3.発生源
週末になると、千砂と令が通う大学に召集がかかった。パソコンを使ったスキルを使えるようにするためだ。学生が自由に使えるパソコンを占領し、特訓が始まる。
「パソコンなどの電波にのる鬼は感染力が強くて困る。特に自殺サイトは集団自殺を、アダルトサイトは性犯罪を助長させる。今日はそんなサイトに式を送り込むまでをやってもらう」
検索をかけると、意外なほどあっさりと、危険なサイトに行きつく。自殺サイトやアダルトサイトは簡単だった。ただ、殺人などを請け負う本当の意味での裏サイトは、文字が記号化されるなど会員しか内容が分からなくなっていた。
「令はもうできるの?」
「もちろん」と令は得意気に言った。
「やって見せてくれないかしら。存在自体が抽象的すぎて、やり方が分からないの。それから、電波をたどれば、サイトの運営者に行きつくはずよね? それを鬼の発生源として狙えば、鬼の発生自体を食い止められない?」
「ちぃちゃんなら、頼まれなくても教えちゃいます」
そういつもの軽い口調で言いながら、令はアダルトサイトをディスクトップにあげた。
「でも、ちぃちゃん、俺先に言ったよね?」
「感染力のことね。なるほど、発生源を絶っても別の発生源が生まれるということね。結局現実と変わらない、地道な作業ね。さっきの問いは愚問だったわ。所詮ネットも、生きている人間がやっていることだものね」
「愚問だなんて、そんなことないよ。俺なんか、やろうとしてて気づいたからな」
そう言って令は式を出し、キーボードから手を放す。
「入れ」
分かりやすいように口に出す。巴も改も食い入るようにその様子を見つめる。黒い犬は、ディスクトップにダイブした。画面が歪み、やがてもとに戻った。
「出ろ」
黒い犬が画面上から飛び出す。
「すんげーなあ」
と、改は正直に感想を言う。改は令の弟子的な存在であり、令に次ぐ式使いだ。
「そんなに難しいの?」
「自分と波長が合うようにすんのが難しいっす」
「電波の波のことね。脳も電気信号で情報をやり取りしているから、そことの兼ね合いかしら? 共に目に見えない電波を合わせてそこにタイミングよく式を入れるわけだから、確かに気力も体力も使う大変なスキルね」
「木戸さん。だ、大丈夫ですか?」
巴が机に伏せる令に声をかける。
「ちょっと電波酔いした。ヒメならこれを楽々こなすんだけどな」
「ヒメ」とは東真姫のことだろう。初めて七人が集まったパチンコ屋の駐車場で、一通りの自己紹介をしてあった。明るく元気な子に見えたが、裏表の激しさもありそうだと千砂は見ていた。そんなことよりも、今は、そんなスキルを持った人材まで手放したのかとうんざりした。
「今日は木戸さんがやってけっだどこまで、皆でやってみっべ」
「そうしましょうか」
「私……、できるか、どうか……」
巴は相変わらずの弱気だが、ディスクトップに向かい合ってはいる。皆が各々の式を出し、波長を探る。やがて、波長同士がぶつかる音が出始めた。まるでポルターガイストの一種だ。予想はしていたが、千砂はアダルトサイトに波長が合い、巴は自殺サイトに波長が合った。そして改は時間がかかったものの、カルト宗教のサイトと波長が合った。最終的には、全員がパソコンの中に式を入れられるようになった。ここまで来るのにだいぶ時間を費やしている。しかし令の式が番犬をしているので、誰もこの部屋を気にせず通り過ぎていく。気づけば、昼をとうに過ぎていた。休日のキャンパス内のコンビニは閉まっているので、外で何か買ってこようということになった。近くのコンビニで、改はあんぱんと焼きそばパン、牛乳を買った。巴は選ぶのに時間がかかっている。それでも「まだか」と問う無粋な者はいない。巴は変わりつつある。屑が巴に手招きをした瞬間、誰もが巴は屑につくと思った。だがそれに反して、巴は令の側について自分の立場を表明した。出会ったばかりの巴からは考えられない行動だった。今でも多少の優柔不断さはあるが、巴は自分の意志で物事を判断できるようになって来ている。巴はおにぎり一つと、プライベートブランドのお菓子一袋買って、コンビニから出てきた。
「おにぎり一つで足りんなが?」
「たぶん。あとお菓子……、皆で、良かったらどうかなって……」
「トモピーは優しいなー」
「私からもチョコレートをどうぞ。あれは体力と同時に頭を使うから、糖分を取っておいた方がいいわ」
改は机の上で長い「いただきます」をした。約一分の黙とうの時間だった。それぞれが買って来た昼食を食べ終わると、巴が買ってきたスナック菓子を皆でたべた。
「あのう、さっき電波がどうのってありましたけど、私たちに影響は?」
「トモピーさ、今物食ってんだろ? それを化学エネルギーに変えて蓄積し、他のエネルギーに変えて体の中のいろんな臓器を動かしてる。ちなみに、もっとも電気エネルギーが使われてるのが脳だから、ちぃちゃんは頭を使うときにエネルギーになりやすいチョコレートを買ったわけ」
一言余計だ、と千砂は思う。
「あ、じゃあ、私もチョコにすれば良かったですね」
千砂のよみ通り、巴がしゅんとなる。
「私は好きよ。このキャラメルコーン」
「ほれほ(俺も)」
と、改は口いっぱいにキャラメルコーンを詰め込んでいた。
「俺も」
と令も二三個摘まんで口の中に放り込んだ。「ありがとうございます」と、巴は涙をにじませた。泣き虫なところは変わらない。
「よし、消灯までの三時間で、今日の課題をマスターするぞ」
令は無駄な気合いを入れる。何故無駄かと言えば、皆既にログインしていたからだ。サイトからの電波に呼吸を合わせ、三人は式に命じる。
(入れ)
画面が乱れるが、やがてサイトの画面に戻る。そこには、受信できないほどの鬼に満ちていた。この場合、鬼は悪意と言い換えることもできただろう。まるでタールの中を泳いでいるような感覚に襲われる。これは腐敗した墨だ。ヘドロだ。タールだ。それでいて冷たくて、中には様々な思いが沈んでいる。三人はその中を一人で泳ぎ続ける。三人は管理人のアドレスを頼りに管理人にたどり着く。管理人のアドレスから外に出て、式が目の代わりになって鬼を捕える。
(喰らい、戻れ)
一度に二つの命令を出す。これも難しい。動物の躾同様、一度のいくつもの命令を出すと、式が混乱してしまう恐れがあるからだ。式たちは管理人に憑いていた鬼を喰らい、管理人のパソコンから大学のパソコンに戻り、各々の足元に戻ってきた。三人は同時に目を開けた。汗だくで、肩で息をしていた。トレーニングの中に「瞑想」があったことを思いだす。なるほど、ここでこう使うのか、と三人は理解した。そして厳しいトレーニングがなければ、あの黒い粘り気のある液体の中を進むことはできなかった。
「皆合格だな。皆ちゃんとやってたんだ。トモピー、よくやったじゃん」
令が最年少かつ泣き虫かつ自己犠牲的な巴の肩を叩く。確かに、キャラメルコーンのカロリーは消費したな、と千砂は思う。巴は令に褒められ、照れて顔を赤くしている。改だけはパソコンを前に腕を組んで向かい合っていた。
「どうした、改?」
「木戸さん、漫画で読んだやづだがら、甲には馬鹿にされるかもしれねげど、木を隠すなら?」
「森の中」
令はぽつりと答えた。改は続ける。
「人を隠すなら?」
「人ごみの中だ」
「じゃあ、鬼を隠すなら?」
「鬼だらけの場所になるな」
「怪我人なら?」
「病院」
「じゃあ、怪我をした鬼なら?」
「怪我をした鬼の群れの中になるな」
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