3.女友達

「私にもそんなことが出来ると聞いたら、誰だってやっちゃいますよー」

「やってみてどうだった?」

「んー、その時はぁ、変な宗教勧誘だと思いましたよ。シキだのオニだの昔話じゃないんだからってさ。でも、ショウ君の言う通り、本当にできちゃったから、ショウ君を信じることにしたんですよー」

「なるほどねぇ」


令は徒労感を感じて椅子にもたれかかると、溜息をついた。ついでにハンバーガーにかじりつく。

 式は実体ではない。しかも霊感がある人を「電波系」と呼ぶことや、デジタル音源に霊の声が入っていたり、ビデオやテレビに霊が映っていたり、心霊写真などがあったり、鬼や式は電波に乗りやすい。だが式の場合、元が生きている人間の魂であるため、ネットや電話などへの干渉は難しいのだ。それを簡単にやってのける真姫は式使いとしてセンスがあり、かつ別の意味で「電波系」の日常生活を送っているのだろう。そして屑がネット上で式を使っていたということは、それだけのスキルを手にしているということである。しかも真姫を使って本気で令の命を狙ってきた。今後も何を仕掛けてくるか分からない。


「用心しないとな」


令は自分のためにも、真姫のためにも呟いた。しかし真姫にこの言葉は届かなかったらしい。真姫は暇を持て余して携帯電話をいじっている。


「ねえ、おんいいさん。食べてからで良ければ、私と写メ撮ってもらっていいですか? ブログにのせるんで」

「顔写真までネットに流すの?」


俺の肖像権はどこに行ったと言いたい令だったが、真姫は上目づかいに悪びれた様子もなく言った。


「そーなんですぅ。皆に可愛いって言ってもらえるの、超嬉しいじゃないですかー。それで出かけるときには気合い入れてるんですよー」

「危ないな。俺はパスだ」

「じゃあ、首から下で良いんでー、一緒に撮りましょ?」

「それも駄目だな」

「芸能人よりガードが堅いじゃないですかー。何でそんなに写真嫌いなんですかー?」

「内緒」


令は人差し指を立てて鼻にくっつけた。真姫もわざとらしく頬を膨らませる。


「それで、ヒメには今から予定はある?」

「デートのお誘いなら、いつでもいいですよ。またおごってくださーい」


真姫は笑いながら言った。


「会ってほしい人がいる。女の子なんだけど、君より一つ下の中学生だ」

「女の子? 友達になる自信、バリバリにありまーす♡」

「それは良かった。ただ、ちょっと恥ずかしがり屋さんだから、少し話に詰まることがあるんだけど、それでもいい?」

「もー、お兄さんたら。私を誰だと思ってるんですか? このヒメにかかれば、老若男女問わずウェルカムなんですから♪」


真姫は両手を腰に当てて胸を張る。令も笑って携帯電話を出してトイレに行った。令が手洗い場で電話の相手に状況を説明して必死に説得している間、真姫は携帯電話のメールチェックとブログ更新にいそしんでいた。


『木戸さん、私、今はちょっと……』


電話の声が小さく響く。


『誰にも会いたくないわけではなく、会えなくなってしまって……』


電話の声に涙がにじむ。


「大丈夫。それにほら、東と西は対だしさ、一度会ってみてほしいんだよね。もし嫌なら、家に直接連れて行こうか?」

『止めて下さい!』


悲鳴にも似た懇願が電話から聞こえたが、元々声が小さいので大声にはならない。


『家に木戸さんや他の人が来るなんて、絶対に駄目です』


電話口からすすり泣きが聞こえてきた。令は頭を抱え、「しょうがないな」と呟いた。


「代われ、あいつと。どうせ一緒にきまっちゅうが」

『でも……』

「早く!」


令はわざと大声で怒鳴りつけた。時にはショック療法も必要だ。しばらく電話口は無言となった。その後、ようやく電話口から「よう」と答えてきた。今度は声が同じでも大きさが違う。


『俺になんか用かよ、犬野郎。今度俺に命令しやがったら、殺すぞてめえ。俺がこいつの式代わりしてっから、こいつが生きてられること、まさか忘れたわけじゃねえだろうな?』

「そんなことで脅しても無駄だ。その時は俺の式がお前を喰らう」


電話口から、大きな舌打ちが聞こえてきた。


『こいつをその店に連れてきゃ、良いんだな?』

「ああ、助かる」


令は携帯を切ってトイレから出る。真姫は笑顔で大きく手を振ってきたので、令も軽く右手を挙げて答える。


「遅ーい。超暇してて、帰ろうかと思っちゃいましたよ。あ、それともその女の子にふられちゃったとか?」


真姫は半分面白がっていた。いっそのこと「はい、ふられました」と本当のことを言ってやりたくなる。


「あ、おにーさん、冗談ですよ。じょーだん。お兄さんてば、マジウケる。見た目と反したシリアスさ。もちろん、これこそお兄さんの魅力ですけどー」


自分がついさっきまで、殺されかかっていたことを感じさせない底抜けの明るさだった。これから来る子と足して二で割ったらちょうどかもしれない。


「今から来る子は、屑に式を喰われちゃったんだ」


令は座りなおしながら切り出した。


「え? じゃあ、死んじゃった子ってことですかー?」

「そう、今日の君みたいに死にかけた。でもその子には唯一助けられる知り合いがいた。その知り合いは鬼だった。その鬼のおかげでその子は助かった。鬼を自分の魂として補い、式にしているんだ」

「そんなこと出来るんですねー。すっごーい。私にもできます?」

「分からない。ただ特異な例であることは確かだよ。唯一考えられるのは、その子の双子の片割れだった水子の霊だったら、納得できる」

「みずこ?」

「流産した赤ちゃんのことだよ。あの鬼の不完全さがそれを物語っているように見える。それに、物心ついたときにはもう一緒にいたらしい。双子は元々一つの魂魄が二つに分かれたものだから、それ以外考えられないんだよ」


真姫は、自分に関係ないことだとわかると「ふうん」と、興味を失ったように呟いて鏡を開いた。初対面の人に会う前は化粧を直す習慣が出来てしまった。これは第一印象が相手の中に強く残るとの考えから生まれたものだ。


「ねえ、ヒメ。その子が来たらカラオケいかない?」


化粧を直している真姫に、令は提案した。真姫は身を乗り出して「カラオケ?」とおうむ返しして目を輝かせた。


「私カラオケ大好き―♡ その子もカラオケ好きなんですかぁ? 気が合いそう♡」

「いや、その子がこういうところに来ると、他の客に迷惑がかかるんだ。その子もそれを気にしてるから、気密性の高いところでないと」


そんな話を令がしていると、噂に影である。息を切らしながら、一人の女の子がやってきた。令は「トモピー」と呼んで手を振った。トモピーこと西尾巴は、令に近づき、襟元を締め上げる。


『てめえ、今度俺をその名で呼んだらぶっ殺す』

「はい、はーい。ご苦労さん。つーか、苦しい。マジで」


令が巴の肩を叩くと、巴は令を解放した。瞬き一つで気弱な女子中学生に戻る。


「き、木戸さん。すみません、すみません。また私、こんな行動をとってしまって……」


巴は泣きそうになりながら、何度も頭を下げている。真姫は目の前の出来事に目を白黒させている。


「それより、ほら、挨拶して。こちら東真姫ちゃん」

「どーもっ! 姫って呼んでね♡」

「あ、あの、私、西尾巴です。その……よろしくお願いします」


真姫は品定めするように巴を観察すると、鼻をひくひくさせた。それを見て、令は「カラオケに行こうか」と席を立った。令の腕に真姫は自分の腕をからませ、令にすり寄った。


「トモピーも早く」

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