8.非現実

「お前、それどうしたんだよ」

「だって、無理にスライディングして来たから、よけられなくて」


リョーマがよけていたら、スパイクが甲の脛を直撃していた。


「俺をかばって?」

「違うよ。よけられなかった僕が悪いんだ」


二人で保健室に行くと、甲はかすり傷が沢山出来ていたが、リョーマは一つ、深手を負っていることが分かった。「医者にかかるほどじゃないけれど」と、保健の先生はリョーマの足に包帯を巻いていく。保健室を出ても、リョーマは右足を引きずっていた。


「ごめんな。もっと早くボールを放していれば……」

「そんなのサッカーじゃない。それより、いつもこんなことされてるの?」

「まあな。だから関わらない方がいいって言ったんだ」

「そんなの間違ってるよ。だって、改君も甲君も僕に優しくしてくれたじゃない。僕はもう二人のこと友達だと思ってる。だから、傍観者にはなれない」

「転校生がそんなことしてると、いじめられるかもしれないぞ」

「そんなの関係ないよ」


正義感の強さに、甲は共感を覚えた。ただし、甲と俺が教師にすら気味悪がられる存在だということをまだ知らない。無知とは恐ろしいものだと改めて思う。


「今日はお母さんに来てもらおうかな。この足であの距離は遠いし」

「家、遠いの?」

「うん。だからチャリ通。今日と明日の朝だけは仕方ないよね」

「そうしてもらいなよ。無理して悪化したら大変だ」

「うん」


甲は内心ほっとしていた。リョーマにはちゃんと家と両親がいる。それに、友人をかばって血を流せる正義感と優しさがある。リョーマは実際に生きていて、生活していける存在だ。それが分かると、「転校生=鬼」としていた自分に腹が立った。


「甲君のお母さんて、美人でしょ?」


唐突にリョーマは言った。


「甲君、綺麗な顔してるもんね」


何故か菜摘を思い出す。甲のつり目は父親譲りだが、菜摘は母親譲りの容姿をしていた。


「僕もね、お母さん似なんだ。だから背が低くって」

「お母さんも小柄なのか?」

「うん。ねえ、次の国語、読めないところあったから教えて」

「いいよ」


俺は親しげにする甲とリョーマが気にくわなかった。甲を取られてしまうのではないかという危機感まであった。しかし、給食の時間になって、それは優越感に変わった。リョーマは甲の長い「いただきます」を理解できずに、俺の所までやってきた。


「甲君、何やってるの?」

「リョーマは先に食べてもいいべ」

「でも、改君も食べてないじゃない。僕も待つ」


そう言って、リョーマは自分の席に戻り、理由も分からずにじっと給食を食べるのを我慢していた。そして甲が周りを気にせず食べ始めると、リョーマも俺も同時に食べ始めた。放課後、リョーマは本来、部活の見学があったが、怪我のためキャンセルとなった。専業主婦だというリョーマの母は、本当に小柄で、車を乗り回す姿はにわかには信じがたかった。甲がリョーマの母に一礼する。


「りょ、いえ、竜馬君は俺のせいで怪我をしたんです。申し訳ありません」


驚いた様子の母に、リョーマは「違うよ」と割って入った。


「僕のミスなんだ。包帯は保健の先生が大げさに巻いただけで、甲君は全く悪くないんだ」

「本当なの? 竜馬」

「ほんまや」

「なら甲君、だったわよね? 頭を上げて頂戴」


そう言って、リョーマの母は甲の肩を押し上げる。


「これからも、竜馬と仲良くやってあげてね」


わけありな笑顔を残して、リョーマとその母は車で去って行った。俺と甲は、その車を最後まで見送った。


「幸せそうな家族だな」


俺と甲は同じ方向へ歩き出す。夕日に照らされて、影が伸びる。東北といっても夏は暑い。よく学ランのボタンを上までしめていられるな、と思いながら甲を見る。甲はこんな時でも涼しげで、汗ひとつかかない。俺の学ランとその下のワイシャツは、ほとんど羽織るもの化していて、赤いティシャツを前面に押し出している。


「何で京都からこだな田舎さ来たんだべ?」

「よく分からないけど、校章が百合の文様だったから、キリスト系の学校だったのかも。それが嫌で、いや、それじゃ理由にならないな」

「母子関係は良好に見えたけどな」

「いじめ、とか?」

「学校で? まだそげだなダサいこどする奴いんのがな?」

「母親が俺を見たとき、最初は戸惑っていた。でもリョーマに説得されたあとは切実さがあった」

「何か甲、探偵みたいだぞ」

「茶化すなよ。明日から大変だぞ。俺たちと関わり過ぎてリョーマもクラスに馴染めないかもしれない」

「どうすっべにやー。突き放すか、俺たちの輪の中に入れるか」


俺は思わずため息をついた。俺は前者が希望だったが、甲は後者を視野に入れていた。


「俺をかばった時点でアウトだろ。それにリョーマ本人も俺たちと友達だと思ってる。突き放すのはかわいそうだ」

「でも、俺たちと一緒にいるのは、鬼に狙われやすくなるってことだべ」

「分かってる。でもそんなことしてたら、一生式使いとしか人間関係を結べなくなる」

「俺はそれでいい。甲がいてくれるなら、それでいい」

「俺は嫌だ。リョーマには悪いが、鬼がどう出るか試しに友達になるつもりだ」

「人体実験と同じことをするつもりか?」

「違う。ただ単に、リョーマと俺が友達になるって話だ」

「鬼にリョーマを利用されでもしたら、手遅れなんだぞ」

「分かってる。その時は鬼を喰って見せる。絶対」

「それが甲の覚悟が?」

「そうだ」


令の言葉を思い出す。


(覚悟を決めろ。運命から逃げるな)


「わがった。甲がそう決めたなら、俺もそうする」


甲が踏み出そうとする新しい一歩を応援する。それが俺の覚悟で、運命なのだろう。


 翌日、リョーマはクラスの数人に囲まれていた。甲と俺はまだ登校していない時間だった。


「お前さ、あいつらに騙されてるんだって」

「人の足にスライディングする人に言われたくない」


リョーマはそっぽを向いて、机の上に包帯をした足をのせる。


「それは悪かったよ。でも俺たち、お前の為に言ってるんだぜ」


そうそう、と周りも首肯する。


「京都出身だから知らないかもしれないけど、改の両親は心中するし、甲の姉は殺されたりしてて、とにかくあいつらの周りには死人が多いんだ」

「そうそう、それに、あいつら昔、神社で神隠しに遭いそうになったって」

「それに、改君のお婆ちゃんはオナカマなんだって」

「気味悪いよね」


女の子三人は声を合わせる。


「オナカマ?」

「占いとかそういうの。超能力ってやつ?」


口にした本人たちも、オナカマは忌避の対象ではあるものの、その中身についてはよく知らないようだ。


「占い師とか神隠しとか、随分非現実的で、非論理的やな。で、改君と甲君が何かしたんか? 占い師ならいっぱいおるやろ。神隠しかて、噂の域を出ん話や」


それは……と、周囲が急に小さくなった気がした。でも、と咄嗟に先ほどの女の子が口を開いた。


「昨日の下校途中、偶然聞いちゃったんだよね。リョーマと友達になるのは実験で、オニに喰われたら、終わりだって。何かもう気味悪くて」

「大方、お前を鬼に喰わせる実験でもやってんじゃねぇの?」

「そのために近づいたんだって。教えて貰えてよかったな」


男の子がリョーマの肩を叩く。三人の女子が「怖いね」と顔を歪めている。リョーマの頭の中に「実験」、「オニ」、「喰われる」、「手遅れ」という単語がぐるぐるとまわっていた。









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*二月から週二回の更新を目指したいと思います。

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