5.人鬼

相好を崩した令に、真姫は「ただし」と指を一本立てる。


「写メ、一枚で良いから撮ってください。じゃなきゃ、許してあーげない!」

「サングラスは……?」

「んーぎりぎりオッケー」


真姫としては、誰かと一緒にカラオケを楽しんでいる姿を撮りたかったので、顔が見えていようがいまいが、関係なかった。令は垂れ目だが切れ長で、ショウほどではないが整った綺麗な顔をしている。しかも長身痩躯とはこのことで、シンプルな服もスタイリッシュに着こなしていそうだ。そんな新しい友達を自慢したかったのが本音だが、写真嫌いな令にあまり厳しくすると、写真自体を断られる危険性があった。令は安堵の息をついた。これでネットに顔が流出せずに済むからだ。令がいつも違う外見を心掛けているのには理由があった。鬼の目をごまかすためだ。式使い、特に強い式は強い鬼に狙われやすい。だから令は、毎回違う存在としていることで、その危険を和らげているのだ。しかし写真は、その時の令のスタイルを固定化し、多くの人にそのスタイルを見せてしまう。常に流動的なスタイルを心掛ける令にとって、真姫のような人物は危険人物なのである。


「はい、お兄さん。マイク持って。曲入れまーす。デュエットしましょう♪」


そう言いながら真姫はマイクを持ち、令にもマイクを押し付ける。令はこうなったらとことん付き合うか、と腹を括った。二人で歌っている所を真姫が写真でとり、その後は真姫の独壇場だった。真姫一人で二時間くらいを熱唱し、巴との一件を忘れるようでもあった。

 帰り際に、真姫が写真をチェックしていたので、思わず「見せて」と令は声をかけた。真姫は嫌がるそぶりも見せず、「一緒に見ましょう」と言ってくれる。体を密着させ、二人はカラオケ店の駐車場で一緒に写真を見た。そこには真姫が大勢の少年たちに囲まれている写真や、大勢の女友達と写っている写真などがあった。おそらくこれらの写真は真姫にとっての戦利品であり、ステイタスシンボルなのだろうと思う。そして自分もその戦利品の中に放り込まれるのか、と思うと令は何だか悲しくなった。


「あー、今日も楽しかった♡」


真姫は夕日に向かって、背伸びをする。


「一つだけ聞いておきたいんだけど」と、令は切り出す。怪訝そうに振り返った真姫は「何か?」ときき返す。どうやら、真姫の中で友達、もしくは彼氏としての令の賞味期限は切れてしまったらしい。


「鬼についてどう思う?」

「もう、またシリアスシンキングですかあ? シリアスシンキングとネガティブシンキングは紙一重ですよぉー。そんなの、別に考えることないじゃないですかぁ。ただ危険そうなら喰らう。駄目そうなら逃げる。それでいいじゃないですかー?」

「何の考えもなし、か。ヒメらしいね」

「あー、今の発言って、私をっ馬鹿にしてませんかぁ?」

「してないよ。逆に感心。そういう考え方もありなんだなーって」


真姫の式は長く白く透けている。人の魂魄を喰らい、人間に憑依した、人と大差ない鬼。人鬼じんきを喰らっていない証拠だ。人鬼と対峙しても、真姫は同じことが言えるだろうか。言ってそうだな、と令は薄く微笑む。


「もう一つお願いがあるんだけど、ヒメにしかできないことなんだ」

「何ですか?」

「ネット上の鬼の監視をしてほしい。もし、危ない奴がいたら、俺に知らせてほしい」

「それだけですかぁ?」

「うん、それだけ」

「なら、いいですけどー、面倒になったらやりませんから」

「分かった。ありがとう、助かる」


ネット上の鬼は人間の感情の残滓としての鬼がほとんどだ。令はこれを心鬼しんきと呼んでいた。一番弱い鬼だからおそらく危険性は少ないだろう。ただ、石橋を叩いて渡るに越したことはない。


「駅まで送ろうか?」

「いえ、これから待ち合わせ何でー。それじゃ」


この元気はどこから来るのか、真姫は駅の方に歩いて行った。令はその後ろ姿に、一抹の危うさを感じた。




 真姫が携帯電話を開くと、十数件のメールがあった。ツイッターもブログも大変なことになっていた。


『俺たちの姫が怪しい二人組に拉致されたー』

『サツ呼べ! サツ!』


そんな話に膨れ上がってあちこちで大騒ぎになっていた。真姫は落ち着いてツイッターやメールに返事を書く。


『姫は元気だよ(笑)。心配かけてごめんね。そしてありがとー。姫は、見事事なきを得て帰還したのでありまーす。ちゃんとバカップルとも仲良くやれて良かったです。写メを添付するので見てください。サングラスの似合うお兄さんでーす♡』


すると、『さすが姫』、『この男は外人か?』などの返信がすぐに届いた。真姫はにやけるのを我慢して、電車内をやり過ごした。

 電車から降りると、黒く美しいサラブレッドが真姫の行く手をはばんだ。その馬は実体のようだが、誰もホームに馬がいることに気付かない。


「ショウ君?」

そう真姫が尋ねると、ついて来いと言わんばかりに馬は踵を返した。真姫は必死で馬の後を追った。馬だけあって足が速い。ようやくついたのはやはり屑の所だった。いつもは中学の制服を着ている屑だったが、今日は黒いパーカーにジーンズのラフな格好だった。巴の着ていた服も同じような格好だが、着こなしが違えばここまで違うものかと屑に感心してしまう。


「あんな感じで良かったの? ごめんね、今日は令の式食べられなくて」

「いいよ。俺も本当のこと黙っててごめんね。怖い思いしただろ、真姫」


真姫は屑の胸の内に飛び込んで、首を振った。


「屑君の言うことだもん。私は屑君の味方だし、よく説明を聞かなかった私が悪いんだよ」

「真姫はいい子だね」


屑は真姫の頭を撫でる。真姫よりも屑の方が年下だが、背は屑の方が高いため、この二人に何の違和感も感じない。

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