で軽く説明した。


「まあ、屑君はかなりのイケメンだったけどー、私には釣り合わないっていうかー、スタイリッシュなお兄さんの方が私は好いかなーって」


そう冗談めかした口調で笑う真姫をしり目に、令と巴は深刻な顔をしていた。


「私は、その、あの、捜すべきだと思うんです。もちろん、木戸さんがそうしたいなら、ですけど」

「トモピーはどうしたいんだ?」

「私は、その、一人はきっと寂しいと思うから、だから、その、捜した方が……いいんじゃないかって」


巴は俯いたまま令にそう言った。人と話すのが苦手な巴の顔は真っ赤だ。


「じゃあ、そうしてくれ。初めは嫌がると思うけど、あいつは素直じゃないから」


令は穏やかな口調でそう言った。

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