第49話 エリザベス


 今日はいつもにも増して気合いの入った坊ちゃんファッション。

 ……もちろん気合いが入ってるのはミーナだ。髪も整えて貰った。ジローはストライプの大きなリボン。ラキルなんて白いスーツだ。汚しそうで怖い!

「……これで良し。お二人共、何処に出しても恥ずかしくない貴族様ですよ!……人の振る舞いは服装で変わるものです。自信を持っていってらっしゃいませ」

 笑顔のミーナに送り出され、馬車に乗り込んだ。


 リッツ邸はラートハイム邸からお城を挟んで西側の高級住宅街にあった。

 ラートハイム邸だって大きくてビックリしたけど、リッツ邸はさらに大きなお屋敷だった。門から馬車で庭に入ると、まるで森に入って行くような感じがした。

 出迎えてくれたのはマクシミアンと坊ちゃまの執事。

「ようこそリッツ邸へ」

「本日はお招きにあずかりありがとうございます」

 ラキル、すごく落ち着いてる。大人!

「こんにちわ。奥へ、どうぞ」

 坊ちゃまは棒読みだ。

 重厚なドアが開かれ屋敷の中に入ると、両脇にズラッと執事とメイドさんが並び、一番奥の正面に椅子に座った女の人が居た。

 女の人が近づいて来た。椅子は車椅子だった。

「初めまして。エリザベス・リッツです」

 この人がマクシミアンのお姉さん……とても、とても綺麗な人だ。緩くウェーブのかかった栗色の髪。同じく栗色の大きな目。ふっくらとした艶やかな唇。透き通るような白い肌……でも病人の青白い顔色ではない。

 漫画なら背景に薔薇や百合の花が咲いてキラキラしていそう。

 ラキルが一歩前へ。

「ラキル・ラートハイムです。お目にかかれて光栄です」と言うと……ひざまずいて、手を取ってキスをした!

 ええ!そんなの教わってない!

「ようこそおでくださいました……まぁ。貴方がジローちゃんね?」

「ワン!」『こんにちは!』

 ジローがいつの間にか、ラキルを押しのけるように前にお座りし、尻尾を振っている。

 僕も慌てて挨拶。

「あ、あの初めまして……タナカタロウです」ぎこちなく頭を下げる。

「タロウさん。今回は弟がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございませんでした」

 エリザベスさんは、僕の目を見てそう言ったあと、両手を膝の上に揃えて頭を下げた。

「そそそんな事、ないです」

 うわぁ緊張してどもった!

「ありがとうございます。そう言って下さって嬉しいわ。どうぞ、弟ともわたくしとも、仲良くして下さいね」

 ニッコリ微笑むエリザベスさん。背景に後光と花びらを撒く天使たちが見えた。


 案内された食堂で席につくと、次から次へと料理が運ばれてきた。

 ───貴族の『ささやかな』を信用してはいけません……ミーナの言った通りだ。

「どうぞ、遠慮なさらず召し上がって下さいね。……ジローちゃんもね」

「ワフ!」『いただきまーす!』

 僕達はワインで乾杯。

「なんだか仰々しくなってしまって……当家にはあまりお客様がいらっしゃいませんし、実は私がお客様をご招待したのは初めてなんです……。それで皆、張り切ってしまって」

「……いえ、実は私共も、こういった場には不慣れでして。無作法がありましたらお許し下さい」

「まぁ。ラキル様ほどの方でしたら、あちこちの貴族からお誘いがお有りではなくて?」

「いや、私は修行のため、しばらく実家から離れておりましたので……」

 なんかラキルがいつもと違う。

 やっぱり貴族育ちだから?……いや、それだけじゃない。だってカッコつけてる感がハンパない……。マクシミアンもさっきからチラチラとラキルを見てる。

 うん。わかる。エリザベスさん凄い美人だもんね。


 エリザベスさんは僕とラキルの普段の生活を知りたがり、僕達が冒険者だと分かると、興味深く色々と質問した。

 さっきまで無口だったマクシミアンも時々口を挟みながら、話を聞いていた。

 食事が終わりデザートがなくなったあとも話は尽きず、場所を変えてお喋りした。

 話が一段落したところで、

「ところでミアン。タロウさんにちゃんと謝ったの?」

「えっと……」

 マクシミアンが下を向いてモジモジしてる。この子、お姉さんの前だと凄く普通。

「ミアン。貴方もう、十七才でしょう?」

 同い年!……同い年か!

「タロウ、さん……ごめんなさい」

「いいよ、そんなの」と僕。

「……また、来ていいぞ」

 ……そこは「来てください」だろ、もう。ま、いいか。

「オレも、来ていいか?」

「!はい!ぜひ、来てください!」

 えぇ……ラキルに態度が違う……。

「バウ!」『ボクも!』

「もちろん、ジローちゃんも一緒に来てね。……ラキルさん、タロウさん。私たち、お友達になれたと思って宜しいかしら?」

「ええ、もちろんです!オレの事はラキルと呼んで下さい」

「ありがとうラキル。……ミアンのお陰で、私、一度に二人……いえ、三人もお友達が出来たわ!ありがとうミアン。最高のプレゼントだわ」

「姉上……!」

 マクシミアンの笑顔を初めて見た。


 エリザベスさんとラキルが話し込み、ジローはエリザベスさんにペッタリくっ付いて撫でられていて、気持ち良さそう。

 何となく僕とマクシミアン二人になってしまった。気まずい……!

「えっと……マクシミアンのお姉さん、凄く綺麗だね」

「……うん。姉上は貴族の中でも一番綺麗だ」

「……うん、きっとそうだね」

「……ミアン」

「え?」

「……ミアンて呼んでも、いいぞ……いいよ」

「あ、うん。ミアン、よろしく」

「その代わり……泣いちゃった事は、内緒だぞ!」

 ミアンは顔を赤くして言った。

 僕に同い年の友達が出来た。ミアンは知らない事実だけど。


「綺麗な人だったね」

「ああ、綺麗な人だったな……」

 帰りの馬車の中、ラキルはずっとニヤニヤしてた。

「しかも、綺麗なだけじゃないんだ、リズは。優しくて教養もある。上品だけど他の貴族と違ってお高くとまってなくて……世間ズレしてないっていうか……」

「ラキル、一目惚れ?」

「え!?……いや、まあ……どうかな」

 あ、否定しない。……そっかぁ~、そうなんだ……うふふふふ。うん、ラキルとエリザベスさん、お似合いだと思う!僕、超応援するからね!

「病気には見えなかったね。もう、治ったのかな。でも車椅子だったし」

「……タロ、気付かなかったのか?」

「?」

「病気ってのは……たぶん嘘だ。……彼女、足がない……両方とも」

 えっ……。全然、気付かなかった。だって、ドレスで隠れてたし……。

 ラキルは、車椅子が移動する時に気付いたって。でも気付かないフリをしてたって。

「その方がいいだろ?……多分、辛い経験があったんだろうしな……リズが話したくないなら、ずっと聞かないつもりだ」

「そうだね。うん、僕もそうする」

「だよな!」

 そう言ってラキルは、僕の頭をくしゃくしゃってした。


 お屋敷に帰ると、ミーナが出迎えてくれて「いかがでしたか?」と聞かれた。

 凄い豪邸だった、使用人が並んで出迎えてくれた、エリザベスさんは美人で優しかった……等々を話した。

 アランが加わり、リッツ邸の使用人から聞いた話をしてくれた。御者として同行したアランは、別室でもてなされ、使用人たちとお喋りしていたそう。

 ラキルがエリザベスさんから聞いた話も総合すると、何となくリッツ家の様子が分かってきた。


 リッツ家は王族の中では格が下なので昔から見下されていて、領地は人の住めないような山地で、先代の頃は貴族の体面を保つのも難しく、相当苦労したらしい。

 現当主……ミアンのお父さんはそれを撥ね返すべく、冒険者達を連れて領地の山へ行き、魔物に襲われながらもみずから木を切り出し、鉱石を掘り出し、輸送ルートを開拓し、商会を立ち上げた。貴族なのに苦労人だ。

 結婚してエリザベスさんとミアンが生まれ、商会も軌道に乗って来た頃……奥様が亡くなった。その時、ミアンはまだ三才。

 最愛の妻を亡くして、リッツ氏はさらに仕事に打ち込むようになり、商会は大きくなった。

 リッツ氏はミアンを次期当主として、次期経営者として教育するため、ミアンに厳しいらしい。ミアンもお父さんの期待に応えようと一生懸命だそうだ。

 エリザベスさんは使用人にも親切で、聡明で気高く美しく、優しいが芯が強く……使用人達から絶大な信頼を置かれているようだ。


「アランは、エリザベスの足の話は聞いてないか?」

「足?ですか?……いえ、お体が弱く、滅多にお出掛けにならないとはお聞きしましたが」

「……本当は、足の事を気にして外に出たくないのかもな」

「うん……そうかも。病気には見えなかったし」

「でさ、タロ。次はいつ行く?」



 

 




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剣と魔法と冒険のある生活。(仮) ぱぁと @sinzow

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