第46話 うどん
次の日。
朝、ラキルが「ギルドに行くか?」と誘ってくれたけど、僕は「ジャンと約束がある」と断った。
「ジャンと?」「ジャンと」
ラキルとそばに居たゲンも、不思議そうに僕を見た。
「魚粉ですか……」
「ジャン、漁村で育った漁師さんは、みんなこの味で育ったって。骨が強くなるんだって!それに食べる魚粉は、肥料になる魚とは別の魚で作ってるんだよ……とにかく、味をみて……お湯沸いた?」
「は、はい」
まずお湯に魚粉を混ぜただけで味見してみる。うーん、美味し……くはない。
「私もいいですか?」
……。
「なるほど」
「たぶん、醤油を入れたら美味しいんだ!」
「しょうゆ……魚ソースですね」
醤油を少し垂らして飲んでみる。……うん!美味しいと思う。ジャンはどうかな?
「ほう……」
「……どう?」
「不味くはないのですが……やはり魚の臭みがありますね。もう少し……いや、これを消すには……」
ジャンがモードに入った!よし!
僕達は魚粉の量を変えたり回復水を使ってみたり、色々試してみた。臭みを消す定番はアルコールだそうで、いろんなお酒を使って煮切ってみた。
結果、ジャンは白ワインならいける、と判断。僕はちょっと違う、と思う。日本酒ならいいんだろうけど……。
何度も味見をして、よく分からなくなって来た。しばらく膠着状態。それで、ジャンの選んだ出汁と、僕の選んだ出汁をラキルとゲンに味見して貰う事になった。
「オレはジャンの方が旨いかな」
「……どちらも美味しいですが、私はタロウ様の方が好みです」
うーーーん。
「……ジャン、タロウ様。これはダシだと仰いましたね。合わせる食材によって、どちらも使えるのでは?」
「……!!」
「あ!そうか!」
「タロウ様、申し訳ありません。つい夢中になってしまい……」
「ううん、光が見えたね!」
「はい、早速この二つの出汁を活かした料理を……」
僕達が厨房に戻りかけると、
「取り込み中、悪いんだけど……オレにも何か食べさせてくれ」
「もっ申し訳ありませんラキル様!い、今すぐ……」
気付いたら、もうお昼を過ぎていた。ごめんラキル……。そういえば僕もお腹へった。
ジャンはお昼にパスタを作ってくれた。
「申し訳、ありません……急いだので、こんな物しか」
「旨いよ、ジャン」
「うん!凄く美味しい!」
ジャンが作ってくれたパスタは、麺が平らで少し太め。カルボナーラのような、バターと胡椒が効いた白い濃厚ソースだ。
あれ、そういえば……こっちに来てから、麺ってパスタしか見た事ないな。
「ジャン、麺って、パスタしかないの?」
「は?……はい、パスタは麺にしないモノもありますが……」
「ジャン、明日も厨房に行っていい?」
「もちろんです!」
閃いた。出汁に麺……うどん!
ラーメンや蕎麦は無理だけど、うどんなら……うん、いけそう!
「タロ、張り切ってるな~。以外と食いしん坊だったんだな!」
「ラキル、僕の国の料理が出来るかもしれないんだ!完成したら食べてね!」
「へー、楽しみだな」
「それは素晴らしい……私もご相伴に
「もちろんだよ、ゲン!」
その話題は夕食時にもされ、フランツさんとエリスさんも興味津々で「期待してるからな!」と言われ、さらにやる気になった。
そう、やる気だったんだけど……。
一人で部屋に戻り、ノートに『うどん』の手順を書いてみようとして……。
うどんって、小麦粉と水で出来る、って思って「いける!」と思ったけど、実際に作ったことはない。たぶん、小麦粉を水でコネて、足で踏むんだよね。……塩も入れるんだっけ?コネた後、寝かせるのかな?それとも踏んだ後?どれくらい踏めばいいの?何分寝かせるんだろう?
それと、具。
きつね、たぬき、月見……生卵はダメな気がする。油揚げも無いだろう。天かすは作れるけど、それだけじゃ寂しすぎる。せめてネギ!……前に、見た目が長ネギっぽい野菜を買ったけど、味はどちらかと言うと玉ねぎだったんだ……。
さらに大きな問題が。
箸がない。いや、箸は作ればあるけど、誰も使えないよ!フォークで食べる……うどんを?クルクル巻いて……?ラートハイム夫妻は貴族だし「ズズズッと
うどんはダメかもしれない……。
「───って感じなんだよね……」
次の日の厨房。
ジャンに『うどん』がどんな物か説明し、無理かもしれない事を伝えた。
「それで、浮かない顔をなさってたんですね」
「うん」
「ダメで元々、です。研究に失敗は、つきものですから」
「……そうだね!」
「麺は、パスタと同じように作れそうですね───」
ジャンのお陰でやる気でた!
ジャンは手際よく、小麦粉と水を混ぜていく。パスタは水じゃなく卵を入れるって教わった。そして二つに分ける。塩を入れる方と、入れない方。
生地が出来たら、こねる。ジャンは手で力強く。僕は生地を袋に入れて踏み踏み。
「三十分ほど寝かせてみましょう」
その間につゆを作る。
僕は魚粉と醤油だけ。ジャンは白ワイン投入。
寝かせた生地を
「では、茹でます。茹で時間は……」
「分からない」
「ではとりあえず五分で」
ぐつぐつぐつぐつぐつ───。
五分茹でた麺を一本、水で洗って食べてみる。
「ダメ、まだ中が生……あと三分」
「もう少し……あと二分」
「あっ、いい感じ!」
ザルにあげ、水洗いして水を切る。
僕のつゆをつけて食べてみる……。ん!
「美味しい!どう、ジャン!」
「はい、美味しいです」
次はジャンのつゆ……うん。これもアリかも。
「次は塩を入れた麺を茹でます」
「どんどん行こう!」
「───私は塩を入れた麺の方が、食感が良いと思います」「僕も」
「出汁は魚粉だけのものでも良いですね。麺があっさりしているので」「そう!?」
「けれど少し、魚臭は気になります」「そう……」
「これから要、研究です。問題は」「問題は?」
「食べ辛いですね」「だよねぇ」
───まだ始めたばかり!ローマは一日にして成らず!
今日わかった事……生地は塩を入れた方がいい。以上。
麺をこねる時間、寝かせる時間、麺の太さ、つゆの味……具をどうするか、食べにくさの解消……以上すべて、要研究!
「もっと簡単かと思った……」
「味の追求は、終わる事がない、と言います。私は……た、楽しいです」
ジャンがまた笑ってくれた。
ジャンは本当に料理が好きなんだな。
「おーい、今日の昼飯は……」
ラキルが厨房を覗いてる。ジローも。
「は、はい!たたただ今!」
「いや、急がなくていいぞ」
ラキル。肉。……肉うどん!
「ラキル、試作品だけど、食べてみてくれる?」
「お、もう出来たのか?いいぞ!」
「じゃあちょっと待っててね!ジローも」
「ワゥ」『うん』
「タロウ様……だ、大丈夫でしょうか?」
きっと大丈夫!だって作るのはジャンだし。
「えっとね、うどんの具をお肉にするんだけど……」
ジャンの作った白ワインを入れたつゆに、砂糖を入れて煮詰める。イメージはすき焼きのタレ。ジャンに味見してもらう。
「……なるほど」
「ここに、薄切りにした肉を入れて、さっと煮て、うどんにのせるんだ」
「……ではヤングボアの肉で……魚ソースも少し足して……トリハを、いや、ポロの方が合うか?」
うんうん、いい匂い!
僕は残っていたうどんを茹でて待機。塩なしで作った方も茹でて……これは僕が食べよう!この柔らかい麺も、僕は好き。
「タロウ様!これは……いけると思います!どうぞ……」
「……うん!美味しい!やっぱりジャン天才!」
食べやすい様につゆはほんの少し。肉は細く切って。ジャンが彩りに香草を乗せて、完成!
ドキドキ……。
「……どう?」
「……旨い。うん、かなり旨い」
やったあ!
「ジローはどう?」
「ワン!」『おいしい!』
「ジローも美味しいって!やったね!ジャンありがとう!」
「タロウ様のお陰です」
「ジャンが居なきゃ出来なかったよ!」
「でも食べにくいな……」
「ワゥ」『食べにくい』
「……」
「……それはまだ研究中で……ジローのは小さく切ってるでしょ!」
僕の和食への野望はまだ始まったばかり!
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