3.受信

 自転車を轢いたトラックはクラクションを鳴らしながら、そのまま自転車を踏みつけて行ってしまった。後続の車が通るたびに、歩道に自転車が押し寄せられてくる。傍観者たちは次の青信号で対岸へと渡って行った。ある者は迷惑そうに眉をひそめ、ある者は興味本位で面白がりながら。レイは他人とはこうでなくては、と思う。


「大丈夫?」


抱きかかえられる男の声に、レイは思わず立ち上がった。男はあの白髪にサングラスの青年だったのである。


「あれは、何?」

「うん? あれって?」

「とぼけないで。あの犬……」


レイは「あの犬はあなたがけしかけたんじゃない」と、言いかけて車道を見てみるが、犬はいない。見間違いか、それとも「罠」だったのか。


「助けていただいてありがとうございます」

「うん。って言うか、ごめん。俺のせいだし」


男の言いたいことが分からない。


「それは、そうですか。では」


レイは自転車を起こしにかかった。自分の物である以上、そのままにして置くわけにはいくまい。誰も見ていなければそのままにしていたかもしれないが、大勢の人に見られてしまっている。何よりこの道が通学路だ。毎日潰れた自分の自転車を見ながら登校するのは、さすがに気が引けた。奇妙な青年とも早々に別れたい。しかし、ガードレールに自転車の曲がったぺダルがはまって抜けない。


「おれ、木戸令きどれい。で、そっちは?」


どうやら、名乗られてしまったらしい。助けてもらった上に名乗られては、こちらも名乗らなければならないだろう。そうすれば、不本意だが、もはや私と木戸令は知人ということになる。


巽千砂たつみちさです」


千砂は令の名前に一瞬ぎくりとした。仕事で使う名前と同じ名前だ。しかし、モデルのレイだと呼ばれたのではない。令は千砂の自転車を起こして、交番にかくかく云々と話をつけてしまった。こういった出来事に慣れているのか、妙に手際が良い。このずうずうしさと人に無遠慮な人懐っこさは、やはり千砂の苦手なタイプだった。


「それにしても、犬は見えてたのに、奴は見えないんだ」


(奴?)


「何が、ですか?」

「鬼だよ。狙われてたんだよ、ずっと。ちぃちゃんは受信だけだから何もできないんだ。俺はちぃちゃんと違って式が使えるから」

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