7.神聖数

「何だったかな?」


とぼけているのか、本当に忘れたのか分からない。おそらく後者の方だろう。しかし自分に関係する情報でなければ、千砂はさほどこだわる必要はないと考えた。


「それにしても、何故東西南北の間なの?」

「いだよ。東西南北も」


ただ、北がなかなか見つからなくて苦労をしているのだという。他はそれぞれ鬼と向かい合って生活しているらしい。なんだか眩暈が起きそうな話だ。


「じゃあ、それぞれに式がいて、皆あれが――、こんなことをしでかす正体が鬼だと知っているということ?」

「んーだ。北さえそろえば、皆そろうんだけど」

「私の他に、七人も……」


千砂は複雑な思いだった。自分の他に仲間がいるということは、果たして喜ばしいことなのか。それともリスクが高いものなのか。それを察したように改は言った。


「面倒なごどさ巻き込まれだべ? 逃げらんねがらってよ」

「鬼から、ってこと?」

「んだ。命ば狙われて、利用される」

「命が? あれらはただいるだけよ」

「それは今までの話だべ?」


千砂は思わず書類を片づける手を止めた。部屋の惨状をみて、まさか、と思う。今までは不干渉だった鬼が、これからはこんな現象を巻き起こすというのか。


「千砂さんが門であると分かった以上、鬼たちは千砂さんば狙いはじめんだ」

「どうして、そんなこと?」

「これ、わがっか?」


改は千砂の質問に質問を重ねた。


『私は貴方の国の人間を一日に千人殺して、貴方の国を滅ぼしましょう』


改が声色を変えて古事記の一節を詠んだ。


『ならば私はこの国に千と五百の命を生んでみせよう』


有名なセリフだな、と千砂は思う。黄泉の国へ行った妻・イザナミを連れ戻しに行ったその夫・イザナギは約束を破ってイザナギの汚れた姿を見てしまう。これに怒ったイザナミは、黄泉の国の追っ手を放ってイザナギを追わせたが逃がしてしまう。この時日本で初めての呪詛が行われる。それが、改の言ったイザナミの言葉であり、呪詛返しを行ったのがイザナギの次の言葉である。しかしその神話と式や門と何の関係があるのだろうか。


「俺どその幼馴染は、イザナミの放った追っ手ば探してんだ」

「黄泉醜女八人を? それがどうつながるの?」

「令は知ってるみだいだげど、教えてけんねんだ。だがら死にたくねごったら、式ば使うしかない。後からついでくる結果さ文句がねぇようにするしかね」

「でも、そんな古事記に出てくるような鬼にどうすればいいか分かってるの? 大体黄泉平坂で結界が張られた後に、どうやってその醜女は出てきたっていうの? それに八という数字は神聖数で、数が多い時に使われるのよ?」


神聖数は国や民族によって異なる。中国では九、アイヌでは六。そして、日本では八である。神聖数は文字通りの数字を表しているのではなく、数が多いことや神聖なもの、その反転で穢れなども表すことがある。


「んだにゃ。結界は東西南北で今は守ってだ。で、門は閉じて鬼の侵入を防いでだ。その為の俺たちなんだず。ただ、黄泉平坂の結界をすり抜けた醜女が一人いだ。で、今は北がいないから、東西南北の結界さえ突破してしまえばいいんだず」

「どういうこと?」

「俺だは良い意味でえらばっだなんねんず。どっちかっていうと、貧乏くじばひいだんだ。この世界を守る東西南北の守護者ど、門のカギとなる人々。それが俺だだ。門の外には様々な鬼がいだ。日本の歴史は鬼を追いやることの歴史でもあるっけがらな。醜女もその一人。今、北が抜けているから門の隙間を縫って様々な鬼たちが、人間の世界さ入ってきった」

「私たちは人柱ってことね」

「まあ、難しいごどはわがんねよ。令は教えでけんねしよ」

「でしょうね」

「悪い奴じゃねぇとは思うんだげど」


そう言って改はそのまま帰ろうとした。その改を千砂が呼び止めた。


「何か欲しいものある?」


改は驚いたような顔をしている。


「何で?」

「今日のお礼よ。助けてもらったし、片づけまで手伝わせちゃってるし」


改は考えるような仕草をしてから、「抱いでもいいんが?」と切り出した。女一人暮らしのアパートに来た男が、「抱いてもいいのか?」と確認をする。予測できてた言葉に、千砂は驚かず、むしろ安心したくらいだった。


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