9.幽霊

何か危険なことの為に僕に優しくしてくれたの? 実験のための友人のふり? いや、聞き間違いや、悪意による創作の場合もある。とにかく二人に確かめねば、とリョーマは思う。ちょうどその時、俺と甲がタイミングよく教室に入って来た。波が引くように、リョーマの周りから人が消えて行った。その様子を、俺も甲も見ていた。


「おはよう、リョーマ」

「おはようさん」


二人は明るく挨拶をしたが、リョーマは黙ったままだった。


「何が言わっだなが?」

「どうせ嘘だ。気にすることはないよ」

「二人にききたいことがある」


リョーマは図書室に二人を引っ張って行った。ホームルームが近いため、図書室には誰もいなかった。リョーマはホームルームなど気にしてはいない。一時間目さえ出なくてもいい覚悟だ。


「改君、甲君、実験って何? 鬼に喰われるってどういうこと? それで手遅れになるってどういうこと?」


俺と甲は押し黙るしかなかった。今まで起きた事件の詳細を並べ立てても、信じてはもらえないだろう。


「二人の周りで死人が多いってことと、二人は関係しているの?」


ここでも俺と甲は黙ったままだった。俺の両親の死も、俺に関係しているのかもしれない。ということは鬼と俺は関係していたことになる。


「確かに」

「リョーマ、お前、幽霊とか信じられるか?」


俺の言葉をふさいで、甲は口調を強めて言った。


「そんなの信じられるわけない。見たことないし」

「昔、中国では死者のことを鬼、って言ったんだ。今でも鬼籍に入ることを死んだこととする名残なんだよ」

「でも日本では、何故か昔話に出てくる鬼だってことになった」

「鬼? 本当にいるってこと?」

「俺たちが見ているのは前者の鬼に近い。別に昔話に出てくるように派手に戦ってるわけじゃない。幽霊に近いものと、俺と甲は静かに戦ってるんだ」


甲は今までのことを包み隠さず、全て話した。俺が話そうとすると、「邪魔するな」と押しやられた。リョーマは時に不安そうに、時に訝しげに、甲の淡々とした話を聞いていた。甲の方も、友人になる以上、話しておかなければならないことだと思ったのだろう。淡々としながらも分かりやすく、時には例をあげながら、丁寧に説明していった。聞き終える頃には、知恵熱が出るのではないかと思われるほど、リョーマは一生懸命甲の話を聞いていた。


「まとめると、改君や甲君には鬼っていう幽霊みたいなものが見えて、それを食べる式っていうものを持っているんだね」

「そう。誰かさんと違って理解が早くて助かる」

「それで、実験というのは、鬼が二人に集まりやすいから僕が近くにいると巻き込まれる心配があると。その、菜摘さんのように」


心配して損した、とリョーマは笑った。


「全部二人が優しいから出た言葉だったんだね」

「それでも俺たちと友達になりたいなら、俺たちは歓迎するよ」

「うん。改君も甲君も僕の友達だよ」

「じゃあ、条件がある」


甲は真顔で言った。リョーマは思わず身構える。


「一つ。鬼と戦うことになったら、迷わずリョーマ一人で逃げること。二つ。鬼の出そうな墓場や水辺、人ごみには近づかないこと。三つ。俺と改を君付けで呼ばないこと」


俺もリョーマも三つ目の条件には顔をほころばせた。


「分かったよ。改、甲」


こうして俺たちの誤解は解けたのだが、円満にはいかなかった。甲の説明が長すぎたため、結局一時間分を欠席してしまったのだ。俺たちは反省文と、二度と無断欠席しないという誓約書を書かされた。「誰かさんのせいだ」と、俺は「誰かさん」返しをする。


「別にお前があの場にいる必要はなかった。お前は自業自得だ」


俺は舌打ちしてリョーマの肩を組む。


「お前はあんな堅物になったら駄目だぞ。京都といえばあれだ、はんなり、はんなりでいけ」

「男ではんなりはちょっと……」

「んだがした。これでやっと○△□がそろったな」

「なにそれ」

「甲が△で、俺が□、お前が○だ」


まだ釈然としないリョーマに、甲は不本意ながら助け船をだす。


「顔のつくりのことだ」

「ああ、なるほど」


リョーマも納得したようだ。それから俺たちは四時間目までをしっかり受け、ついに給食の時間となった。これからは三人で共有するのだな、と悲しいような、悔しいような気がした。甲がいつも通り長い「いただきます」をする間、リョーマも合掌していた。俺はそんな二人を待ってから食事にとりかかる。甲は自分が菜摘を好きだったこととか、俺がゲイだとかはリョーマに説明していなかった。だからあの長い「いただきます」の本当の意味を、重さを、リョーマは知らない。だから軽々しくやってはいけないのだ。


「何で改は甲のお姉さんに拝んであげないの?」


リョーマは俺とは正反対の反発を持ったようだ。


「他人が土足で踏み込んでいいわけないだろ。あれはな、お前が考えているより深い意味があって、神聖なものなんだず」

「そうだったの? 甲、怒るかな?」

「あとで謝っとけ」

「うん」


その後、本当にリョーマは甲に頭を下げに行ったという。甲は怒った様子もなく、

「良いよ、別に」と許したという。ただその顔が痛々しく、リョーマはこの日を境に合掌を止めて、俺のように甲を待つようになった。

 リョーマは足の怪我が治ると、サッカー部からスカウトされ、そのままサッカー部に入部した。当然の入部だったと誰もが思った。リョーマがが入部してからのサッカー部は前評判を裏切らない負けっぷりで、応援に行く俺と甲は毎回くたびれもうけだった。サッカーは一人ではなく十一人でやるものだと思い知らされる結果ばかりだった。

 俺と甲は楽そうだからという理由で、卓球部に入部していたが、ほとんど顔を見せない幽霊部員だった。「部活は全員参加」という校則が恨めしい。

 勉強の方は、毎回俺とリョーマが甲にまとわりついていた。時々、俺はリョーマからも教えて貰うが、そのたびに甲は「甘やかすな。情けは人のためならずだぞ」と言ってたしなめた。リョーマは京都出身だけあって、日本史に強く、ここには今許可がないと入れない、だとか、昔はもっと広かったけど今は小さい観光スポットになっているだとかに詳しかった。結局俺は二人に教えて貰いながら、全ての教科で赤点を取り、つまりはパーフェクトを達成し、放課後の予定はすべて補習でいっぱいになった。リョーマは前の学校と今の学校とでは習うところにずれがあったり、東北弁に慣れずに苦労していたりしたが、理科一つを落としただけだった。成績優秀の甲は早々に帰り、俺とリョーマはたっぷりと説教を受け、俺はぎりぎりで、リョーマは余裕で再テストに合格した。

 夏休み明け、夏休みの課題テストは何とか乗り切り、やっと夏の暑さも手加減を覚えた頃だった。リョーマが呟いた。


「東北って意外と暑いんだね。あっちに比べたら寒くなるのが速いだけで」

「だべ、だべ」

「その言葉には慣れてきたけど、やっぱり理科のお爺ちゃんのはまだ無理だ」

「あの人、改より訛りがひどいからな」

「何で比較対象が俺なんだず。つーか、テスト多すぎだべ」


二学期末のテストが近づいてきた。中間テストでもどん底にいた俺は全科目、リョーマは理科だけを落とした。優等生の甲は文句のつけようがない。

 グラウンドの銀杏の木が濃い緑から、黄色に変わっていた。俺たちはテストの点数に一喜一憂し、リョーマはサッカー部の部長となり、甲は生徒会執行部の誘いを断って、早々に高校の推薦枠を約束されていた。俺は俺で、学校に眠りに来ていた。そんな穏やかな日々がずっと続いていくと思っていた矢先、事件は起きた。

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