第11章 黒い影
共犯である個人タクシー運転手は紅倉の言ったとおり同じ頃に逮捕された。
彼は独身で、まだ25歳だった。
しかし主犯格の男、旅行雑誌のルポライターは、結婚をしていた。14歳の娘がいた。
男のパソコンには犯行現場で撮影されたデジタル写真が相当数保存されていた。
中には、被害少女の体に、自分の娘の顔を合成させた写真もあった。
男にいずれ自分の娘を殺すつもりがあったのか………
少なくとも願望は強くあったようだ。
しかし、そもそも、
猟奇殺人に共犯などありえるのだろうか?
ありえる、のだろう、
今の世の中なら。
どんなに特殊な嗜好の持ち主でも、それがどんなに少数派であろうとも、
出会いの場はいくらでもある、
机の上、または手のひらに収まる小さなケースから、広い世界へと………………。
話変わって、
野辺山真衣。
夜、布団にくるまって、彼女は震えていた。
教祖様としてさんざん利用してきた級友のあの狂乱……。
呪いが、
自分の身に降りかかってくることを、今さらながらに恐れているのだ。
彼女は否定できない、呪いの実在を……。
黒い影が、
じっと真衣を見ていた。
気付いて真衣はひいいと息を飲んだ。
影は血走った恐ろしい目で真衣を睨んでいた。
「だ……、だれ………?……」
涙ながらかろうじてそれだけ言った。
影は答えなかった。
ズカズカ歩いてくると、
真衣の頭を鷲掴みにして引き起こした。
「ひいいいっ」
悲鳴を上げた。
「お父さん、お母さん、助けてーっ!!!」
しかし、起きてきてくれる気配はない。
真っ黒な影は凶暴な目で真衣を睨んでいる。
「い、いや……、なんで?……、た、たすけてよお~……」
影は口を開いた。真っ赤な歯茎に、長い犬歯がにょっきり生えていた。
「た、たすけ………」
助けを求める真衣は、自分がちゃんと布団に寝ているのを発見した。
夢?
夢でも怖い。
意識はこんなにハッキリしている。
自分は、生き霊を引き出されたのだ、と理解した。
「た、たすけて……、あなた……だ……だれ?…………」
ものすごい力が首を締め上げた。
苦しい………。
混濁していく意識の中で、真衣は相手が女であることを知った。
この女も……、
また……………………
都内某高級住宅街にある広壮な一軒の屋敷。
紅倉美姫と芙蓉美貴はそこに住んでいる。
紅倉の潤沢なスポンサーの持ち物だ。
紅倉はベッドにぐったり寝込んでいた。
柄にもなくアクティブな活躍をして、人混みのなか気を張って、
ただでさえひ弱い体がすっかりまいっている。
夜も遅いが芙蓉がかいがいしく紅倉の看護をしていた。本来紅倉は完全な夜型人間なのだ。
眠る様子のない紅倉に芙蓉は話しかけた。
「センセ、わたし、どうもすっきりしないんですけれど」
「なあに?」
「里香さんの前世って、本当にあの男の娘だったんですか?
あの男にしても、結果的にうまくいったにしろ、何故殺人を犯すのに本来危険な共犯なんて使ったんでしょう?」
「知らない」
「それに先生もどうしてわざわざ里香さんをあんな目に遭わせる必要があったんです?」
「カゴの中におびき寄せるためのエサ……って言ったら怒られる?」
「怒ります。あんな男、警察に任せておけばよかったじゃないですか?」
「それじゃあ、わたしの腹の虫が治まらない」
「先生が人を殺すところなんて、見たくありません」
「わたしは何もしてないわ。あの男が自分の罪の重さに勝手に自滅しただけ」
芙蓉は信用しない。疑いの目でじっと紅倉を見つめた。
「何故里香さんをあんな目に遭わせる必要があったのか?
そもそも里香さんの不安や強迫観念はどこからもたらされたのか?
先生、
わたしはあの日あの時刻、先生の指示であのホームにいました」
「……………」
「知っていたんですよね?あの男があの場所に現れるって。
里香さんのことも知っていたんですか?
ソウルメートって、なんですか?
前世で殺された記憶が甦ったにしろ、何故自分から死ぬような行動を取ったんです?
里香さんをあんな目に遭わせたのは、
先生の警告だったんじゃありません?
悪は滅びる、って。
里香さんの前世って、むしろ………」
紅倉は芙蓉の唇を人差し指で押さえた。
「いいのよ、前世なんてただの記憶。けっして思い出されることのない、ね。
今現在の生まれ変わりに当然影響はあるけれど、人が生きる環境を選べないのは誰にとっても同じこと。与えられた環境でどう生きていくかはその人次第。
だから、前世なんか知る必要はないし、生きていく上でなんの関係もないのよ。
それに、人を呪い殺せるような強い念力、普通の人間が持っているはずないわ」
「はあ………」
芙蓉は疑り深さを理由にじっと紅倉の綺麗な顔を見つめた。紅倉はフランクに表情をゆるめた。
「ま、しかし……。わたしは人の復讐心にはわりと寛容なの。それも適当なところで満足してくれればの話だけど……」
紅倉はじっと虚空を見ている。その赤い瞳で何を見ているのか…………
「センセ」
芙蓉が紅倉のごく薄い現実の視界に無理やり顔を割り込ませた。くっつきそうに近い。
「いけない趣味はその程度にして、お休みのキスしてあげますからさっさと寝てください」
芙蓉は紅倉の額に口づけした。
「お休みなさい」
「お休み」
灯りが消され、芙蓉は部屋を出ていった。
しかし、紅倉の瞳はまだ赤い。口許にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
小岩井里香も眠っていた。
もはやなんの心配事もなく。
楽しい夢を見ているのか、その口許には紅倉とよく似た笑みが浮かんでいた。
おわり。
2007年11月作品
2010年1月改稿
霊能力者紅倉美姫1 死に神はあなたよ! 岳石祭人 @take-stone
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