2.捩れた鬼
「あるびの?」
少年はかわいらしく小首を傾げて見せた。
「そう、アルビノだ。俺はお前と違って白髪なんじゃなく、色素が薄いんだよ。だから、同じじゃないんだ」
俺は一本にまとめた白髪をつまみながら言った。すると少年は俺の髪をまじまじと見ていた。正確には髪をまとめているゴムをだ。
「これ、そんなに珍しいか? もしかして欲しいか?」
少年は首を上下に何回も振った。
「ったくしょうがねえなあ」
俺は自分の髪を解いてゴムを少年に渡した。
「ありがとう。すごーい、伸びるし縮む」
少年は髪結いゴムで遊びだす。伸ばして縮めて転がして、自分の髪を結おうとするが上手くいかない。
「お兄さん、結って。これ変だねー、引っ張っても切れないの!」
「それは和紙じゃなく、ゴムだから」
どうやらこの少年は単に幼稚なのではなく、現代に関する知識が欠如しているらしい。そうなると、どうやって現代の美少年が生まれたのか疑問になる。美の形は時代によって変化するからである。少年の髪を結いながら、俺はそれを問う。少年はあっけらかんと答えた。
「女の人に聞いて回った」
「露出狂だろ、それじゃ」
「初めの人たちはそう言って、逃げちゃった。それって何?」
「最初にあったお前がそれだ」
「でも、身体のバランス整えて、顔の部分を変えていったら逃げる人減ったよ」
「マジかよ。日本、いろんな意味で終わったな」
少年の髪を結いあげて、俺はげんなりする。少年が「トイレ」と言い出したのはちょうど食事の前だった。しかもさっき実習をしながら最低限の物の使い方とマナーを言って聞かせたばかりなのに、だ。
「行って来いよ。戻ったらすぐに飯だ」
「トイレ、忘れちゃった」
「なめてんのか? クソガキ。ほら、来い」
確かに俺の家は旧家で平屋だから、最初に見た人は広さに面食らう。しかし使い勝手の悪さは半端ではない。トイレも俺が生まれる前まで水洗ではなかったらしいが、いまはリフォームされている。トイレの水が流れる音がして、少年が走ってトイレから出てきた。俺はその首根っこをつかまえる。少年はその場に尻餅をついた。
「苦しいよ、お兄さん」
同年代にお兄さんと呼ばれるのはもう慣れた。
「トイレから出たら?」
「あ、手を洗う?」
「よろしい」
俺は背の低い少年の頭を撫でてやった。この褒められた時の少年の顔は格別に嬉しそうだ。俺と少年は、一緒に食事をし、一緒に風呂に入り、一緒に寝た。食事のときは箸や皿だけでなく、フォークやスプーンの使い方を教えた。風呂の時は体や髪の洗い方を教えた。眠る時には布団の敷き方やベッドの概念を教えた。
年は十五歳くらいだがパーツを変えない限り成長もしないと、眠る前に打ち明けてくれた。確かに死体の寄せ集めである少年はこれ以上背は伸びないだろう。爪と髪は死んでも伸びるという迷信があるが、少年の髪も爪も伸びていないようだ。少年の身長は百六十五センチ程度で、長身の俺よりもずっと小さかった。そのため俺のパジャマを着ていると、大人用を子供が着ているように見えた。何だか急に父性に目覚めた感があり、少年との日々は楽しかった。
「ねえ、そのガッコは、行かなくちゃいけないの?」
「そうだよ。行かないと駄目だって決まってるんだ」
「付いて行っちゃダメ?」
「絶対にダメ。お前は戸籍もないし、行っちゃダメって決まってるんだよ」
「行きたい。行きたい!」
少年はバタバタと布団の中で暴れている。これは駄々をこねるという状態なのだろうか。
「お前はこの家で留守番って言っただろ」
「だって、お家の人に電車とかバスとか色々教えて貰っても、お兄さんと一緒じゃないと僕寂しいんだもん」
このかわいらしさで「寂しい」は殺し文句だ。親馬鹿ともいう。確かに、長い時代死体をあさって生活し、母親ですら愛情を与えずに亡くなっている。そんな少年にとって人恋しいという言葉は、成長の証とも思えた。やっとできた人とのつながりを必死で保ちたいのは分かる。しかし出来ることと出来ないことがある。それを覚えさせるのも、俺の役目のような気がした。
「朝行って、夕方には帰ってくるから、な」
「うん」
少年はしぶしぶといった様子で頷いた。
「じゃあ、指切りげんまん」
どこで覚えたのか、少年は小指を立てて俺の方に突き出す。その細い手首に、俺があげた髪結いゴムがはめられていた。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。指切った」
二人合わせてこれをするのが日課になった。そしてこの間、俺はつつがなく学校に通え、少年も現代の知識やマナーをどんどん吸収していった。
学校での俺は、いたって普通の中学生だったと思う。外見を除けば、ではあるが。席は窓から二列目で、未来の席はなな前だった。成績はそこそこだったが、毎日のトレーニングのおかげか、身体能力は人一倍あった。授業も当てられない限りは、手など挙げずにノートを取っていた。身体能力が人一倍あると知れたときには、様々な部活から誘いがあったが、俺はどこにも入らなかった。学校側もこのアルビノのおかげで、「自分の時間を他に使いたい」といったら帰宅部を許可してくれた。アルビノは、メラニン色素などを欠き、白くなったものをいう。突然変異で白くなった動植物などと一緒だ。メラニンは黒色色素の総称で、過剰な光の吸収に役立っている。だから、それが少ない青い目の俺にはサングラスが必要だったし、寿命も短いとされている。
それはさておき、俺のクラスで起きているイジメはまだ続いていた。未来に挨拶されて返すのは、俺と小夜だけになっていた。
「何で俺じゃないんだろうな、イジメ」
友人たちの輪の中で、呟いてみたことがあった。そうしたら何故か大爆笑が起きた。
「なんなんだよ、お前。虐められたいがか?」
「マジ? そういう趣味?」
「いや、だって気になるだろ? 普通の女の子よりこれの方が」
と、俺はサングラスと自分の髪を指した。
「だって、お前はそんなの抜きで面白いじゃん」
「俺ならその外見、入れ替わりたいよ。寿命はこのままで」
「そうそう、背も高いしかっこよく見える」
「見えるって何だ?」
「その突っ込みの早さもいい」
「お前と馬が合わない人間いないだろ、きっと。だって、未来までお前には挨拶するじゃん」
そいつは、声をひそめて言った。
「でも、いい加減止めておかないと、女子の陰湿なイジメに巻き込まれても知らないぞ。小夜も小学校ではイジメられる側だったらしいし」
「犯人は女子なのか? つーか、あの小夜がイジメられてた?」
俺まで声をひそめて言った。
「小夜と同じ小学校の奴から聞いたんだ間違いない」
「昨日は虫の死体、ごろごろ入ってたらしいぞ。男だったら、そんなことせず、リンチかカツアゲするところだぜよ」
「そうなのか?」
思い込みの多さに俺は苦笑する。
「でも、何で特別だったんだろうな。虐められるようなことしないうちに、だもんな」
「どうせちょっとしたことでムカついて、それがエスカレートしたんだよ。雪だるま式に」
「雪だるまの作り方知ってんだ?」
「転がすにかあらんぜよ」
「雪だるま式、ねえ」
俺はそんな言葉遣いがおかしくて、また笑った。その笑い声に、未来と小夜の笑い声が重なった。未来は小夜といるとき、声を立てて笑っていることが多い。小夜が監視していることもあって、日中の被害は減っている。しかし朝と放課後には、小夜のいないところで被害は出続けた。未来や小夜の強さには頭が上がらないが、幼稚なことに付き合う気はなかった。だが一つ気になるのは、よく歪んだ鬼が教室を徘徊していることだ。先生か生徒か誰に憑いているわけでもない。ただ、未来のそばでよく見かける。そこで俺はがらにもなく、放課後を図書館で過ごすことにした。ノートを見ながら時間がたつのを待つ。時計の針が俺を焦らす。家では少年が待っているのだ。本当は早く少年に顔を見せて安心させてやりたかった。窓の外を見ると、ようやく運動部がグラウンドに出てきたところだった。吹奏楽部の楽器の音も聞こえだした。そろそろ教室には誰もいなくなったころだ。白い犬を教室の中に侵入させ、自分はノートに目を落とすふりをして目を閉じた。白い犬に意識を同化させていく。教室を確認してドアを抜けて、教室に侵入。誰もいない教室から今まさに出ようとする女子生徒がいた。小夜だ。小夜はこんな時間まで未来の机を見張っていたのだ。すると突然、式がうなり声を上げてアングルが切り変わった。歪んだ手足を持ち、裂けた口からはギザギザの歯が見えていた。その鬼を、式は本能的に捉えたのだ。目は一つ。角は一本。はげたオラウータンのような鬼だ。手足がねじれているので、地面を這うようにして進む。
(小夜、まさかこの鬼はお前が生んでいるのか?)
俺は喰え、と式に命じて駈け出した。勢いよくドアを開けると、小夜は未来の机に何かを入れる所だった。俺は強引に小夜の手首をつかんだ。
「何すんのよ」
「それはこっちのセリフぜよ。何やっちゅうが?」
「何って、見れば分かんでしょ。馬鹿」
小夜が手にしていてのは手紙だった。
「その封筒にカミソリとか入ってないがか?」
「返せ、馬鹿!」
そう言って小夜は男の急所を蹴りあげた。あまりの痛さに悶絶する俺を小夜は得意気に見下ろし、去って行った。結局、封筒は未来の下駄箱に入っていた。プリントアウトされた「未来様」という字に嫌な予感を感じた。かといって、他の人の手紙をかってに開けるわけにはいかない。仕方なく、そのまま帰宅することにした。
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