現代版・黙示録
賢者テラ
短編
いつもと変わらないある日の
いつもと同じように過ぎるはずだった夜
私のような平凡な女の子に臨んだ冥界からの黙示——
幸せってなんだろう
答えの出にくい漠然としすぎた問い
日常真剣には考えないけど、ふとした瞬間に頭をかすめる疑問
勉強疲れで本から目を離して紅茶をすすりながら
それに思いをくゆらせていた時のこと
何の前触れもなく私の体が浮かび上がった
天井を突き破った
マンションだったがすべての物理的存在を無視した
上の階の床・天井すべてすり抜け
街の夜景すら小さくなり
月と星だけが見える雲の上に来た
そこにいたのは言葉にするのも難しい
人間っぽいけど常識からかなり外れたつくりだ
背丈は私の10倍くらい
髪の毛の一本一本が生きているみたいにうごめいていた
ヘビではないようだ
手が7本
足も7本
目が12個
口と目からは絶えず火が噴き出している
男なのか女なのか分からない
一見どっちとも取れた
そいつはしゃべった
不親切なことに説明は一切なし
私の問いかけには何も答えない
ただこう言った
選ばれし者よ
来るべき世界の破滅を回避するために
お前に天界・魔界・地獄界・冥界からのメッセージを与える
今から見るもの・聞くもの・感じるものを
すべてお前の心に焼きつけよ——
私の目の前でいきなり何か降ってきた
隕石だ
半端な大きさではない
私は理系はあまり強くないが
確かあんなのがまともに地球にぶつかったらその被害は——
そんなのいやあああ!
お母さん
お父さん
お姉ちゃん
先生
学校のみんな——
私の目の前で
日本は消えた
世界の三分の二が焼けた
私はショックのあまり声も出なかった
ヒィィ ヒィィ
しばらくして喉に空気が開通した私は
しゃがんで空中で泣き崩れた
その後漆黒の巨大な龍が現れて
残りの三分の一の世界を火炎を吐いて焼き尽くし
人間という人間をすべて食いちぎった
この世界で生きて残った人間は私一人だけのようだった
世界の終わりは 実に簡単だった
……静かだ。
時間にしてどれくらいたっただろう
一年か二年か
私は泣き暮らした
食事をしていないが死なない
自殺する気力はなかったけど生きようとも思わなかった
私は海で銀の小船に揺られた
誰もいない世界
音のない世界
波の振動だけが私の背中に伝わってくる
私は流れ流されて
果てしない時を船の中で眠る
お母さん——
海は静か
みんな——
風は黙って過ぎていく
会いたいよ——
永遠の夜空の藍は何も語らない
その時
空から声がした
時が来た
私はお前の願いをひとつだけかなえてやろう
ただし条件がある
それはお前の命と引き換えだ
望まないのなら願い事をしないという選択肢もある
お前が考えお前が決めなさい
いつまでも私は待つから——
……世界を元通りにしてください できますか?
お前は死んでもいいのか
……私がひとりで生きているよりそのほうがずっといいです
そりゃ私が生きてみんなと会えたらそれが一番いい
でも私が死なないといけないならそれも仕方がない
長い時間をひとりでいた私は
悲しみや苦しみも多かったあの世界だけど
消えてなくなってしまうよりは戻ってほしいと思った
そしてやり直しのチャンスがほしいと思った
神様
次はゼッタイに守ります
滅びさせません
…………。
あ そっか
私死ぬんだっけ
じゃ 私が頑張ってもしょうがないんだ
知らないうちに落ちてきた槍のようなものが
私の頭のてっぺんから股まで串刺しにした
あっけなかった
私の精神は肉体から分離して自分の死体を見つめていた
ふぅん
死んでも私の自我は変わらずあるんだね
それはエッというくらい一瞬だった
奇蹟だ
私の目の前に元通りの地球が
隕石が落ちる前のそのままの姿に
いる
いるよ
人が沢山
生きてるし
ああ あの家族連れ楽しそうね
あのオジサンあくびして
きっとお仕事大変だったのね
私は空の上で涙を流した
もう自分はあの中に戻れないという寂しさもあったけど
それ以上に世界の無事がうれしかった
見える
お母さん
部屋に私がいなくても泣かないでね
私が二度と戻らなくても悲しまないでね
お父さん
残業お疲れ様
娘はもう帰りません
お姉ちゃんを大事にしてね
結婚や子育てってのが体験できなかったのが残念だけど
私はすがすがしい思いで地球を見つめた
私みたいなちっぽけな者の命で地球すべてが助かった
安い買い物だったと思うよ
天から大声がとどろいた
それは地上のすべての人に臨んだ
人類よ
お前たちすべての者で考えた願い事を
たったひとつだけかなえてやろう
特別な交換条件などなく無条件で
ただし ひとつだけだ
よく考えよ
お前たちすべての総意を我に伝えよ
そうすれば必ずその通りにしよう——
世界中の人は叫んだ
私は驚いた
「私たちのために死んだあの女の子を生き返らせてくれ」
不思議なことに
復活した人類は私がしたことを記憶に持っているようだった
すべての人が叫んだ
そして望んだ
私が再び世界に帰るのを
……ほんとうにその願いでいいのか
はい 構いません
むしろ それをこそ一番願います——
気がついたら私は自分の部屋にいた
不思議な一連の出来事に出会う直前そのままだ
机には開いたままの大学の講義で使う本
冷めちゃった飲みかけの紅茶
BGMにかけていた洋楽のアルバムは一周して止まっていた
あんなものを見て
体験してしまった私
どうする?
これからどうすればいい?
私みたいな女子大生の小娘に何ができる?
私はケータイで友人に電話をかけた
もしもし 元気してる?
なぁに珍しい あんたから電話なんてどういう風の吹き回し?
ちょっと声が聞きたくってさ
典子最近元気なかったじゃん
それ思い出してさ
ああ あんたの目はごまかせないね
ちょっと彼と色々あってさ
でももう大丈夫
心配かけたね
心なしか戸惑いながらも典子の声はうれしそうだった
何ができるかじゃないんだ
大きなことができなきゃいけないんじゃないんだよ
それだったら私なんかじゃなく大統領でも選べばよかったんだ
でも天はそれをあえてせず私のような小さき者を選んだ
だから私は自分にできることからしていこう
小さな一歩
でも大事な一歩
ひとりがみんなを救い
みんながひとりを救う世界
そんな世界が来ることを信じて——
……みんな 大好きだよ。
現代版・黙示録 賢者テラ @eyeofgod
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