3.告白
「甲、 見て、見て。中学校の制服」
ノックもなしに俺の部屋に入って来た菜摘は、買ったばかりのセーラー服を着ていた。
「セーラー服って憧れだったんだ。一緒に写真撮ろうよ、甲」
菜摘は机に向かっていた俺に後ろから抱きついてきた。新品の制服の独特の生地の匂いと、菜摘の香りが俺を包んで、俺の頬を赤く染めさせた。
「暑苦しーな。ねぇちゃんやめろよ」
俺が体を捻って菜摘の腕を振りほどくと、反対側から腰に手を回され、目の前でフラッシュが煌めいた。真っ赤でしかめっ面の俺の横に、笑顔の菜摘の姿がデジカメに映る。したり顔の菜摘は、今度は少し離れて立った。
「甲、どう?」
「別に。てーか、俺だって来年学ランだし。珍しくもなんともねーよ」
興味なさそうに肩越しに言った俺に、菜摘はわずかに口をとがらせて、ベットに座った。
「甲さあ、彼女が出来たらちゃんとその子のファッションとか、褒めてあげなきゃ駄目だよ。じゃないと嫌われちゃうよ」
「俺、彼女いねーし、恋愛に興味ないからいいんだよ、そんな話は」
菜摘の口から「俺に彼女ができたら」なんて言葉をかけてほしくなかった。俺は今、菜摘の弟でなかったら、「すごく似合ってる」、「菜摘が一番セーラー服に似合う」と褒めちぎりたかった。そして抱きしめて髪に指を絡ませて頬に触れたい。菜摘の髪は揺れるたびに砂をこぼしたような音がする。菜摘の髪に手を絡めると、眠くなるほど肌触りが良い。頬は大福みたいに弾力があって柔らかく、白い。思わずかみつきたくなる。昔、一緒にベッドの中で二人で眠った時にそう感じたのだ。
今はどうだろう。女の子から少女と呼ばれる年頃になった菜摘は心も、身体もどう変化しただろう。髪から香るシャンプーの香りよりは、リンスの匂いの方がが強くなった。今わかる変化はそれが精一杯だった。
「ねぇちゃんは、彼氏とか、いんのかよ?」
俺は内心ひやひやしながらきいてみた。菜摘は虚を突かれたかのような表情を見せたが、やがて顔を赤くした。
「甲はさ、改君のことどう思う? 優しくていい子よね。改君みたいな人だったら付き合ってもいいかなって」
俯いた菜摘は黒のストッキングをはいた膝をこすり合わせる。セーラー服からは白いうなじが見える。どこを見ても艶めかしく感じ、俺は目のやり場に困る。もう、女の子じゃないんだな、と改めて思い知らされる。だから、いつか菜摘に彼氏が出来ることも覚悟していた。その時は俺は弟として、あきらめるしかないと、腹をくくっていた。俺は本当に菜摘のことが大事だったから、本当に菜摘が好きになった人なら、文句はなかった。菜摘が幸せならそれでいいと思っていた。だが、まさかその相手が改だったとは、思いもしなかった。夢にも思わないという次元を超えて論外だった。
「付き合ってんの?」
嘘だろ、と思いながら、俺は椅子の向きをベッドの方に変えた。なるべく平静を装うが、自分の様子に自信がない。憤怒の表情か。それとも慟哭の寸前か。菜摘はますます体を丸め、髪が襟に擦れて砂をこぼしたような音がした。栗色の髪と襟の三角の隙間からうなじがいっそう白く浮かぶ。菜摘は小さく、しかし深く頷いた。さっきまでどくどく言っていた心臓の音が、一気に沸騰したように熱くなった。
「甲には言わなきゃって思っていたの。だって、改君と甲は親友だから。でも改君が、言うなって、必死に言うの」
「いつから? いつから付き合ってんの? どっちから告白したの?」
「告白とかないの。だから何となく、なの」
菜摘は泣きそうな顔をして俺の顔を見上げた。思わず抱きしめてしまいそうになった。きっと抱き着くだけなら、菜摘も許してくれるだろう。姉弟のスキンシップの一部だとして。でも俺が求めているのはそんなことではなかった。菜摘を押し倒して、その先までいってしまう。今まで思っていたこと全てを吐露してしまう。ずっと好きだった、と。女としてみている、と。そして卑怯な告白までも感情に任せて平気でしてしまうだろう。改の秘密を暴露して、こんなのは恋愛じゃないと叫ぶだろう。改に騙されているのだと言って、無理にでも菜摘の目を覚まさせてやりたい。一瞬でこれだけの考えが頭を過った。
「ねえちゃん、本当にあいつのこと好きなの? 本気で?」
声が震えていた。
「本当のところ、よく分からないの。改君は甲みたいに弟みたいな感じだったから。甲のことが弟として好きであるように、改君のことも好きなのかもしれない」
「それって、俺と改が同じくらい好きでも、俺が弟だから駄目で、改は弟じゃないから付き合うってことかよ。そんなの何かおかしいよ。変だよ、そんなの」
急に、眼の奥で火がついたように熱くなって、視界がぼやけた。
「改君もそうだったけど、どうしてそんなにむきになるの? 人を好きになるっていろいろあるけど、別に急ぐことでもないし、付き合っていく中で徐々に好きになってもいいと思うよ。甲?」
俯いて腕で目をしきりに擦る俺の肩に、菜摘はそっと手を置いた。
「ごめん。ごめんね、甲」
菜摘は俺が泣くといつも頭を撫でてくれる。その手の温もりと柔らかさに、俺はいつでも余計に泣けてくる。
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