第47話 貴族の子


 肉うどんはゲンとミーナ、アランにも好評だった。けどやっぱり、

「旦那様と奥様にお出しするには、もう少し召し上がり易くしないと」

 と言うミーナにみんな賛成。

 フランツさんとエリスさんも期待してくれてたから、何とかしないと……。

「大丈夫です、タロウ様。まだ、試作品ですから」とジャン。

「うん、僕も考えてみる」

 別に、うどんにこだわらなくてもいいんだし。ナイフとフォークで食べられるもので、和食を考えてみよう。

 ジャンはうどんの生地も出汁も、もっと研究したい、しばらく時間を下さい、と真剣な顔で言った。ジャン、やる気だ!


 いくつか思い付いた料理があるんだけど、しばらくはジャンの邪魔をしないようにしよう、と決めた。


 今日は快晴!

 しばらくジローと出掛けていなかったので、午後は二人で散歩に行く事にした。

 お屋敷の庭が広いから、ジローが運動不足になる事はないんだけど、僕が久しぶりにジローと散歩したかったんだ。

 ラートハイム邸からお城前の広場まで、歩いて一時間くらいだと思う。広場まで真っ直ぐ一本道だから安心。

 僕がジローと散歩に行く、と言うと

「では、紐を付けて行かれないと」

 とゲンに言われた。

 他の街ではリードを付けた犬は見たことが無かったけど、王都では……というか貴族が連れている犬は、首輪とリードをつけている。馬車が行き交っていて危ないせいもあるけど、自分の所有物である事を示すためと、誘拐されないようにだって。

 ミーナが長い紐をもってやって来て、

「ジロー様にこんな物、必要ないと思いますが……うるさい貴族もりますからねぇ……はい、出来ました」

「ワフ!」『わーい!』

 首輪がないので、紐の先を輪っかに縛って首に掛け、その上から赤いリボンを結んでくれた。


 お屋敷を出て、高級住宅地をのんびり歩く。

 連なる豪邸の庭は木々やたくさんの花が手入れされ、池のある庭や彫刻のある庭、趣向を凝らした門……たまに瀟洒しょうしゃな馬車とすれ違う以外は、人も歩いていない。

 ここ、散歩コースには最高!

『久しぶりだね~』

「うん、二人きりでお散歩、久しぶりだね」

『コレ!コレ!』

 ジローが紐を咥える。

「ああ、そっか。リード嫌じゃない?」

『イヤじゃないよ!』

 ジローはご機嫌。

「でも、長老と双子には内緒だよ?」

『?』

 ───ライラプス様に紐を掛けるとは……!って、きっとなるから。

 

 しばらく歩くと目の前が開け、広場に出た。中央にある大きな噴水が飛沫をあげ、キラキラしてとても涼しげ。周りには沢山の人がいる。楽器を弾く芸人さん、立ち止まってお喋りする人。貴族も冒険者も、ここでくつろいでいるようだ、

 僕はお城の正面に行って、噴水の縁に腰掛けた。


 ゲンが持たせてくれたおやつを食べながらお城を眺めた。

「はあ~、大きいなぁ。本物のお城を見れるなんて、考えてもみなかった」

『ホンモノって?』

「───おい、お前!」

「だってこの中に、本物の王様と、本物の王子様とお姫様が───」

「おいってば!!」

「ん?」

 声のする方を見ると、身なりのいい子供が腕を組んでコッチを見ている。隣を見てもジローしか居ないし。僕?

「ワフ?」『だれ?』

「……僕に何か用?」

「そう。お前……ってゆーかその犬!いややっぱりお前!」

 何この子。

「その犬はお前のか?」

「……そうだけど」

「その犬をボクに売れ!」

 ……は?なんなんだ、このガ……子供は。

「坊ちゃま、その様なおっしゃりかたでは駄目だと……」

 子供の後ろに控えていた若い男の人が、ススッと寄って耳うちする。聞こえてるけど。

「なに?何がダメなんだ?」

「まずは名乗られては如何でしょう」

「ああ!そうか!……ボクはマクシミアン・ド・リッツ!」

 ……。

 えっへん!て感じで言われても。僕も名乗るべきなのかな?イヤ、嫌だな。

「……おい。『ド』だぞ、ド!」

「……」

「……こいつ、バカなのか?」

 スス……「ビックリなさったのでしょう」

「そうか。犬を売れ!」

「売らない。行こう、ジロー」

 変なのに捕まっちゃった!と思って僕とジローが立ち上がると

「坊ちゃま、私が話してみましょう」

「許す!」

 ススッと若い男が僕たちの前に立ちはだかった。

「我が主人が大変、失礼致しました。こちらは、王家に連なるリッツ家の御長男でございます。主人が、こちらの美しい犬をご所望なのでお譲り頂きたいのです。ご希望の金額を仰ってください」

 そしてスッと僕の耳に口を近づけ、

「かなり吹っ掛けても大丈夫ですよ」

 と小声で言った。

「売れません。失礼します」

 僕は頭を下げて紐をギュッと握り、足早にその場を立ち去った。後ろから

「え?おい!待て!待ってよ!」

「坊ちゃま、出直しましょう」

 と聞こえて来て、一度だけ振り返って見ると、子供は泣きそうな顔になっていた。


「いきなり何なんだ、あの子」

『あの子面白かったね!』

「面白くないよ!貴族なんだろうけど、偉そうにして」

『頑張ってたよ?』

「……頑張ってた?……いきなりジローを売れなんてさぁ……」

 プリプリしながら来た道を戻る。

 王家に連なる……って言ってたな。リッツ家だっけ。王族ってやつなのかな。セラが言っていた「王族に気を付けて」って、この事?───面倒なことにならないといいんだけど……。


「リッツ家?知らないな」

 とラキル。

「知ってるわ。王族でしょ?リッツ商会の」

 とエリスさん。

「ああ、そのリッツ家か。モグモグ……王族でも末端だ」

 とフランツさん。

「ええ、貴族としての位は私たちと変わらない程度よ。でも凄いお金持ちね」

「ま、ウチも一応貴族だ。変な真似はしないだろう」

「ジローちゃんは素晴らしく可愛いから……今回は相手が子供で良かったけど、誘拐には気を付けてね?」

 どうやら、相手は王族だけどそんなに心配する事はないみたい。

 けどエリスさんの言う通り、ジローは可愛いし、目立つし、やっぱり出掛ける時は馬車にしよう。……でもジロー大きくなっちゃって馬車は狭いし、ここの庭で遊んでた方がいいのかも。せっかく最高のお散歩コースがあるのになぁ。

 それから色々聞いてみると、貴族で名前に『ド』が付くのは王族なんだって。そういえば、やたら『ド』を強調してたな。

 王族でも王家から血筋が遠のくほど、権力が弱まっていくらしい。『ド』の中でも階級があるってこと。リッツ家は一番下。

 だけどリッツ家は『リッツ商会』という、たぶん大きな会社を経営していて、凄く羽振りが良いらしい。その意味では権力がある……貴族って面倒くさい。


 その夜、日記を書きながら思った。

 あの子……マ……ナントカだっけ?あれじゃ友達いなさそう。ああでも……あーゆーヤツ、同級生に居たな、いつも偉そうで……でもそう言えば僕も、友達って言えるほどの子は居なかった……寝る前に嫌なこと思い出しちゃった!

 ───あの時、もしキラさんとララさんが居たら、あの子タダじゃ済まなかったぞ……そんな想像をして溜飲を下げ、ベッドに入った。


 翌日。

 ジローと庭で遊んでいると、ふとジローが通り沿いの塀の方を見た。

『あ!』

「ん?……あ!」

 お屋敷の塀は、僕の胸のあたりまで石積みで、その上に鉄製の高い柵がある。その石積みからっと昨日の子供が顔を出した。にゅにゅにゅ。さらに子供の顔は上に上がってゆき……執事?護衛?昨日の若い男も顔を出す。肩車されてるのか。

「失礼致します……ほら坊ちゃま」

 執事?がニッコリして言う。

「こ、こんにちわ!」

 マなんとかが顔を真っ赤にして言った。

「……こんにちは」

 無視して屋敷の中に入れば良かったのに、つい挨拶してしまった。

「どうか、犬を、売って、ください!」

 ……棒読みだ。その執事に言われて練習したな?丁寧に言ってもダメだけど。

「……売れないよ。ゴメンね。行こう、ジロー」

「おい!待て!」

「出直しましょう、坊ちゃま」


 昨日の今日で、僕とジローがラートハイム家に居る事がバレてる。……昨日、つけられた?……いや、真っ直ぐな一本道で隠れる所もないし……。こわ







 

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