2.何か
(昨日まで休みの連絡はなかったのに)
まだ電光掲示板から目が離せないでいる私に、青年は「たまにはいいんじゃない?」と軽い口調で言った。私の中で、何かがこの青年に近づくなと警鐘を鳴らしている。私はその警鐘に従うように、青年を無視するように踵を返した。しかし私は、誰もいない廊下で足を止めた。私の股から、黒い経血が流れるのが分かった。つまり、この廊下には何か大きな何かがいる。しかも、私を阻もうとする明確な意思を持った、強い何か、だ。私が知っている何か、は意志など持っていないように感じていたのに。
「どうしたの? 俺から逃げていくんじゃなかったの? それとも気が変わってお付き合いしてもらえるのかな?」
冷や汗を垂らしながら立ち止まった私のすぐ後ろで、男がからかうように言った。
「お断りします」
私はさらりとそう言って、廊下に一歩踏み出した。廊下には何かがいて、後方には危険人物だ。しかし今までに何度もこの「何かいる」という感覚はあったが、実際にそれから何かされたことはない。それらはそこに存在するだけだ。生きている人間にはそうそう手出ししないのだ。私はその何かをそのまま通り過ぎた。大丈夫だ、と無意識に自分に言い聞かせる。コツコツと私の足音が、何かの横を通り過ぎた時、何かは私の方を振り返り、じっと私を見つめていた。
「ふうん。俺のなのに他のと同じにしか感じないんだ」
青年はレイが何かいると感じたところにいる犬の前に片膝を着いて犬の頭を撫でた。他人には見えず、感じずのこの犬は青年の手を舐めて消えた。その犬が消えた場所に向かって青年は「テキトーに喰っといて」と声をかけた。そして青年は、一つ大あくびをして図書館に眠りに赴くのであった。
一方のレイは授業をこなして昼食をとっていた。そして再び授業を一人で受け、教授たちの部屋を訪れては仕事で抜けた分のレジメを受け取る。青年はレイにとって罠の一つでしかない。レイはその罠をクリアして、日常にわずかな綻びも見せずに、敵に付け入る隙を与えることなく一日を完璧にこなした。
自転車置き場に数日放置した自分の自転車に乗って、駅に向かう下り坂をこいでいる時、レイはあることに気付いた。後ろから何かが追ってきている。大学の廊下にいたものほどではないが、それと同じくらいに大きく、何より俊足だ。レイを狙っているのか、それとも走っているだけなのか。レイは下り坂だというのに、さらにペダルをこいだ。今までレイの股が受信する何かはレイ自体に無害だったが、今、後ろから追いかけてきているものは、明らかに今までのものとは様子が違う。
(何て凶暴なの?)
こんな何かは、青年と挟み撃ちにしてきたモノとで、二回目だ。今までは何かは、ただいるだけだったのに、急に行動的になっている。
信号にレイがさしかかった時だった。青信号が、何故か点滅することなく赤信号に変わった。レイは咄嗟にブレーキをかけたが、何故かブレーキがきかない。レイはそのままの勢いで車道に飛び出し、その横を黒い犬が走り抜けた。レイの体は強い力で後ろに引っ張られ、歩道に間一髪転がり落ちた。自転車はトラックに轢かれて原型をとどめてはいない。
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