4.縁

 巴は医師に見送られてカウンセリング室を出た。家族には学校に行った帰りに内科を受診すると言って、お金をもらっていた。初めて先ほどの医師と保健室で電話した時、巴はふと心配になったのだ。家族に知られたらどうしよう、と。だから、精神科に行っていることを家族にばらさないと保健の先生と病院側に約束してもらっている。だから巴はこうして病院に通えている。ただ、最近では薬の説明書に細かく薬の成分や名前、効果などが記されているため、精神安定剤を家族にどう隠すかが問題だった。薬局で貰った説明書をどうしようかと思案する巴の前に、妙に顔立ちが整った少年が立った。


「隣、空いてる?」


周りにもっとあいている席があるのに、何故わざわざ自分の隣に来るのか、と思いつつ、巴は隣の席に置いていたバックを膝の上にのせ、「どうぞ」と小さく答えた。巴は初対面の人と話すと極度に緊張してしまう癖があった。特に同じくらいの年の男の子は苦手だった。巴は顔をあげて歩かないから、よく男子に足を引っ掛けられたり、突き飛ばされたりする。巴がよろけると、何が面白いのかどっと笑いが起きる。しかしそれでも顔を上げない巴には、誰が自分を転ばせたのか見当もつかない。だから巴は誰かが、というよりは、そこですれ違った全員が巴に悪意を持っていると思ってしまうのだ。だから、同年代の男の子は巴にとって恐怖の対象だった。


「ねえ、君何ていうの? 僕は神童屑」


非の打ちどころがないくらいに綺麗な顔立ちの少年、神童屑は無邪気な笑顔で言った。もともと少女のような顔立ちだが、笑うと本当に女の子のようだ。


「に、西尾巴、です」


巴は横目でちらりと屑の顔を見ながら答えた。胸が高鳴り、顔が赤くなる。何故だろう、何だか自分よりこんなにきれいな人が隣にいるというだけで、恥ずかしくなる。


「巴ってさ、さっきカウンセリング室からでてきただろう」


巴は肩を震わせた。


「見てたんですか?」

「うん、ずっと」


そう言うと、屑は体を巴に密着させてきた。そして屑は耳元で囁いた。


「西の受信地は口だから大変じゃない? 俺は北西だから首」


巴は思わず少年の少年の方を見たが、思ったよりもずっと少年の顔が近くにあって驚き、顔を赤くして口元を抑えた。


「ねえ、巴。困ってるなら僕に相談しなよ。カウンセリングなんて受けたって、医者じゃ治せないんだ。病気じゃないんだから」

「これが何だか知っているの? 神童さんもなの?」


巴は初めて同類に出会えた嬉しさと、屑が知るであろう自分の正体に不安があった。しかしそれ以上に、同年代の男子とこんなに近距離で話している自分が信じられなくもあった。屑は巴に式という普通の人には見られない動物のことや、受信する能力や鬼のことを教えてくれた。屑の巴への接し方は親しげで、楽しげだった。


「巴は選ばれたんだ。他人にはないすごい力を持ってる。自信もってもいいと思うけどな」

「だってそんなもの信じられない。鬼だなんてまるで童話の様……」

「友達の言ったこと信じないのかよ。熱弁ふるった僕ってバカみたい」


屑はいじけたように足を放り出して口をとげた。


「と、とも、だち……?」


その暖かな響きに、巴は戸惑った。巴が一番欲しいもの。そして一番縁遠いもの。


「何、巴は違うって思ってたわけ? こんなに話してたらもう友達じゃん。つーか、


同じ式使いなんだから、それ以上の関係だよ」


「友達以上?」


巴は無意識のうちに眼鏡を掛け直していた。そんな巴の肩を屑は自分のほうに抱き寄せた。


「恋人に近い、かな」


巴は声も出せなかった。巴だって恋愛を意識する年頃だ。しかも相手がこんなに綺麗な少年ならその対象になって当然だった。しかし巴は恥ずかしさと、自分なんかが、という劣等感で目を閉じて体を震わせた。屑は「ごめん、ふざけ過ぎた」とすぐに手を放した。


「臭くない? 汚いとか思ったりしないの?」


屑は笑って、「何が?」と答えた。


「あの……、私が」

「何で? 巴、すげーかわいいよ」


屑は巴の手を握り、「携帯電話持ってる?」と首を傾げた。巴は首を振った。その顔は真っ赤だ。少年に初めて可愛いと言われ、指を絡めて体を密着させている。この状況は何なのか。巴はのぼせそうになる。


「これ、俺の携帯番号。それから、写メも一緒に撮ろう」


屑はレシートの裏に数字の羅列を書いて巴にわたし、カメラを自分たちの方向に向けた。液晶に映る自分と屑のツーショットにもともと写真が嫌いな巴は思わず俯いてしまう。恥ずかしすぎて見ていられなかったのだった。


「ほら、もっとくっ付いて、カメラの方見て」


屑は再び巴の肩を抱いて、頭をくっつけ、シャッターを押した。そして「僕の恋人」という文字を入れて、令という知人に送った。令という人からはすぐに返信があった。「変なことするな」と黒一色である。屑は絵文字で「さあね」と返信した。巴は令と屑のやり取りを横で見ながら楽しんだ。こんなに笑ったのは久しぶりだった。

 最後に、屑はこう切り出した。


「巴の式、僕に預からせてくれない?」

「そんなことが出来るの?」

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