第3話
「どうして、江藤さんが……」
町田は自分の声が震えるのを自覚した。当たり前だ、死んだはずの人間がいきなり目の前に現れたら誰だってこうなる。
「まさか、また会えるとは思ってなかったよ。嬉しいな」
見た事の無い白い制服に身を包んだ江藤は、微笑を浮かべてこちらに歩み寄ってくる。それが、何故だかものすごく怖かった。町田が一歩引くと、彼女は一瞬驚いたように目を見開いて、それから少し哀しそうに立ち止まった。
「あ、ごめんね。そうだよね、死んだはずの人間がいきなり寄ってきたら怖いよね」
江藤がそう言って、背を向ける。自分が死んだと認識しているという事は、誰かが成りすましているわけではないのか。いや、そもそも誰も彼女の事を知らないのだ。彼女の振りが出来るはずもない。
「……君は本当に江藤さん、なのか?」
町田は彼女の背中に問いかける。
「そうだよ。一緒に写真撮ったりしたよね」
背を向けたまま江藤は言った。やはり、彼女は紛れもなく本人なのだろう。だとすれば、なぜ彼女がここにいるのだろうか。
「本当に江藤さんなら、どうしてここにいるんだ? 君は、事故で死んだんじゃなかったのか?」
「……死んでるよ。間違いなく」
江藤はようやくこちらを振り向いた。今にも消えてしまいそうな儚げな表情を浮かべて。
「でも、『どうしてここにいるんだ』は町田君の台詞じゃないよ。来たのは町田君の方なんだから」
「は?」
「ここはね、死んで行き場を無くしたものたちが集まる場所なんだよ」
江藤の言葉は、まるで物語を読み聞かされているように、現実味のないものに聞こえた。
「死んだものが、集まる?」
つまり、ここは死後の世界という事なのか。それなら、俺は死んだのか? それとも水野が言っていたように鐘を撞いたせいであの世に来てしまったという事か?
「そう。ここはマカイっていってね。ちゃんと成仏出来なかったり、供養してもらえなかったりした人が集まる所なんだ」
江藤が再び町田の方へ歩み寄ると、そのまま町田の横を抜けて大通りへと出る。
「魔界?」
「よく聞くでしょ? 京都の魔界の話。ここはね、町田君の生きてる現世と、あの世との間にある世界なんだよね。だから正確には『間界』って書くんだけど、まぁ、ほとんど同じようなものだからどっちでもいいよ」
ついてきて、と江藤が言って歩き出す。町田はおとなしく彼女の後を追った。遠くの方の空は少しづつ暗くなっていた。夜が近づいている、と思ったところで疑問が浮かぶ。
「この世界にも朝昼夜とかあるのか?」
死後の世界にも時間というものが存在しているのだろうか。
「あるよ。そういうところは意外と現世と変わらないよ」
ただし、と突然江藤がぐるりと振り返った。鼻先がくっつくぐらいの距離に江藤の顔が来て、町田はたじろぐ。
「夜に出歩くの危険だよ。怖い妖怪が歩いてたりするからね」
「……どういう事だ?」
「その辺についてもちゃんと説明しないといけないね。ひとまず、完全に日が沈む前に安全な所に行こう」
江藤はそう言うと、前に向き直り、また歩き出す。安全な所、という単語に少し引っ掛かりを覚えたが町田は何も言わずにその後をついて行った。
江藤に連れてこられたのは、京都の景観を模した街並みには到底似合わないであろう、白と黒の外観の四角が積み重なったような奇怪な形の建物だった。
「ここは?」
「安全な所かな。ついてきて」
江藤ははぐらかすように言うと、早々と建物の中に入っていく。怪しいとは思いながらも、自分だけ立ち止まっているわけにもいかないので、町田もその後に続くしかない。
建物の中は、白で統一された明るい空間が広がっていた。病院のようだ、とぼんやり思う。中には、江藤と同じ白い制服を着た人が何人もいた。年齢にばらつきはあるものの、全体的に若い印象だ。同じ服を着ているという事は、着る何か組織的な団体なのだろうか。
エレベーターに乗り、六階へと上がる。六階は白を基調としていた一階とは違い、落ち着いた色合いの廊下が続いていた。江藤はその廊下を進み、一番奥にあった部屋の扉を開ける。
「入って」
江藤に促されて、部屋の中に入る。そこは、ベッドや机、それにクローゼットと小さな本棚程度の家具しかない寮の一室を思わせる質素な部屋だった。
「ここは私の部屋なんだ」
江藤はベッドに腰かけてそう言う。その瞬間、町田は緊張するのを自覚した。女の人の部屋に入るのは初めての事だ。
「狭いけど、気楽にしてね」
「う、うん」
町田はどこか座る場所を探して、ベッドが視界に入ってきたが、それを無視して床にしゃがみ込んだ。
「それで、妖怪とかどういう事なんだ?それに、どうして皆の記憶から君が消えたのに俺だけ覚えているんだ?そして、なんで俺がこの世界に来てしまったんだ?」
町田は早速気になっていた事を尋ねた。そうしないと余計なものが脳裏に過ってしまいそうだ。
「うーん、まずはこの世界についてもう少し詳しく話そうか」
江藤はそう言って、一枚の紙を取り出した。そこには『天国』『地獄』『間界』『現世』の四つの文字と、それらを繋ぐいくつかの矢印が書いてある。
「まず『現世』というのは町田君たちも生活している普通の世界。そして現世で命を失ったものは、生前の行いによって『天国』か『地獄』のどちらかに送られるんだ。これはよく聞く話だよね」
江藤が指で矢印を辿りながら説明する。確かに天国と地獄に関しては子供のころから知っていた。悪い事をしたら地獄へ落されるぞ、と親に脅された事も少なくない。だが、そうなると一つ疑問が出てくる。
「それなら、この『間界』にはどういう人が送られるんだ?」
彼女の説明では、死んだ人間は生前の行いによって天国か地獄に行く。それなら、この間界と呼ばれるこの世界にはどういう人間が送られるのだろうか。
「さっきも言ったけど、ここには行き場を失ったものが集まる場所なんだよ」
「どういう意味だ?」
「ここには、ちゃんと成仏出来なかったものたちが、送られてくるの」
江藤の言葉にぞっとした。成仏出来なかった人たちという事は、よくテレビとかでやっているこの世に未練を残した幽霊とかが、ここに来るというのか。
「不本意な死を遂げたもの、自ら命を絶ったもの、自分の死を受け入れられないもの。そういったものたちはきちんと成仏が出来ずに、現世を彷徨い、最終的にはここへ辿り着く」
江藤によると、自殺した人や、事件に巻き込まれ殺されてしまった人たちは成仏出来ずにここへ辿り着く事が多いのだそうだ。そして、そういう人間たちは皆、何かしら未練を抱えているという。
「未練を持つものは問題児ばかりでね。よく暴れてたりするんだよね。そういえば、町田君は襲われたりしなかった?」
江藤が思い出したように訊いてくる。町田はゾンビのような男に襲われそうになったと伝えると、「それは災難だったね」と頭を撫でられた。むず痒い気持ちになる。
「まぁ、それで、未練──特に恨みとかは厄介でね。あまりに強い恨みは人の姿を変えて妖怪の様になっちゃうんだよ。そして他のものたちに無差別に襲い掛かる。だから夜は危険なの。そういう妖怪が活発に行動するのは夜だからね」
江藤の説明を町田はどんな顔して聞けばいいのか分からなかった。あまりにも現実離れしすぎている。
「それで、俺はどうしてここに来たんだ?」
「それは……」
江藤はそこで一旦言葉を詰まらせた。それから小さく頷いて、続ける。
「町田君がこっちへ来たのは事故だよ。送り鐘を鳴らしたでしょ?それで間違ってこっちへ送られてしまったってわけ」
「そんな事があり得るのか?」
「あり得ないとは言えないよ。だって、この京都には色々な言い伝えがあるから。それに世界は意外と未知な事でいっぱいだからね」
江藤は不適に口の端を吊り上げた。現世にいる時には見た事の無い表情だ。それにしても、まさか、本当にこんな事になるとは、水野も大層驚いただろう──そう思ったところで町田は思い出す。
「そういえば、現世のクラスメイト達はどうしてる?俺がいなくなってびっくりしてるんじゃ」
「それについては大丈夫。こっちでも対策しているから」
江藤は淀みなく言い切った。
「今、町田君の事は誰も記憶していない。私と同じように」
「え?」
「君に関する記憶は、今は皆の中から消されてるんだ」
町田は聞かされた事実に、呆然とするしかなかった。
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