1.イジメ

 中学一年だったろうか。一番のごたごたを自分で巻き込んでしまったのは。クラスが決まって早々、というより入学して早々に俺がいるクラスの一人の女子がイジメにあっていた。過疎化が進んでいる俺の故郷では、いくつかの小学校が集まって一つの中学校を形成する。イジメにあっていたのは確か未来みくとかいう名前だった。とにかく、名前だけしか知らないほどの関係だった。俺は何故イジメという行為が起るのかよく理解できなかった。行為は日に日にエスカレートしていったが、未来は気にせず、笑顔すら見せていた。目立つなら白髪で青い目の俺の方が目立っているのに、何だか申し訳ないような気分になる。そう思って、初めて学者が唱えていた説を思い出す。


『差異はあるものではなく、発見されるものだ』


テレビのコメントか、雑誌のかは覚えていない。ただ、(いいこと言うなあ。そういう考え方もあるのか)と印象深く記憶に残っている。つまり、俺には差異があるのに発見されず、何故か平凡な未来に差異が発見されたのだ。俺は未来とは挨拶を交わす程度で、自分から彼女に手を差し伸べることをしなかった。何故なら未来には心強い親友がいたからだ。

 ある日、牛乳パックの中身が未来の机にぶちまけられていた。しかも酸っぱい臭いがすることから、犯人はわざと腐らせた牛乳をまいたらしい。それは机だけではなく、机の中やロッカーの中にまでまかれていた。教室中に臭いが充満する。潰れた牛乳パックからは犯人を特定できない。唇を噛みしめて立ちすくむ未来に、おかっぱの少女が近づく


「何これ。ひっどい。とりあえずバケツと雑巾だね」

「いつもありがとう。小夜さよ


未来の友人、小夜は名前に反して男勝りの性格だ。小夜と未来とは違う小学校出身だが、いつの間にか仲良くやっていた。未来の青ざめた顔に、笑顔が戻った。二人はせっせと牛乳をバケツの中に絞り、それを捨てて丹念に水拭きを行った。窓を開けて換気をしたのは小夜だった。スカートの中に短パンをはいている。彼女いわく、喧嘩のときのためだという。


「先生に言おうよ」


教室のど真ん中の未来の席で、大声で小夜は言った。おそらくは犯人への脅しも入っているのだろう。未来は栗毛のロングヘアを揺らして首を振った。


「なんちゃあないよ。これくらい。それに、またこんなことがあったら小夜が助けてくれるでしょ?」

「もっとひどくなるかもしれないんだよ。それでもかまんが?」

「うん」と言った未来は、やはり笑顔だった。

「それにね、ほら、見て」


未来が置いたのは教科書やノート類だった。何故か未来はとても誇らしげだった。


「落書き、前にされたでしょ? 書かれたところ全部綺麗に切り取って、ブックカバー付けてみたの。それから、荷物も全部持ち帰ることにしたんだ」


小夜はため息をついた。


「あのさ、そこまでの努力はすごいよ。でもね、体育とか休み時間とかだって危ないよ」

「あ、そうか」

「分かったよ。私が未来の荷物、なるべくみはちゅうが」

「ありがとう」


そこでタイミングを計ったかのように担任の先生が入ってきて、ホームルームが始まった。小夜の強さばかりに気を取られるが、あの状況で、「これくらいなんともない」と言える未来も強いな、と思った。先生に目をやると、手足が捻じ曲がった小鬼が憑いていた。俺の方位属性は北東となるため、受信は手で行う。しかもアルビノのせいか俺は見鬼でもあった。この関節が捻じ曲がった小鬼は「歪んだヒーロー願望」から生まれることが多い。「歪んだヒーロー願望」とは自分や他者を傷つけ、それを助けることにより快楽を得るというものだ。つまり自作自演の狂言で人をだまし、自分がヒーローになるのだ。一般的に「歪んだ」と言われるせいか、これを持つ人間に憑く鬼もねじれ、歪んでいることが多い。俺は先生の足元を見つめ、白い犬に命じる。


(喰らえ)


犬は重力を感じさせずに走り、飛び、鬼を喰らった。俺は有害な鬼は喰らうべきだが、無害な鬼はいても構わないと思っている。歪んだ鬼は前者だ。しかも入学してから多くの歪んだ鬼を喰らってきている。まさか先生が? 小夜が? と勘繰るが、小夜のおかげで未来の一日はつつがなく終了した。未来はまたすべての道具を持ち帰ったようだ。

俺は中心部とは異なる田舎の出だ。そのためバスで学校まで通っていた。前の席のおばちゃん二人が、最近のバラバラ殺人事件について話していた。遺体の一部を切り取った物から、遺体の欠片すら残さなくするものまで、全国ではいろいろなバラバラ殺人事件が起きていた。最近では、この辺りでもそのような事件があったばかりだった。


「あの死体、所々なくなっててまだ身元が分からんにかあらんよー」

「そうながや。おとろい事件だねぇ」

「早く犯人捕まえてほしいわ。都会でなくこんな田舎にまでこんな事件おこるんだもんねぇ」

「そうだねぇ」


おばちゃんたちの話があらぬ方向へずれていったころ、ちょうど、その遺体発見現場の近くを通り過ぎた。その時、俺の手が痺れた。慌てて停車ボタンを押し、バスから降りる。夕暮れ時、逢う魔が時、と注意する。草むらをかき分け、ダウジングの要領でどちらに鬼がいるのか確認している。予想の範囲内であったが、今回のバラバラ殺人事件も鬼が関係しているらしい。ダウジングを続けると、川のほとりに出た。何か人影のようなものが、川のほとりに立っていた。春と言っても、川で泳ぐには寒い時期だ。

「おーい」と声をかけると、相手は驚いたように振り返った。手は相変わらずジンジンと痺れている。(あいつが鬼か?)と思うが、他の鬼とは明らかに違う。「あがってこーい」とまた声をかけると、素直にこちらに寄って来た。逆光でよく見えないが、少年のようだ。しかも全裸だったので、俺は慌てて体育着とタオルを少年に投げつけた。


「何で全裸なんだよ。服はどうした?」


俺は後ろ向きで言った。


「ふく? この衣はどうやって着るの?」

「はあっ⁉」


俺は一体何なんだよ、と思いながらタオルで全身を拭いてやり、服も着せてやった。よく見れば、人形のように顔が整った少年だった。奇妙なことに、前髪右半分以外は白髪だった。手で触れると、少年の中に式がいることが分かった。馬の式ということは、神門の守り人だ。こんなところで仲間に会えるとは思わなかった俺は、舞い上がっていた。しかし現実に引き戻され、ふと、気づく。この少年は鬼ではなかったか。


「お兄さん、この髪の毛、一緒だね」


少年は人懐こい笑顔を向けてきた。


「この白い髪は母上の形見なんだ。黒いのは僕のだけど」

「お前、名前は?」


俺は先に確認すべきことをやってみる。


「名前? 誰も付けてくれなかったからないよ」

「母上って誰だ? 何で死んだ?」

「母上は母上だよ! 父上が約束を破ったからいけないんだ。そのせいで、母上はいなくなっちゃったんだから」


俺は思わず頭を抱えた。確かに俺が集めようとしている仲間には変わり者が多いと覚悟していたが、こんなことがあり得るのか。まさか鬼退治のメンバーに半分鬼の奴がいるなんて。しかし今までの話の中で、思い当たる話は一つしかない。「双六鬼」の話だ。




 『昔々、あるところに、何の勝負にも負けない男がいた。男の名は長谷雄といった。長谷雄に興味を持った鬼は、人の姿に化けて、双六の勝負を長谷雄に申し込んだ。だが、鬼はたちまち劣勢となり、鬼の姿をさらしてしまった。鬼は結局長谷雄に負け、賞品として美女を長谷雄に差し出す。ただし、美女には百日手を触れてはならないという。長谷雄は我慢したが九十九日目に美女に触れてしまう。すると美女は跡形もなく消えてしまった。実はこの美女は鬼が死体の良い部分だけを用いて作った物だったのだ。百日たてば本物の人間の美女になったものを、と鬼も長谷雄も悔しがったという』

 



 ここで問題となるのは、「触れる」という禁忌。俺はこの言葉を性行と考えている。もしそれが正解ならば、美女と長谷雄との間には子供がいるはずだ。まさかその当人が立派に成長して目の前に現れ、しかもその当人が同じ門というのは、何の悪夢なのだ。さらに、この顔の整い方からすると、母親の性質を受け継いでいる。


「で、今の体はどうやって?」

「うん、大変だったんだよ。首だけで死体捜してさ、手が最初で、顔の部分は最後かな」


やはり、俺のよみは当たった。今までバラバラ殺人事件は何十件も起きている。その中から、美しい部分だけを選んで集めて作った体だ。顔も体も整っていて当然だ。しかも中学生並みの体と顔でも脳の発達は悪いのか、言葉が幼稚で服の着方などの常識も知らない。結局俺はこの奇妙な少年を連れ帰った。家の人に説明をし、面倒は俺が見ると約束した。普通の家ならば即却下される問題だが、何せ俺、太夫の家だ。家の人も俺の説明で納得した。

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