馬の章

1.主導権

真夜中にメールが届いた。携帯電話の着信を見て驚いた。いまは屑と名乗っている雄からのメールだった。令の眠気は飛び、屑からのメールをクリックする。


『お久しぶり、お兄さん。北を見つけたから、皆を集めてよ。それから、決めたいことがあったんだ。リーダーだよ。八人もいるんだから、リーダーが必要だと思わない?』


令は頭の中を整理する。念願の北の守り人が見つかった。これですべての方位の人間がそろったことになる。だから八人をまとめるリーダーが必要、ということだ。しかし改と甲は自分たちの問題に他人が介入することを良しとしない。千砂に至っては、仲間意識すら皆無だ。巴は絶対に自分の意見を言わないし、反対に真姫は自己中心的すぎる。北の人間がどのような人物かは知らないが、この個性的すぎるメンバーを統率できる人間などいないような気がした。


(まさか、雄がリーダーの座に就く気か?)


最悪の場合、そうなるのだろうと令は焦った。


『リーダーには俺がなる』


と返信すると、すぐに着信があった。


『僕もリーダーになりたいから、皆が集まった時にどっちに付くか決めてもらおうよ』


(しまった、それが狙いか)と令は後悔する。これではせっかく集めた仲間が分裂する。令はそれを阻止しようと、メールを返信し続けたが、屑からの返信はなしの礫だった。

 



 かくして翌日、七人の式使いが集まった。屑が指定したのは、廃業したパチンコ屋の駐車場だった。本来あったはずの駐車スペースの白線が消えかかっている。そこで屑はまるで子供が絵を描くように、白い石で線を一本描いた。そして右側に自分が立ち、左側に令を立たせた。


「僕に付く人はこっちに並んで。お兄さんに付くほうはそっちに入って」

「ゆ、屑、その前に北の奴紹介しろよ」


初めて全員で集まった面々だが、一人足りないことは分かる。令の一言で、この中には北がいないことも同時に把握する。何気なく話す令と屑の会話には、どこか棘がある。屑は小悪魔的な笑みを浮かべて、自分を指さした。皆が「どういうことだ?」と首を傾げている。


「喰ったんだよ、魂を全てね」


全員の目が屑を捕えて見開かれていた。皆が聞き間違いであることを願った。いや、

絶対に聞き間違いだと思った。何故なら、北の守り人の魂を全て食べるということは、北の守り人の死を意味するからだ。


「仲間を殺したのか? 本当に?」

「僕は皆と違って生まれながらの鬼だからね。大したことじゃないでしょ? 神門も北も、僕が兼務するっていうだけだからね」


令は屑を平手で打った。何もない分、音が大きく反響した。頬を赤くさせた屑は令を睨みつけた。


「主導権、どっちにあると思ってるの? お兄さんが欲しがっていた空舟うつほぶねも僕が持っているんだよ」


千砂は得意の無表情で、動向を見守っている。巴はおろおろとして情勢が理解できずにいるようだ。真姫はゲームでも見ているかのような楽しげな表情を浮かべていた。甲は屑をじっと見つめていた。そんな中、改が口を開いた。


「あの、ちょっといいがっす。屑君は巴ちゃんの羊ば喰ったっていう馬の子だべっす?」

「そうだよ」

「そのほかに豚まで食べて大丈夫なんだがっす?」

「質の良い鬼を食べれば食べるほど、鬼は強くなるからね。式も鬼。同じ原理さ。今回二匹目の式を食べて正解だったよ。この中で今一番強い式は僕の式だ。その分排泄物も多いけど、空舟があるから大丈夫」


屑は艶やかな笑みを改に送った。そしてそれは令にも向けられていた。


「式に使っていない一つの魂は残したよ。好青年だったけど、済んだことをとやかく言っても仕方ないだろ? だから、リーダーを先に決めようよ」


これで令は圧倒的不利に立たされた。一番強い式を持ち、空舟なるものまで手にした屑。対して知識は深いが二番手の式使いになった令。しかも屑は、これ以上自分の式で他人の式を食べさせないと宣言した。「それに」と屑は続ける。


「おにいさんは皆のためって言ってたみたいだけど、この仲間集め、特に北への執着は、自分の目的の為に空舟が必要だったんでしょう?」


言われてみれば、令の目的の核心を皆知らずにいた。上手にごまかされていた感もあった。


「皆のためでもある。それは嘘じゃない。実は調べている間に、俺たちでは勝てそうにない相手が数匹いることが分かった。戦わずに、空舟で流せないかと踏んでいた」

「数匹の中の一匹って、まさかあの醜女だって言うんじゃないだろうな?」


甲が吠えた。改も頷く。令の一瞬の逡巡を突いた屑は軽妙に「そうだよ」と答えた。


「日本最古の鬼だからね、二人には荷が重いとお兄さんは考えていた。だから誰にも話さず、一人で空舟を探し回った。皆には仲間集め、って言ってね」


「木戸さん、私たちのこと騙してたんですか……?」


巴が泣きそうな声を出す。


「屑、お前こそ、黒幕を知ってるなら、さっさと皆に教えたらどうだ?」



「お兄さんこそ知ってたんでしょ? 鬼を使役する鬼。天皇が栄えた時代、その性によって滅んで行った者。藤原千方ふじわらのちかた


屑は楽しげに歌うようにその名前を口にした。


「天皇はね、鬼を欲しがった鬼なんだよ」


「中華思想ね」と千砂が答えを先回りする。外来王伝説に裏付けられた権威と権力。そして国家統一の為に必要とされた外敵。天皇は外から来た鬼でありながら、鬼を自分の周りに生み出していく者だった。


「屑さんは、鬼についてどう考えているの?」


千砂は話しを修正する。


「僕はオールオッケーなんだよ。式に鬼を食べさせるのはやめて、普通の生活を取り戻すべきなんだよ、僕らは」


千砂は黒髪をたなびかせて令の方についた。


「俺は悪鬼だけを喰らいたい」


と令も自分の立場を明らかにする。


「私は、私に干渉する鬼だけを食べていればいい。令の方が現実的だわ」


と、千砂は自分の立場が令に似ていると言った。真姫は屑の方についた。


「難しいのは分かんないけどー、私は、屑君好きだから」


と、真姫は屑の腕に抱きついた。屑はおろおろとする巴に手招きをした。巴は立ち止まって、しばらく考えた。そして、巴は令の方についた。屑はその巴の行動に驚いた。


「何で? そっちには平穏がないんだぞ。巴の存在自体を否定されるかもしれないのに、どうしてそっちに行くの?」


巴は泣きながら答えた。


「そうです。私のあり方は間違っているかもしれません。鬼の存在は間違いで、いてはならないと思います。つまり私はオールエヌジーなので……すいません」


巴は屑に向かって頭を下げた。残る改と甲は顔を見合わせてから、ゆっくりと歩き始めた。皆が二人の選択に目を見張った。二人が分かれたのだ。しかも堅物の甲が屑につき、改が令についたのだ。甲と改は向かい合って息を吐き出す。


「これだけは仕方ないにゃ」


「そうだな、でも、決まっていたことだ」


甲と改は頷きあった。


「お前ら、目的は一緒だろ? いいのか?」


「木戸さん、俺たちはきっと過去の清算が終わったら別々の道を行く。それに今までも意見は対立しったんけ」


「リーダーを決めるってメールが来た時、俺たちは別々でも、悔いの残らない選択をしようと決めていたんです」


この二人がいつも一緒にいるのは、ただの馴れ合いではなく、覚悟ゆえだと思い知らされた瞬間だった。


「多数決なら、リーダーはお兄さんですけど、せっかく皆の意見聞けたんだから、尊重すべきじゃない?」


屑は軽い口調で微笑する。


「そうだな。俺も無理強いは好きじゃない。行こうか、ちぃちゃん、トモピー、改」


令の言葉に三人は従った。


「僕たちもいこうか」


「うん。っていうかー、甲さん初めましてー。東真姫でーす♡ 姫って呼んでください♪ 携帯の番号とか、メアド、教えてくださーい」


「そうだな、今後を考えると必要になる」


甲が真面目に言うと、屑と真姫は顔を見せ合って笑った。


「屑君が言ってた通り、真面目さんですねー。そうじゃなく、今後仲良くやりましょうってことで」


「俺たちは見鬼だ。鬼から狙われることは変わらない。俺はお前らとは違う」


「でもー、こっちは空舟で鬼を流すこともできるんですよー。鬼なんて見なかったことにして、楽しんじゃいましょう」


「俺は元々見鬼だからな。式を使わなければ元の生活に戻るように見えるかもしれない。それより今はその空舟を試してみたいんだが」


甲は屑に視線を移す。


「そう言うんじゃないかと思って、出しておいたよ」


屑は「ほら」とあごで目の前を示す。そこには超極所的に濃い霧が発生していた。中は見えなくなっていたが、水の音が確かにする。ちゃぷちゃぷと、岸に寄せては返す水の音だ。


「この中に一艘の舟がある。それが空舟だ。式に鬼のカスを吐き出させて、指一本で舟を押してやればいいよ」


「そうか。ありがとう」


「ただし、戻る前には気を付けなければならないよ。少しでも迷ったら、引き返せなくなる」


「忠告ありがとう。でも俺と改には目標があるから大丈夫だ」


そう言って甲は何の躊躇もなく霧の中へ入り、すぐに濃霧に呑み込まれていった。


「大丈夫だ、だってー。超うけるー。でもこの中、危ないんでしょ?」

「うん。ヒメは後で僕と行こうね」

「うん♡」

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