第43話 クラーケン


 今日は早起きした。

 久しぶりに魔物と戦うし、海の魔物は初めてだ。知らない人達と一緒なのも初で、緊張してる。

 昨日ラキルに聞いた話では、クラーケンは足の長さまで含めると七、八メートルもあって、足の数は十本以上。複数の足がバラバラに動いて攻撃してくる。おまけに毒霧を吐き、船に絡み付かれたら船ごと沈む……!

 本当に僕、大丈夫かな……!?ドキドキしながら漁村に向かった。

 桟橋付近にはすでに十人ほどの人が集まっていた。そのあとも続々とやって来て、いつの間にか人がいっぱいになった。

 時間になると、組合長のウオジさんが前へ出て大きな声で言った。

「依頼を受けてくれた者は前へ来てくれ……いち、にぃ───よし、全員いるな。じゃあ説明を始めるぞ」

 

 今回依頼を受けて集まった冒険者は八人。

 剣を使う人が四人、魔法で戦う人が三人。そして僕。

 それから船を操る漁師さんが八人。そのうちの一人はウオジさんだ。全部で十六人。

「昨日、二人加わってくれたから、船は四艘出す事にした」

 ウオジさんがそう言うと

「なんだ、報酬が減るな」

「ウオ爺、大丈夫か?無理すんなよ!」

 って声が上がった。ウオジさんは野次を無視。

「作戦は昨日伝えた通り!昨日加わった二人はワシの船に乗ってくれ。向かいながら説明するからな……クラーケンは沖に五キロから十キロの辺りに現れると予想している。第一班が先行、第二班は───」

 ウオジさんの説明は続き、その間はみんな真剣に耳をかたむけていた。

「───以上だ。質問は?……失敗したらやり直しになる。もちろん報酬は出せない。頑張ってくれ。……おおい!後ろの皆もちゃんと支援頼むぞ!……では行こうか」

「おお!」


 桟橋から船に乗る。僕達はウオジさんの船に乗り込んだ。

「ラキルとタロウだったな。この船は四班だ。作戦は───」

 一班から三班の船には、それぞれ冒険者と漁師が二人づつ乗っている。剣で戦う人、魔法攻撃する人、船の操作をする人とその補佐をする人。漁師は、力もあり武器や魔法を使える人が選ばれてる。僕達の船は、ウオジさんの孫のウシオさんが一緒だ。

 作戦の流れを説明してくれているのはウシオさんだ。

 一班の船が先行して、クラーケンを見つけたら合図の魔法を上げる。二班、三班は左右から近づき、クラーケンを囲む配置にする。僕達四班は遊撃手だそうだ。僕が回復師だから、回復して回るって事かな?

「明日あたりから海が荒れそうでな。昨日の時点で、決行は今日に決まってたんだ。ギリギリでお前達が依頼を受けてくれたんで、ウオ爺が急きょ四班を作った。だから、この船は作戦に組み込まれてないんだ」

「ああ、それで遊撃班か」

「気を悪くするなよ。俺達は少しでも戦力が上がれば有難いんだ。冒険者の連中は違うようだが」

 依頼書には「報酬は人数で等分」て書いてあったからね……。

「クラーケンを見た事はあるか?」

「いや、ない。図鑑の知識と噂だけだ」

「僕もないです」

「とにかくデカいぞ。ひびるなよ。ラキルは伸びて来た足を斬れ。絡み付かれる前にな。切り落とす必要はない、動かなくなればいい。……他の船の剣使い達も役目はそれだ。魔術師が本体を攻撃する」

「あの、どこを狙えばいいですか?」

「……タロウは回復師じゃなかったか?」

「あ、すこ……」

「タロはかなり光属を使えるぞ!なぁ!」

「そうなのか?凄いじゃないか!ウオ爺、聞いたか!?」

「ああ!聞こえた!操縦は任せろ……久々に腕が鳴るなぁ!」

 ……ラキルは僕を過大評価してると思う。ハードルを上げるのはヤメて……。


「上がったぞ!合図だ!!」

 ウオジさんが叫んだ。

 どこだ?目を凝らしても何も見えない。海は穏やかで三艘の船がたゆたっている……と、二班と三班が左右に展開、そして一班の船の少し先で、海面が盛り上がる。

「来るぞ!しっかり捕まれ!」

 ザッバァ!出た!イカの頭!

 直後に大きな波が船を持ち上げた。

「うわ!」

 そして急降下!

「きゃあああ!!」

 女の子みたいな声が出てしまった!うう、こんな状態で戦うの!?

 見ると他の船では戦闘が始まっている。

 クラーケンは半透明な暗い紫色の胴体を半ば海中に沈め、複数の長い足を海中からウネウネと出して船を襲っている。

 その足を剣を持つ冒険者が切りつけているけど、あれ、切れてないんじゃない!?

 魔術師からは次々と魔法が放たれる。激しく光る魔法……あれは雷だ!初めて見た!


「ワシらも行くぞ!」

 ウオジさんの声と同時に僕達の船が加速する。

「今年のはかなりデカい!気を付けろ!……一班が狙われてるな……タロウ、目を狙え!」

 ウシオさんの指示にハッとして気を取り直し、『ピッチングマシーン』を放つ。が、船の揺れで全然命中しない!イカの胴体には当たっているんだけど、傷も付いてない。光の玉が弾き返されている感じがする。『輪切り』に切り替える。するとピシッと表面が切れた。そうか、皮だ。皮を切らないと弾かれる。でも皮を切ってるだけじゃ……やっぱり目を狙うしかない!

「来るぞお!!」

 ズザァ!と海中から持ち上がった足が僕達の頭上に降って来た!

「任せろ!おラァ!」

 ラキルが足を切った!やった!その時、

「助けて!!!」

 一班の一人がイカの足に巻かれて持ち上げられてる!他の二人が必死にその人の足にしがみ付き、なんとか耐えてる状態だ。

「今行く!耐えろ!!」

 ラキルが一班の船に飛び移ろうとしている。僕は巻き付いているイカの足を狙って

『斬鉄剣!!』

 ビシッ!

 足の半分くらいが切れた!巻き付かれていた人がドサッと船に落ちた。よし!

「いいぞタロ!」

「サンキュー!助かった!!……コ~ノ~ヤローーー!!」

 助かった人が怒りの雷魔法を放った!魔法はイカの目と目の間に命中し、胴体が大きくのけ反る。効いてる!

 イカはそのままのけ反っていき……体の紫色が濃くなっていってる?

「毒霧が来るぞ!!目を潰って伏せろ!!」

 慌てて床に伏せる!

 プシャーーー!!

 何かが吐き出された音。

「まだだ、まだ頭を上げるなよ……よし、いいぞ!」

 ウオジさんの声で恐る恐る顔を上げると、船が黒っぽい紫色に染まっていた。

「逃がすなーー!!!」

 ゴボゴボと音を立てながら、イカがゆっくり沈んでいく。全ての船から何本も槍が投げられ、魔法が飛ぶ。僕も輪切りを打ち続けた。すると沈みかけていたイカがまた顔を出す。僕達の船の正面だ!

「ウオ爺!!突っ込め!!」

「おお!」

 太い槍を構えたウシオさんが船首に立ち「俺を押さえてくれ!」僕とラキルがウシオさんの足と腰にしがみ付く。

 ドンッ!!

 ウシオさんの槍がイカに深く刺さった次の瞬間、船に激しい衝撃が来た。船はすぐ旋回、離脱しようとしたが、イカの足が暴れまわって凄い波だ!

「うわ!」

「落ちるなよ!!」

 とても立っていられず、何も出来ない。おまけに吐きそう!なのに他の船からは魔法攻撃が飛び交っている。ラキルも追ってくる足を切り捨てる。みんな凄い……僕はもうダメだ……!ごめんなさい!

 オェーッゲロゲロ……船の縁にしがみ付き思いっ切り吐いた。

「ほら、これ飲め!」

 ウオジさんが操縦席から水筒を投げてくれた。

「もう少しだ!頑張れ!」

 ウシオさんも励ましてくれる。

 不甲斐ない……けど吐いたおかげで少し楽になった。僕も出来る事をやらないと!

 動いているイカの足の数はずいぶん減ってきた。波もさっきよりマシになってる。

「皆疲れてきているな。よし、他の船を回ろう」

 僕達は一番近くに居た三班の船に近づき、

「三班!大丈夫か!怪我人はいるか!」

「回復師か!頼む!」

 互いの船をロープで繋ぐと、ラキルがひょい、と僕を持ち上げて三班の船に渡した。

「足首を!」「腕が!」順番に三班のみんなを回復。僕が回復している最中も、みんな戦うのを辞めない。───集中だ。きっとラキルが僕を守ってくれてる。僕は僕にできる事を!

「ありがとな!ほれ!」

 また、ひょいっと持たれて四班の船に戻される。と同時にロープが解かれ、船が離れる。

「次行くぞ!」

 そして二班の船で同じように回復。

「あと少しだ!頑張ろうぜ!!」

 そして一班の船にロープを繋いでいる時、

「フシュゥゥゥ……」

 大きな、空気が抜けるような音。

「やったか!?」

 クラーケンは静かに沈んでいき、まだウネウネ動いている足もやがて海に消えた。

「やったぞ!!」

 わあ…!全ての船から歓声が上がった。


 

 



 

 

 

 

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