5.特異体質

「初めで女の子ば見んなが楽しみさなって、そのくせ、会うどドキドキした。変に舞い上がったりもした。俺はこんな気持ちば女の子に持づのは初めてで、これが」

「もういい!」


俺は改の言葉を遮った。改は天を仰ぎ、天使の羽のような雪を受け止めた。二人の吐く息は白く空気になじむ。


「女の子の中で、初めて俺が好ぎさなった子だ。これから先も、それは菜摘ちゃんだげだ」

「うん」


俺は頷いた。やっぱりこいつにはかなわないな、と思った。悔しいが、改なら菜摘とうまくやっていくのだと思えた。改の隣では誰でも嬉しそうに笑うから、それでいいと思った。改の顔が四角でできているなら、俺は三角でできていると皆から言われた。目が吊り上っている俺は見た目がきついらしく、何をやってもつまらなそうにしていると言われた。いつの間にか、俺は皆にとって近づきにくい子どもになっていた。だが、そんな俺でさえ、改とと話すと目元が緩む。


『お前、狐みだいな顔してるよにゃ』


いつだったか、改は自分の目を引っ張っぱりながら言った。改は自分の思ったことを素直に言う。


『お前だって、長方形だろ』


そしてその時ばかりは、思ったことをそのまま口にした。先生受けが良いばかりに、いつの間にか正当なことや大人びた口ぶりが板についてしまった。だから自分の言いたいことを言ったのは久しぶりだった。


「甲だって、菜摘ちゃんのこと好ぎだべ?」

「うん。改よりずーと、ずーと好きだよ。お前の知らないごども知ってし、キスも先

だし、風呂も布団も飯も一緒だからな」


俺がくだけた言い方をすると、改も肩の力を抜いた。


「俺だって、これがらすっからいいんだよ」


改は頬を膨らませて言った。あまり見ない改の姿に、俺は勝ったな、と思う。


「つーか、俺が菜摘と結婚したごんたら、お前の兄貴さなっからな。弟君」

「認めねー!」


俺は雪をすくって改にかけた。この時期の雪は水分を含んでいるため、ザラメ状に凍っていて肌に触れると冷たさよりも痛さを感じる。


「何すんだよー!」


改が雪を掴んでいる間に俺は走りだし、改はその後を追う。


 少し大人びているだけの小学生だった。ちょっと普段の会話から外れた時にだけ、生意気な口を利く。ただの田舎の小学生だった。ただ「日常」から外れる時間が、他の小学生よりも長かっただけだ。


「改、ストップ」


俺は普段とは違う声で、駆け寄ってくる改を制止した。雪を抱えていたはずの改はすでに自分の腹を抱えてうずくまっている。信号が赤から青に変わって、信号待ちの車の列がゆっくりと走りだし、二人の横を通り過ぎた。反対側から白いワゴン車が先頭になって二人とすれ違う。その中に一人の若い男の運転手がいた。だが、俺の目には助手席にもう一人男がいるように見えた。その助手席の男は、俺以外には見えていないようだ。白いワゴン車が右折していなくなると、改は腹を押さえながらゆっくりと近づいてきた。


「何の鬼だっけ?」

「分からない。でも車の列にいたのは確かだった。だから、たぶん人型じゃないかな」

「俺の方は結構、痛むっけ。気をつけねぇど、やられる」


二人はその鬼に近づかないことを決めて、家路を急いた。俺は霊が見えるいわゆる「見鬼けんき」だった。よくテレビに、自分も「見鬼」だとして出ている人間を見る。だがそのほとんどが嘘かヤラセだった。たまに見えているであろう人もいるが、俺ほどはっきり霊そのものを見ている人は少ないだろう。一方改は、霊が近くにいると腹痛を起こす体質だった。


俺は目で見て、改は腹に感じる。もしもこの特異体質でなかったら、互いの性癖を受け入れるまで仲が良くなっていたとは思えない。俺と改は互いにいろいろな意味で、補い合っていた。俺は目に見えるだけで、霊がどれだけ強いのか感じられない。改は霊の強さを腹痛という形で知ることが出来るが、霊の形や姿が分からない。二人で協力すれば、情報の厚みが違った。危険を知ることも、対処することもできた。


あの夏休みの時もそうだった。あの時、改がいなかったらと思うと、俺は今でもぞっとする。

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