白いウサギは綿飴の夢を見るか
うさぎうさぎうさぎうさぎ、うさぎうさぎうさぎうさぎ、もう兎に角一面のうさぎ。白うさぎ。いやほんとに。一面の、白。
俺はもはやウサギ畑としか言いようがない、うさぎの群れの中で途方に暮れていた。
うさぎ達は、そんな俺の心中を知ってか知らずか、時折その小さい鼻をヒゲごとぴくぴくと動かしたり、長い耳をちょこちょこと動かしたりと忙しそうだ。
「ここから見つけるのは無理じゃないか」
思わず独りごちたが、いやはや因果な商売だ。「迷いペット探しマス」と書いた張り紙を窓ガラスに貼ったあの日から、こうなることは決まっていたのかもしれない。
探偵などという職業を選んだのには大して大きな理由はなくて、まぁ端的に言うならば、普通の仕事が出来る気がしなかったからだ。気分にムラがあるし、人に指図もされたくないし。「探偵」なら自由にやれるかなとなんとなく想像したのだ。
しかし実際やってみると、浮気調査中なんかは気分が乗らなくてもいい年したオッサンオバサンカメラ片手に追いかけまわさなくちゃなんねぇし、クライアントはああだこうだ指図してくるし、社会ってのは結局そうできてんのかもしんねぇなって思う。クソみたいだろ?
しかしまあ、俺には才能があったみたいで探偵事務所はそこそこ軌道に乗り始めていた。
そうなると気分も悪くない。
そこで、業務を広げることにしたのだ。迷いペット探し。
まぁ単純に、オッサンオバサン追いかけ回すより、キャワイイわんちゃん猫ちゃん追いかけてる方がしあわせだよなぁと思ったのだ。
実際はそんなこともなかった。わんちゃん猫ちゃんは超逃げる。
オッサンオバサンは写真撮るだけで良かったのに、わんちゃん猫ちゃんは捕まえなくてはならないのだ。逃げるのだ! 俺は味方なのに! 家に連れて帰ってやろうってのに!
犬に噛まれ猫に引っ掛かれ、時に木から落ち時に水に落ち、そうやって毎回毎回俺は傷だらけになり、なんとかかんとか捕獲して連れて帰る。
帰ればヤツらはシッポを振り甘えた声で主人に甘える。だから! 最初から! 逃げるな!
アホらしくてもう辞めようと何度も思ったが、ついつい窓ガラスの張り紙をはがし忘れて毎回依頼が来る。
全くアホらしい。
アホらしいが仕事である以上、依頼は受ける。
「ウサギを見つけて欲しいんです」
吉田と名乗った初老の男が言った。
「迷いウサギですか」
俺はふーむと頷いた。ウサギも逃げるのか。まぁ亀が脱走するくらいだから、ウサギも逃げるだろう。
「いえ、迷ってる……わけではないんです。むしろ、私が迷っているというか」
吉田は、困ったように言った。アハン?
「うさっぴが……うさぎの名前ですが。うさっぴがいる場所は分かっているのです。ですが、私には見つけられない」
そう言われ、渡されたメモのままやってきたのがここだ。宇佐野ウサギさんのお宅だ。お宅というか、お屋敷だ。
洋風の二階建てで、庭もきっちり手入れがしてあって(定期的に庭師が来るに違いない)名前が珍妙な以外は取り立てて言及することもない、そこそこの、普通のお金持ちの家。
がっしりしたレンガ造りの門についている、カメラ付きのインターフォンを押す。
ピンポーン。
応答はない。
(仕方ない、出直すか)
そう思って踵を返そうとした矢先、二階の窓がばあんと開いた。
「こんにちはッ名探偵さんッ! もうすぐ来る頃だと思っていたのよッッ!」
派手なババ……げふん、ご婦人だった。総白髪は綿飴のようにセットされていて、そこかしこにピンクのリボンが付いていた。紫のサングラス、そして何故だか真っ赤な振袖を着ていた。達磨みたいだ。
「吉田さんから聞いてるわッッ! 玄関の鍵開けてあるわヨッ! さあ上がってッ!! さあ!」
俺は正直、この時ほんとに帰ろうと思ったのだ。
ほんとにほんとに帰って、ザッとシャワーを浴びて、奮発して買った本物のビール(発泡酒じゃない)を飲んでのんびりしてやろうと。
しかし、俺のほんのちょびっとの仕事に関する矜持が、俺をこの屋敷に足を踏み入れさせた。うさっぴの行方も気になった。少しだけな。
そこは、真っ白なーーウサギ畑だった。
否、見渡す限り一面、白ウサギの群れ。
「なんじゃこりゃ」
「ウサギよッッ!!! 初めて見た!?」
1歳児ほどの大きさがありそうな巨大ウサギを抱っこして二階から降りてきた宇佐野は声高に言った。
「可愛いデショッ! 耳がッ!」
「……可愛いですね」
反論とかする気になれなかったのだ。俺はただ宇佐野の言うことを繰り返した。
「耳が」
宇佐野は満足したように勢いよく頷いて「耳がねッ! 人間はツマラナイ! 長くないものッ!」と言った。
いやほんとどうしようこれ帰りたい…….もうこの中のウサギ適当に回収してうさっぴってことにしようか、などと考えていると「どれがうさっぴか分かった!?」と宇佐野は言った。言ったというか叫んだというか。
「……、いえ」
「そうッ! わたしにも分からない!」
「うさっぴ以外のウサギは、あなたのペットですよね?」
「ぺえええええええっと!!!!!!!」
宇佐野がひときわ大きな声で叫んだ。
ものすごい声量だった。思わず耳を押さえる。
その瞬間だった。
驚いたウサギたちは、その長い耳を使って、その長い耳をバタバタと羽ばたかせて、飛んだのだ。
フワリと。
「えっ!? 飛ん、えっ!?」
俺が目の前で起きていることが信じられず、ただオロオロとそれを眺めていると宇佐野はさらに叫んだ。
「こおおおの、可愛いいぃーーィ、可愛イイイイーーィウサギちゃん達がッッペットオオオオオ!?」
「うるさい黙ってください、……飛んでる! ウサギが!」
「アァアったり前でしょおおおお!? ねえええ探偵さんッ! ウサギを! 数える単位ッは!?」
「……羽です。1羽、2羽」
「じゃぁアァア、飛ぶに決まってるじゃないッ!」
「滅茶苦茶だ!」
飛びまくるうさぎたちの爪がさっきから顔やら首やらに当たっている。地味に痛いし、多分ちょっと腫れると思う。
「……あれ」
俺はその時、飛びまくるウサギの群れの下を右往左往する「普通のウサギ」を見つけた。
ぴょんぴょんと跳びはね、逃げ惑っている。
「……あれだ」
あれが、うさっぴだ。
どうやら宇佐野のウサギは飛ぶらしいからな。飛ばないウサギは普通のウサギだ。普通のウサギはうさっぴだ。
少なくとも、この屋敷の中だけでは。
俺はゆっくりとうさっぴに近づいた。ウサギってどうやって呼べばいいんだ? えーと。
「るーるーるーるーるー」
「鹿ッ! 鹿を呼ぶ声がするワッ!!」
違ったらしい。
まぁとりあえず、るーるー言いながら近づいてくるニンゲンに怯えて動けなくなっていたうさっぴを、そっと腕の中に抱き上げた。
相変わらず固まっているが、まぁ主人のところへ返せばじきに落ち着くだろう。
振り向いて、宇佐野さんにうさっぴを見せる。
「この子がうさっぴです」
「アラー! アラアラアラ!! 本当に腕がいいのね探偵さん! もう見つけたのッ!」
「はい、ええ、おかげさまで……」
「ええ、ええええそうでしょうとも、私のおかげでしょうともッ!」
満足気に頷く宇佐野に暇を告げて、俺はうさっぴを抱きかかえたまま屋敷を出た。
門を出ても、しばらく頭の中にはまだ宇佐野の声が響いていた。ひどいもんだ。
「すっげえうるせぇババ……、じゃない、ご婦人。ミセスベリービッグボイスだったな」
そう言ってうさっぴを撫でた。
少しぼおっとした頭のまま、すぐ近所の吉田の家のインターホンを押す。
玄関から転げるように出てきた吉田は、俺の腕の中のうさっぴを見るなり涙した。
「う、うさっぴ」
うさっぴも心なしか嬉しそうに鼻をぴすぴすと動かした。一件落着だ。
「よくわかりましたね、あの大量のウサギの中で」
「いえ、まあ。ところで、うさっぴに間違いありませんか」
「ええ、この顔つき、肉球のほくろ。間違いありません」
ほくろとか特徴あったんかい。言うとけや。
俺の中の関西人がそう言ったが、俺はそれをおくびにも出さず「では料金は振込で」と告げ、書類に印鑑をもらった。ぺたり。
ふうとため息。
「とんでもない一日だ」
事務所に戻り、コーヒーを飲もうと湯を沸かしていると、インターホンが鳴った。
面倒くさいと思いつつもドアを開けると、宇佐野がいた。
「アラアラアラ探偵さんッ! おつかれのようネッ!」
「……おかげさまで」
「そうでしょうともッ!」
「なにか俺忘れ物でもしましたかね?」
「いいえッ! 依頼よッ」
宇佐野は胸を張った。張ったが、どこが胸だか腹だか分からないが、とにかく堂々としていた。
「あのキャワイイッウサギちゃんたちのどれか1羽に、そのキャワイイ長アイお耳にねッ、私の亡きダァリンの遺産、30億円の在り処が書かれたマイクロチップが埋まっているワッ!」
「……は?」
「それを! 見つけて頂戴!!」
「……は!?」
「今日中ネッ!」
「はぁ!!?」
「ヨロシクネッ」
にっこりと笑う宇佐野。
呆然と立ちすくむ俺。
果たして、30億円は見つかったのか。
なぜ宇佐野は30億円を探していたのか。
あのウサギたちはなんだったのか。
しかしまぁ、俺がまたもや傷だらけになりながら奮闘した話は、また次の機会があればって感じにさせてもらおうと思う。
とりあえず今日は、ほんと、眠い。
アルパカと猫を詰めてみた(短編詰め合わせ) 西野紫 @kusenbou
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