第45話 和食が食べたい


 ウオジさんが浜の方に向かって大きく手を振ると、僕達より数百メートル後方に浮かんでいた五、六艘の船がこちらに向かって来た。

「あの船は何?」

「クラーケンが浮かんできたら、引いて帰るんだよ。もし、ワシらの船が壊されたりした場合は救助するために待機してたんだ……今回は上手くいって良かったよ」

「ウオ爺、早く戻ろう。体が冷えちまう!」

「ああ、そうだな」

 船は浜へ向かった。

 クラーケンの元に向かう船とすれ違う時、それに浜に着いてからも、

「やぁお疲れさん!」

「無事で良かったよ!」

「ウオ爺、まだ現役だなぁ!」

 ってみんなが笑顔で声をかけていく。


「ふぅ~」

「あ~……あったかい……」

 漁村ではお風呂を焚いていてくれた。銭湯みたいに大きなお風呂だ。

 一緒に戦った冒険者と漁師さん達が次々に入って来て、お互いの健闘を称え合って笑い合う。

 ……冒険者って感じだなあ。なんか僕だけ場違いかも……。しかもみんな筋肉凄いし。僕も筋トレしようかな……。

「よ、回復師!さっきはサンキューな!」

 あ、イカに巻き付かれてた人。すると別の人達も

「そうそう、お前、光魔法打ってたよな」

「ああ、回復師なのにスゲーじゃん!」

「船酔いしてたろ?」

「オレも吐いたぜ!」

 どっと笑いが起こる。僕も笑った。仲間に入れたみたいで嬉しかった。

 お風呂を出ると、漁村の女の人たちが僕達みんなの服を洗って干してくれていた。

「服が乾くまで、向こうに漁師鍋が用意してあるからね、食べて行ってちょうだいね!」

 助かる!みんな毒霧で紫色になってたからね!それに僕、吐いちゃったからお腹ペコペコ。

 

 漁師鍋は、いろんな魚と海藻と野菜が大きな鍋で煮込まれて、アツアツで、体に沁みる味だった。醤油で味付けしてあるのも嬉しい。うん、体にも心にも……うん?

 あれ、この味、もしかして……。

「すみません、この鍋、何のダシですか?」

「あら、口に合わなかった?苦手な人もいるからねぇ」

「違います!すっごく好きな味です!」

「あら嬉しいわ!これはね……」

 漁村生まれ漁村育ちだと言う奥さんが教えてくれた。

 この懐かしい味、小魚を乾燥させて粉末にした『魚粉』が入っているそう。鰹節と煮干しを合わせたような、日本人ならきっと好きな味!

 魚粉は主に魚の頭や骨など捨ててしまう部分や、食べても美味しくない魚から作られて、肥料としてタガヤ村に卸されているんだけど、鍋に入ってるのは食べても美味しい魚を魚粉にしたもの。

「ここで売ってますか?」

「ううん、王都の人にはあんまり好かれないみたいで。各家庭で作ってるだけなんだよ。そんなに気に入ってくれたなら、ウチのを分けてあげるよ!」

 奥さんは両手にいっぱいくらいの魚粉を分けてくれた。僕はお金を払おうとしたけど、「こんなモンでお金は取れない」と言われ、さらに干物まで貰ってしまった。

 お腹いっぱい鍋をご馳走になり、服も乾いた。海の方を見ると、さっきすれ違った船がクラーケンを引っ張って戻ってくるのが見えた。これから漁師さん達で解体するそうだ。

 ウオジさんとウシオさんに挨拶をして漁村を出た。


「タロ、何だそれ?」

「魚粉と干物!」

 ギルドに寄って報酬を貰い、馬車で帰る途中。

「……そんなモン、何するんだ?」

「ジャンに料理して貰おうと思って」

「……それを?」

 うわ、嫌そうな顔!……ラキルは肉食だもんね。

 そうか、ここって主食がパンと肉だから、和風の魚のダシはあんまり合わないのかも。でも、漁師鍋はラキルも皆も、美味しそうに食べてたし。ジャンならきっと美味しい物を作ってくれるはず!

 そう、僕はモーレツに和食が食べたい。

 エルフの里で米、漁村で醤油を発見した時からフツフツと湧いて来ていた和食への思い……。そして魚のダシ。これで和食にだいぶ近づいた!海藻も干していたから、きっと昆布ダシ的な物もあるはず。残念ながら鰹節はなかったけど……。

 ラキルの嫌な顔は無視、僕はウキウキしながら屋敷に向かっていた。


「タ、タロウ様……魚粉とは、畑のひ、肥料ですが……」

 ジャンまで!……前途多難かもしれない。でもめげないぞ!


 次の日は雨だった。

 僕は朝食のあとラートハイム夫妻を見送るとすぐ、厨房へ向かう。

「ジャン……やるよ」

「……タロウ様。……わかりました」

 僕達は厨房から裏庭に出ると、まず柱と庭木を使ってシートを張って屋根をつくり、その下にレンガを積んで網をのせた。簡易かまどだ。下に火の魔石を置いて完成。

「じゃあ、焼くよ」

「はい……あ雨で良かったです」

 何をするかというと、昨日貰った干物を焼くんだ。

 昨日、ジャンは干物は好きだと言ったけど、ラキルは魚が嫌いだし、ラートハイム夫妻も干物は食べない。干物は庶民の食べ物で、普通、貴族の家で魚を焼く事はないんだって。問題は匂いと煙。

 昔、ジャンが別の貴族の屋敷で料理番見習いをしていた時、厨房で魚を焼いてクビになったらしい。それ以来ジャンは焼き魚を食べていない。

 じゃあ外で焼けばいい、と僕が言ったら、「隣のお屋敷から苦情がくるのでは」と、ジャンは及び腰だった。それで、雨の日だったら匂いも広がらないし窓を閉めているから大丈夫では、と言ったけど、それでもジャンは躊躇していた。

「……僕は一人でもやるよ!」

 万一苦情が来てもジャンが怒られないように、僕だけで焼いて、でもジャンも一緒に食べよう、と言ったら

「……タロウ様の覚悟は分かりました……私もお手伝い……いえ、やります!」

 そして現在に至る。


「タロウ様、違います。まず身を下にして焼きます」

「あ、こう?」 

 ……。

「……そろそろひっくり返す?」

「まだです」

 ……。

「はい、今!」

「はい!……おお~」

 いい色に焼けてる!いい匂い!脂が滲み出て、もう!

「ワフ~」『いい匂い~』

「あ、ジロー」

「ワン!」『ボクも食べたい!』

「うん、いいよ!」

 

「タロウ様、そろそろです」

 よし!お皿に載せて完成!

 火を消し、網をどけて木の板をのせ、かまどをテーブル替わりに。お行儀悪いけど、僕とジャンはしゃがんで手掴みで干物を食べた。

「美味しい!」

「……ああ、この味……美味しいです」

「ワン!」『おいしいね!』

 お米が食べたい……。

 干物はあっという間になくなった。ジャンが皿とレンガを片付け、僕はジローに穴を掘ってもらって干物の骨を埋めた。証拠隠滅だ……匂わない為にだけど。

「タ、タロウ様……有難うございました。すご、凄く、美味しかったです」

「僕こそ!またやろうよ!」

 美味しかったし楽しかった。干物を焼いて食べただけなんだけど……隠れて何かするって、ドキドキするよね。

「タロウ様の……国の、り料理も知りたいです」

「うん!……材料が違うから難しいかもしれないけど……二人で研究しようよ!」

「はい」

 ジャンが嬉しそうに笑ってくれた。

「それでね、魚粉の出番なんだけど」

 笑顔が固まった!


 その後、厨房でジローの足を洗って屋敷に戻ったら、ミーナに

「……タロウ様にジロー様、何か匂いますね……?」

って言われて、僕は自供した。

 





 

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