第48話 執事の攻防


「……そう、そんなにご執心なら、そのうち正式に申し込まれるかしら」

「まぁそうなれば逆に、正式に断れる」

「そうね。タロウ、その子とジローちゃんと、一緒に遊んであげたら?」

「はい」

「明日も来るかな?俺がハッキリ言ってやるよ!」

「ラキル、相手は貴族ですからね。丁重にね」

 夕食後のリビングで、お茶を飲みながらの会話。


 ───その少し前。

 今日の夕食には、肉うどんが出た!

 だから夕食の時はうどんの話で持ち切りだったんだ。

 ジャンはうどんを一本一本、丁寧に丸めてお皿に盛り付け、その一つ一つの上に味付けして細く切った肉を乗せて全体に香草を散らし、つゆはゼリー状にして刻んであって、まるで飾りのようにうどんの隙間と周りに配置され、輝いていた。

 肉うどんが高級料理になってる……!

 確かにコレならフォークとスプーンで食べられるし、つゆも飛び散らない!やっぱりジャンは凄い!

「タロウ様と研究した、『冷製肉うどんジュレ寄せ』……で、ございます」

 ってジャンは言ったけど、これはもう、僕の知ってる肉うどんじゃないから!ジャンの特許にして!

 ラートハイム夫妻も喜んでくれて、特にエリスさんはうどんの食感が気に入ったようで「他のお料理でも食べたいわ!デザートにもなるんじゃないかしら」って言って、ジャンがさらにやる気になってた。


 ───そんな訳で夕食後のお茶の時間に昼間の話をしたんだけど、軽く流された。

 ジローと遊びたいだけなら、そう言えばいいのに。ジローが嫌じゃなければ……僕はちょっと嫌だけど。

 あの様子だと、また来るだろうな~、はあ、憂鬱。


 ───来た。

 今日も塀からにゅっと。

「こんにちわ!」

「失礼致します」

「こんにちは……。……良かったら、ジローと一緒に遊ぶ?」

「違う!ボクが買うって言ってるんだ!いくらだ!」

 ……このガ……このガキ!!

 さずがに頭に来て、何か言い返そうか、それとももうずっと無視してやろうかと思ったところへ、いつの間にかゲンが来ていて、

「タロウ様、一度、ちゃんと話をされた方が宜しいのでは?」と僕に言い、塀に近づいて

「───リッツ様。あいにく当主が不在の為お部屋にご案内は出来ませんが……庭でお茶でも如何ですか?庭師の育てたピオニーが見頃でございます」

「これはかたじけない。坊ちゃま、せっかくですからお邪魔いたしましょう」 

「では、どうぞ門の方へ───」


 ピオニーはエリスさんとミーナが大好きな花で、アランが大切に育てている。とても豪華な大輪の花で……日本で言うと牡丹かな?まさに今が見頃、何十もの花が所狭しと咲き誇っている。

 その近くにテーブルと椅子がセットされ、あっという間に白いテーブルクロスが掛けられて、僕と坊ちゃまが向かい合っている。

 ラキルも出て来て(自分で椅子を持って来て)座った。

「よう、オレはラキル。えーと、君の名前は?」

「マクシミアン・『ド』・リッツだ。……お前は?」

「……タロウだよ」

「お前、貴族だったんだな。でも、ボクは『ド』だからな!」

 ラキルが呆れた顔をした。

「僕は貴族じゃないよ。しばらくの間、このお屋敷でお世話になってるんだ」

「なんだ、やっぱりそうか!貴族に見えないと思ったんだ!お前も───」

 ラキルが軽く坊ちゃまを睨んだ。坊ちゃま、ちょっとビクッとする。

「───お前はいいや。あの犬の主人はこっちなんだろ?」

 ラキルが口を開きかけた時──

 ススッ「坊ちゃま『タロウ様』です」

 執事が牽制。

「……タロウ。犬を、売って、ください。いくらなら売ってくれるんだ?」

 ラキルが口を───

「お茶が入りました」

 ミーナがスポンジケーキとクッキーの載った皿を三人の前に置き、ゲンがお茶を注いでまわる。

「ボクの家は、貴族だぞ。ボクが次の当主になるんだぞ!犬を売ってくれなかったら───」

「坊ちゃま」

「売ってくれなかったら、何だ?」

 ついにラキルが口を挟んだ!

「ウチに嫌がらせでもするのか?やってみろ。俺が仕返しに行くぞ。タロとジローに手出しでもしたら、その時はお前の命は保証出来ないからな」

 ラキル、子供相手に容赦ない!

 ススッ「……ラキル様、物騒な事を仰られては困ります。マクシミアン様はまだお小さいですが、王家の血筋、当家の次期当主でございます。失礼ですがそちらは───」

 カチャ。ゲンが珍しく、音をたてた!

「ええ、ラキル様。こちら様の仰る通りでございますよ。当家の主人は王の覚えもめでたい騎士団の長、貴族同士の争いとなっては両家共に只では済みません」

「……ええ、その通りです」

 微笑み合うゲンと坊ちゃまの執事───バチバチッ!──今、二人の間で放電があったような……。

 坊ちゃまは涙目で固まっている。ラキルはポリポリと頭をかいた。

「……言い過ぎた。悪かったな」

「……なんで、何で売ってくれないんだよ!」

 坊ちゃま泣き出した!

 しかも堰を切ったように、わんわん泣いてる……。やっぱり、まだ子供なんだよな……ちょっと可哀想……。

「マクシミアンは、何でそんなにジローが欲しいの?他の犬じゃダメなの?」

「……だってあんな犬、他に居ないじゃないか!」

「ジローが珍しいから?」

「違う!」

「坊ちゃま……理由をお話ししては」


 泣きじゃくる坊ちゃんから聞き出した話を要約すると、こうだ。

 マクシミアンには少し年の離れたお姉さんがいる。お姉さんは病弱で、屋敷から出れなくて、いつも部屋で本を読んでいる。そのお姉さんが、真っ白で大きな犬を欲しがっている。

 執事が話を補足。

 マクシミアンのお母さんは、マクシミアンが赤ん坊の頃に亡くなった。お父さんは商会の仕事で忙しく、あまり家に居ない。マクシミアンはお姉さんを母親代わりに育った。

 お姉さんは今まで、何かを欲しがったという事がない。初めて、絵本に出て来る白い大きな犬を見て「こんな犬が欲しい」とマクシミアンに言ったらしい。

「姉上にプレゼントするんだ。……ボクのお金全部やるから!足りなければ父上にもお願いするから!だから、犬を、売って、ください!」

 ……気持ちは分かった。この子が思ったより悪い子じゃない事も。余計に困った事になった……。でも、ハッキリ断らないと。

「ごめんね、ジローは僕の友達で、家族なんだ。だからお金をどんなに貰っても、売る事はないよ」

「そんな……!」

「なあ、マクシミアン。お前、姉上が好きなんだろ?姉上を売れるか?」

「!」

「金で何でも売り買い出来ると思うな。わかるか?」

「……!」

 ラキル、カッコいい。

「……坊ちゃま、諦めましょう」

「駄目だよ……姉上に言っちゃったんだ……楽しみにしてるんだ……」

「ちゃんとお話すれば、分かっていただけます」

「ねえ、僕とジローがお姉さんの所へ遊びに行くのじゃダメかな?」

 ジロー、女の人好きだし。

「……」「それは……」

「嫌なのか?」

「……坊ちゃま、エリザベス様にお聞きになってみては?」

「……分かった」

 

 マクシミアンは彼の執事に手を繋がれて帰って行った。

 いつもふんぞり返っていたけど、心なしか肩を落とし、とぼとぼと歩く後ろ姿は普通の子供だった。


「とりあえず、一件落着か?」

「そうでございますね。もう『売れ』と言ってくる事はないでしょう」

「うん。でも、ちょっと可哀想だね」

「……姉さん病気だって言ったよなぁ。王都の回復師で治せないのか」

「難しい病なのでしょう。ナイル様でしたら、治せるかも知れませんね」

 そうか、師匠なら……。師匠元気かな?


 次の日、僕とラキルとジロー宛に招待状が届いた。

 差出人はエリザベス・ド・リッツ。

 マクシミアンのお姉さんだ。お姉さん主催の、昼食会へのお誘い。

「なんで俺まで……」

 ラキルは躊躇してたけど、僕一人じゃ不安だし。僕達はもちろん、行くことにした。


「違います、タロウ様。手前を押さえて……そうそう」

「……ラキル様、少々一口が大きいのでは」

「食った気がしないなぁ」

「ラキル様。口の中が空になるまで口を開けてはいけません」

「タロウ様、緊張することはありません。美味しく頂けば良いのです」

 ゲンとミーナによるマナー教室。

 僕がお願いしたんだけど、ラキルが結構注意されてる!

「……昼飯だから、そんな気負きおわなくてもいいんじゃないか?」

「貴族の『ささやか』『気軽に』は信用してはいけません」

 ミーナ、説得力がある。


 そして約束の日になった。

 




 



 


 

 

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