青春ブレンドコーヒー

タッツー

アイスコーヒー

 景色がすっかり白一色となった冬真っ盛りな今日。私『井月美織』は友達の『村本亘』と一緒に一面に広がる雪の中を歩んでいた。

「今日も寒いね。手がかじかんできそうだよ」

「そうだね。僕はすっかりかじかんでるけどね」

 そう言って見せてくる亘の手は機械のようにぎこちなく動く。

「亘って相変わらず男らしくないよね」

 そんな私の言葉に亘は「うぅ……」と項垂れる。

「冗談だって冗談! ……たぶん」

「全然信憑性がないよ! まあいいけど、自覚してることだし」

 亘をからかいながら、いつものように他愛のない会話をし、一緒に下校していた。

 私自身、学校では友達も多く、自分で言うのもおかしいがそれなりに勉強もできるほうだと思う。実際、学校での成績は常に学年上位を入学当初から維持している。今は毎日が楽しく、青春を謳歌していると自負できるだろう。あと恋人がいてくれれば尚良いのだけど……。

 そして、そんな私にとって何よりも幸福を感じれるのが亘といるこの瞬間。

彼と出会ったのは高校一年の時。出会ったばかりの頃はそれほどお互い頻繁に関わっていたわけではなかった。

 会ったばかりの頃の亘のイメージはいつも一人隅っこで大人しく過ごし、クラスメイトから声を掛けられれば毎度驚いたりおどおどしたりと、なんとも頼りにならなそうなものだった。

 そんな彼にお節介とばかりにクラスに馴染めるよう話しかけるようになり、それから徐々に一緒にいる時間が増えていった。初めは案の定、おどおどと会話をしていたが次第に慣れてくると普通に会話も出来るようになり、今ではからかったりしているくらいになっている。

 話していると意外と彼が面白いことに気づく。反応がいちいち大げさだったり、好きなことに関しては熱く語ったりと彼の一面を知っていくうちに、気に入ってしまい、いつの間にかその思いが好意に変わっていた。

「ねえ、ちょっと休憩しない?」

 このまま足を進めればさほど時間も掛からずに亘と別れてしまうことになる。もう少し彼と一緒にいたい私は適当な理由で寄り道をする。

「いいけど、どこで?」

「寒いし、どこかお店にでも入ろうか」

 亘を引き連れ、近くにあるコーヒーショップに向かった。

 店内に入ると放課後ということもあり、私たち同様、下校途中の学生の姿が多く見られる。

「僕が注文してくるから、美織は席を取って先に休んでてよ」

「うん。わかった」

 亘のご厚意に甘え、私は席を探しながら彼が来るのを待つ。

 適当に席を確保し、スマホを弄っているとしばらくして、二人分の容器を持った亘がやってきた。

「おまたせ。これが美織の分ね」

 亘は片方に持っている容器を差し出してきた。それは私がいつも飲んでいるただのアイスコーヒー。

「ミルクと砂糖はいれておいたよ」

「ありがとう」

 亘とここに来るのは今回が初めてではなく、すでに何度か来ている。私はいつもアイスコーヒーを注文し、それに砂糖とミルクを入れていたことを亘も知っている。

 さりげない気づかいが出来るのは彼の良いところだ。

「お金払うよ」

「いいよ、これはぼくの奢りで」

 財布を取りだそうとしたところで亘はアイスコーヒー分の金額を受け取るのを遠慮した。

「美織にはいつもお世話になっているから」

「――そう。じゃあお言葉に甘えて」

 亘の優しさを素直に受け取り、財布をしまうと向かい側に彼は腰を下ろした。

「亘は相変わらずココアなんだ」

「まあね」

 亘は甘いものが好きでいつもココアやミルクティーを注文している。そして今日も同様に目の前でアイスココアを飲んでいた。

 私は自分のアイスコーヒーを一口飲むと、

「――そういえば、もうすぐ卒業だね」

 そう呟きながら彼を見つめた。

 私たちは高校三年であと数週間後には卒業が控えている。すでにお互いの進学する大学も決まっていた。

「亘はさ、地元に残るんだっけ?」

「うん。美織は離れるんでしょ」

「……そうだよ。お互い離れ離れになっちゃうね」

 もう少しで亘とは会えなくなってしまう。そう思うと今から寂しく思えてきてしまった。

「でも、連絡は取れるから。僕からも送るよ」

「うん。たくさん送ってね」

 亘の一言に少し救われた気がした。例え会えなくても亘との関係がなくなってしまうわけではない。そう思うだけで今は寂しさが紛れる。

「――そうだ。亘に言っておきたいことがあるんだ」

「なに?」

 もう少しで別れてしまう前に、亘と離れてしまう前に伝えておきたいことがあった。

 亘はキョトンとした顔で私を見ている。

 この様子だと私が何を伝えたいかは気づいていようだ。

「んー、言っちゃおうかな? どうしようかなー?」

「え、なんで言わないの!? 気になるじゃん!」

 私が勿体ぶると亘は大げさに反応をする。亘のこういう反応がずっと好きだった。

 そんな彼の反応を楽しんでいると、今度は亘が話を切り出してきた。

「実は、僕も美織に話しておきたいことがあるんだ」

「……話?」

「うん。でも美織から先に話してくれて構わないよ」

「いいっていいって。それより先に亘から話してよ」

 私が促すと、亘は心を落ち着かせるように一呼吸置いた。

「じゃ、じゃあ話すね」

 心なしか緊張したようにも見える亘の態度に、私の体も少し強張りだし、心臓の鼓動が早くなりだす。

 少しでも緊張をほぐそうとアイスコーヒーを口に含み嚥下した。

 そして待っていると亘の口がようやく開いた。

「じ、実は僕……彼女が出来たんだ」

「……へ?」

 亘からの予想外な発言に私の脳はうまく処理できずに気の抜けた返事をしてしまう。

「ずっと気になっていた人がいて告白したら、了解してもらえたんだよ」

 徐々に状況を理解しだすが、それでも彼の発言が納得できたわけではなかった。

「……い、いつから?」

「つい、この間。二人きりになる機会があって、いろいろ話していた時に告白したんだ」

 私の知らない間にそんなことが起きていたなんて思わなかった。ましてや亘が誰かに告白するなんて予想したことなんてなかった。

「ほ、本当なの? その話」

 亘が私をからかうために冗談を言っている。そうあってほしいと私は心の底で願っていた。

「……うん」

 しかし、そんなことは叶わず、亘は静かに首を縦に振る。


「……そ、そっか」

 私の体からは力が徐々に抜けていく感じがし、椅子に深く座りこんだ。

「よかったね。彼女出来て」

 辛うじて出た言葉がそれだった。しかし、そんな言葉は私の強がりに過ぎない。もちろん亘に彼女が出来たことはうれしく思う。でも、素直には喜べない。

「これも美織のおかげだよ」

「私の?」

「美織がいてくれたから、僕は変わることが出来たんだ。美織が一緒にいてくれたおかげで勇気が持てて、告白することが出来た。ありがとう」

 そう言って亘は私に無垢な笑顔を浮かべてくる。

 いつもなら、その笑顔が好きなはずなのに、今は見ているのが辛くなる。

 ――私のおかげか。

 その言葉になんとも言えない気持ちになってしまった。

 

 しばらく無言になりながら私はアイスコーヒーを飲んでいると、

「……なんだか、苦いな」

 自然とそんな言葉が零れてしまった。

「え、苦かった!? ごめん、ミルクと砂糖はいつも通り入れたはずなんだけど……。今持ってくるから」

 慌てた様子で席を立とうとする亘。

「ごめん、何でもない。いつ通りだから問題ないよ」

 亘にそう声をかけると動きを止め、怪訝そうな表情をした。

「さて、そろそろ行こうか」

 今の気持ちを悟られないように私は席を立った。

「もう行くの? 美織の話は?」

「大したことじゃないからやっぱりいいや。それより早く行くよ」

 私は荷物と、まだ残っているアイスコーヒーを持ち足早に店を後にする。

 帰路につくと白く染まった景色の中、静寂さが漂っている。そして、店内とは違い寒気が身を包んできた。

「――そういえば、彼女ってどんな人?」

 唐突に横を歩く亘に問いかけた。

「清水さんだよ」

「清水さん、か……」

 清水さんとは同じクラスで、物静かな人だ。決して交友関係が広いわけではないけど気が利いて、悪い人ではない。私もなんどか話したことはあるが、こっち話しかければちゃんと会話も続くし、付き合いづらいわけではなかった。なんとなく亘に似ている気がする。そう思うと、あの二人はお似合いなのかもしれない。

「彼女さんのこと、大切にするんだよ」

「もちろん。大切にするよ」

 私の言葉に、はにかみながら笑みを浮かべて亘は答える。

 ――本当はその言葉もその表情も私に向けてほしかったな。

 そんな思いが募るが決して声に出さない。

 そして、いつも別れる交差点に差し掛かった。

「じゃあ、また明日」

「うん。また明日」

 お互いに言い合い別れようとしたところで、亘が声を掛けてきた。

「あと短い間だけど、よろしくね!」

 亘の言葉に私は何も言わず、ただ手を上げて返事をし、お互い別れた。

 真っ白な景色の中を一人歩いていく最中、まだ少し残っているアイスコーヒーを飲む。

「……やっぱり苦いな」

 このコーヒーがこんなに苦く感じたのは初めてかもしれない。

 目頭が熱くなるのを感じ、何にかが流れそうになってくる。空を見上げ垂れないように堪えながら、そう呟き家まで歩いて行った。




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