雲アルパカの空還り

 夏が来た。

 夏が来たならば、雲アルパカに注意しなくてはならない。

 ある一定の気象条件が整うと、夏の入道雲は雲アルパカに変質する。


 そして地上に降りてくるのだ。


 降りて来た雲アルパカは、もぐもぐとそこらじゅうの植物を食べてしまう。

 だから農家さんなんかは特に大変で、雲アルパカ避けを立たなくてはならない。

 雲アルパカ避けは白いじょうぶな和紙で作られた不思議な紙のお面だ。

 金で縁取られた黒い線で四つの目(右に2つ、左に2つ)が描かれていて、中央になんだか読めない漢字が書かれている。

 それを、畑や田んぼの四隅に竹にくくりつけて立てなくてはならないのだ。

 そうすると、もうその中に雲アルパカは入れない。恨めしそうにふうううん、ふうううん、と鳴くばかりである。


 僕は一度興味本位で、そのお面を破こうとしたことがある。小学生の時だ。

 ほんとうにこんなお面だけで雲アルパカが入らないのか、試してやろうと思ったのだ。

 大人たちに見つからないように、破くためにこっそりぺらりとお面を持ち上げると、反対側におじさんの顔があった。

重くないのに、きっちりと人間のおじさんが、決して二次元的ではなく三次元的に存在していた。


「いけんよ、破いたら」


 おじさんがそう言うので、僕は素直に紙を戻した。

 どっどっどっどっという心臓の音が酷くうるさく、僕は汗だか冷や汗だか分からないものを垂れ流しながら、家に走って帰った。


「タツオ、あんた帰ったなら宿題しんさい」


 祖母がそう言ったが、聞こえないふりをして布団に潜り込んだ。

 おじさんのことは誰にも言えなかった。


 その日の夜に高熱を出した。

 熱帯夜の暑さと、自身の高熱でゴロゴロしているとにわかに庭が騒がしくなった。

 窓からそっと見ると、たくさんの雲アルパカたちがいた。

 雲アルパカたちは揃って空を見上げていた。天頂にはまん丸の月がぽかりと浮かんでいた。

 雲アルパカたちは月に向かって首を伸ばした。もう伸びないだろ、というくらい伸ばすと、さらにしゅるしゅるしゅるるとアルパカたちの首が伸びて行った。

もう頭が見えないくらいに伸びきると、身体が半透明になって、ゼリーみたいにふるふる、ふるふると震え、やがてぱしゅんと弾けて消えた。

 残ったのは水と、ゼリーのカケラみたいな、クラゲの死体みたいなやつだけだった。

 空を見ているとなんだかひんやりとして、眠くなった。

 翌朝、熱もすっかり下がって庭に出てみると、なんとなく地面は湿っているような感じはした。

 庭に出て来た祖母に昨夜の話をする。


「それは雲アルパカの空返りやで、いいもん見たなぁ」


 雲アルパカはああやって空へ帰るのだという。


「なんかキモかったで」


 と素直な感想を述べると、祖母は「まぁ子供からしたらそげんかね」と笑った。

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