4.式

「しき? あの犬のことでしょうか?」


令と千砂は千砂の誘いで、レストランで食事をすることにした。千砂にしてみれば、このとんでもない奴が命の恩人になってしまったので、その恩を早々に返しておきたいのだ。千砂が令を連れてきたのは、貧乏学生には手の届きそうにない高級レストランだった。床には赤いカーペットが敷かれ、豪華なシャンデリアが優しい光を落としている。時間が中途半端なためか、他の客は多くなかった。『受信』という言葉は、大学でも聞いている。おそらく、黒い経血が流れる現象を指しているのだろう。


「巽なら鶏を式にできる。便利だよ。鬼喰わせてもいいし、カンニングさせても良し」

「木戸さん、カンニングはいけないことじゃない?」


ずるするのはいいが、いつかしっぺ返しをくらう。何もせずに楽して自分だけが得られるものなどありはしない。それは他人に妬みや恨みを買う行為だ。


「いけないことないさ。だって俺たちは受信能力があるから、すっげー毎日憑かれるし、たまに狙われて大変だろ。何でその代わりに楽しちゃいけないんだよ。受信で損している分、楽しなきゃ損なだけじゃん」


千砂は思わず箸を止めた。令の言うことは一理ある。それはまさしく千砂が掲げるgive&takeではないか。何という損を今までして来たのだろう。この一八年間にわたるgiveを回収しなくてはならない。しかし、どうすればいいのだろう、と千砂は考えた。出会った時から令が口にするシキやモンとは何だろうか。それらは受信に関係する気はするが、詳しくは分からない。千砂にはカンニングも餌付け(これも令が言っていた)も興味がない。しかし「何か」、令の言う「鬼」を自分で片づけることが出来れば、今日のような失態はない。まさしく大衆の前で変な男に助けられ、こうしてレストランで一緒に食事をとることだ。これは「シキ」なるものを絶対にものにしなければならない、と千砂は胸に刻んでおく。その「シキ」さえ手に入れば、もうこんな得体のしれない男と一緒に過ごすことはなくなる。


「どうすれば、そのシキが使えるようになるんですか?」

「俺はある日突然。俺ってほら、天才タイプだからよく分かんないんっだよねー」

「どこから連れてくるんですか?」

「え? もういるんだよ。だって自分の方位属性だし」


千砂は令の言葉を反芻するが、全く理解できなかった。おそらく、令が使っている専門用語のようなものなのだろう。そうしている間に、令は携帯電話をいじりだす。そして不躾にもその場で通話し始めた。しかもハンバーグステーキの欠片を口に入れながら。周りの客が迷惑そうに眉をひそめ、ホールスタッフが注意をしようとしていた。そんな中で、令は千砂に携帯電話を突き出した。


かい君。青春を謳歌する高校生。ちぃちゃんや俺と同じモンでーす。改君なら教えてくれるかも」


釈然としないまま千砂は令の携帯電話を手にして、トイレに向かった。令はその間、次々と追加注文を続け、マナーも人の目も気にした様子もなく、一人で犬食いしていた。つくづく千砂とは合わない。


「もしもし」


千砂の声に一拍の間があった。


「あ、あーんっと、裏木うらき改でしたけど、千砂さん? 式ってのは、公式の式だ。ファンタジックにいうと、自分の使い魔みたいなもんださげ、あんま難しぐ考えんたていいよ。んで、式は鬼さ多ぐ会ってっど良いみだいだよ」

「鬼って。私は今日、殺されかけたんですよ?」

「今まで受信ばして来たんだべ? んだごんたら、鬼とにらめっこして、ひたすら鶏ばイメージして、喰らえって言うんだよ。心の中でいいさげ」


訛りが強すぎて、正直何を話されているのか半分しか分からなかった。とりあえず、式の生み出し方は分かった。しかし原型をとどめていなかった自転車を思い出し、鬼と対峙する気力を削がれた。


「それが、唯一の方法ですか?」

「んーだ」

「ありがとうございます」

「頑張ってな」

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