4.北東と東北
令は改が言わんとしていることを察して言った。
「この電波の世界ってもしかすると、怪我をした鬼の格好の隠れ家なんじゃ」
「おーっと、そこまで」と令は改の方に手をかざす。「それはもう手を打ってあるぜよ」と令は得意気に笑った。
「これもトレーニングに加えておいて。一日一回でいいから、他のトレーニングと並行して。んで、また来週は違うことやるからよろしく」
令は足早に部屋を出て行った。皆にはこれから飲み会だと言っていたっが、サングラスの奥の目は真剣で、ただの飲み会でないことが察せられた。
真姫は甲に付いての批判をネットに書き込んだ。甲は真姫にとっては堅苦しく、目の上のたんこぶだった。見た目が良くても性格に問題のある人物はよくいた。しかしご飯の度に食べるのを待たされたり、生徒手帳を持ち歩くなど変態の域だ。甲から頼まれたことをやるのが億劫で仕方がない。
『君の情報網に醜女のことが載っていたら教えてほしい』
そう頼まれたのだ。この醜女は甲の姉の仇だという。真姫は一人っ子なので、正直なところ、兄弟愛というものがあまり理解できない。甲の場合、シスコンの範疇ではないかと思う。真姫は過去にこだわる甲の行動が理解できない。確かに、過去の積み重ねで現在があることは認める。ただ、過去はもう変えられないのだ。変えられるのは、現在と未来の方だ。だから真姫は現在と未来にしか興味を持たないのである。
「情報料は高くつくからね」
そう一人ごちて、真姫はようやく重い腰を上げた。ディスクトップに向かい、古事記関連のページをいくつか並べる。
(入れ)
真姫は式に向かって命じる。五感が式とリンクして、真姫は電波の世界を楽しむ。幼いころからパソコンや携帯電話に親しんできた真姫にとって、本当にその中に入れるのは素晴らしい事だった。できればこの中でずっと生きていたいとさえ思えた。真姫の中では、現実とバーチャル空間が交換可能にまでなっていた。真姫は次々と古事記関連のページを渡り歩くが、収穫はなかった。
(出ろ)
式を一度現実に戻す。屑と共に、空舟に鬼のカスを吐き出させてから、小さく細かった「ボアちゃん」は、美しい模様も出て洗練された姿になった。その分バーチャルな世界でも現実でも機動力がアップした。真姫は舌打ちした。
「何なのよ。いないじゃない」
そんな時、携帯のメールが届いた。令からだった。袂を分かったとはいえ、バーチャルな友人の一人として、令とは付き合いがあった。もちろん、令とのことは屑や甲には内緒だ。
「困ってるヒメにヒント。キーワードは、病院の患者さん?」
メールを読み上げた真姫は再びディスクトップに向かった。メル友全員に『今病院の院内でインターネットが可能なところがあったら教えてください』とメールを一斉送信した。もちろん仲間には送らない。(これは私の仕事よ)という自負が、真姫にはあった。返信はすぐにあったが、唐突さとプライバシーの問題から『何するの?』とか『どうして?』とかいう疑問を口にするものが多かった。逆に、真姫の質問にすぐに答えてきたメールは信用性がないとして、削除した。
『私の友人がある入院患者を探しています。その友人はその入院患者と縁があり、再会を強く望んでいます。しかし転院を繰り返しているようで、なかなか再会できずにいます』
真姫はなるべくいつものような軽い感じは出さずに、深刻さをアピールし、嘘とは言えない文面を作った。(まさか自分がこんなことするとはね)と真姫は自嘲気味に笑った。何度か読み返し、つまらない文章を一斉送信する。自分の知っている病院は大きいが、ネット環境までは知らない、というメールが返信されてくる。
『その探し人の具体的に教えてほしい』
という返信がいくつかあった。真姫のメールがいたずらではないことは分かったが、抽象的すぎて探せない、ということだろう。真姫は考える。相手は最古の鬼。そう簡単に尻尾を握らせてはくれないだろう。しかし甲によれば、相手は手負い。回復を図ってより多くの鬼を喰らっているはずだ。ならば、病院は病院でもかなり絞られてくるはずだ。
『東北の、評判が悪い病院に移ると言ったのが最後らしいんです。最後というのは数年前になりますが』
改と一緒にいた甲の訛りを思いだし、鬼の好みとマッチングした病院を割り出す。すると、東北方面のメル友からいくつかの病院の名前があがった。
『やぶ医者として有名だが、設備は新しい』
『一族で経営を牛耳っているという噂がある病院で、無線が使えたはず』
同じ病院の名前があがる。(私って天才かも!)と真姫は有頂天になる。達成感と共に自分への愛情があふれてくる。しかし問題はこれからだ。鬼に気付かれずに誰が憑かれているか特定しなければならない。真姫は取りあえず、その病院のホームページを普通に開いた。『患者様の笑顔を活力に』をスローガンに掲げ、医師のプロフィールや担当が写真と共に書いてある。精神科まである総合病院だ。(精神科か。鬼が他の科よりも多そう)と真姫は唇を湿らせた。
「じゃあ、ここに、きーめた!」
真姫は精神科病棟内にカーソルを合わせてクリックした。
(入れ)
真姫の式は竜だ。ただ、細長く、蛇のように見える。だから「ボアちゃん」だ。屑や令の式には力負けするが、様々なスキルに強い。真紀と式の同調。式と電波との同調。すべて完璧だ。そのため真姫は、すぐに病棟内に侵入することが出来た。ネットの答えは当てにならない。この病棟に無線ランはなかった。しかしケータイは患者が自由に使っていた。パソコンは医師や看護師が裏で使う程度だった。今回の鬼ははちあわせすると厄介な相手のため、迂闊に携帯には入れない。とりあえず、職員用のパソコンに移って患者のリストを閲覧することになった。その中に、気になる名前を見つけた。
(もどれ)
真姫はさすがに鬼に見つからないようにネットの中を長時間移動したせいで、疲労困憊していた。ベッドに倒れ込み、足の指を確認する。やはり色が変わっていた。あの病棟に、強い鬼がいたことは確かだ。(ここまでやってあげたんだもん。あとは勝手にすればいい)。
「ねえ、ボアちゃん?」
相変わらず、真姫は式を便利な道具として楽しんでいた。真姫は病院のアドレスを添付して、甲に送った。『情報量は一万円』としてあった。学生に対して一万円は高いと思っていたが、甲からのメールには『今度会った時に渡す』と書いてあった。つまり甲にとってその情報は、一万円以上の価値があったことになる。もう少し高額にしておけばよかったと真姫は後悔したが、時すでに遅し、である。
甲は病院のアドレスからホームページを見て、病院の住所を検索し、すぐにキャリーバックを準備した。その中に必要な物を詰め込んで、祖母の家をたった。令のアパートに住んでいた改は、その旨を甲の祖母から聞き、自分もすぐに東北に向かおうとしたが、令に止められた。
「木戸さん、この問題だけは、俺と甲に構わないでけろず」
「だめだね。今はまだ駄目だ。屑とヒメがついてるから、すぐにはやられないし、相手の特定もできてない今、行っても病院に入れてもらえないだろう。覚悟は決めてんだろ? それにこっちのリーダーは俺だ。俺の指示に従ってもらう」
「そんな」
改の顔が苦痛にゆがむ。苦しく痛むのは改の心だ。それを見ていた長身痩躯の令は、改の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「じゃあ、久々に、実家に帰るか」
「え、でも今は駄目だって」
「病院はな。でも近くには行っておかないと。大丈夫、甲もすぐには動けないさ。それよりも、こういう時のためのスキルだぜよ。携帯に入って醜女が憑いている奴、割り出すぞ。甲にもそう連絡しとけ」
「え?」
「本当は互いにスパイやってんだろ?こっちの情報をそっちに流して、甲からあっちの情報を得ていた。お前達はわざと違うチームに入ったんだ。でなきゃ、甲の祖母からすぐに連絡がお前に行くってのもおかしいしな」
「いつから、気づいて……」
「最初から。さあ、行くぜよ」
「分かりました」
改の覚悟はできている。相打ちになっても菜摘と竜馬の仇を打つ。だから何も恐れない。改は甲から教わった病院のホームページを立ち上げる。「精神科」をクリックする。ページが開く。そこへ式をダイブさせ、現実の病院へと式を送り出す。あとは携帯から携帯に電波を利用して渡り歩く。醜女は見つからなかった。そしてついにすべての病院の患者の携帯を見たが、他の鬼はいても醜女の形跡すら見つからなかった。
収穫がなかったことと、疲れのせいで息を切らす改に、令は笑った。
「収穫はばっちりあったじゃないか」
令は荷造りしていた手を休め、悪戯な笑みを浮かべる。
「全部の携帯見たんだろ?」
「んだっす」
「じゃあ、逆じゃん」
「逆?」
「いまどき携帯を珍しく持っていないか、何らかの理由で持てない奴だ。さあ、どうする改。今ので電波いじってっから、相手もそろそろこっちの動きに気付く頃だぜよ」
「そんなごと、決まってるちゃれ。元々俺と甲は背水に陣をひいだんだっす」
「まあ、そんなに気を張るなよ。もしかしたらその水、案外浅いかもしれないぞ」
「んだどいいすね」
ようやく改は息を吐いて破顔した。二人はリュックを背負って戸締りをして、東北へと旅立った。
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