Ⅸ
「あなたが目を開けてくださって、本当に良かった。心中でもされたかと瞬間、ひやりとしましたから」
店員がミルクセーキを作る喫茶室にて、老先生は言いました。その口調は、半分眠った意識の私に
「モーニングの美味しい喫茶室があるのですが」
と話された口調と同じく、日常会話的なのでした。
私は、重いかもしれない人生観を差し障りなく語ることに慣れて、店員が目を
「ミヨシくんと私では、とうてい絵に成り得ないでしょう。私は既に、常識の
「そうでしょうか。あなたは若く、美しい。私の孫と、年齢も
「ええ。幾らでも話していたい。少年の形をした青年だと知らない頃、可愛いだなんて、失礼なことを言いました。謝らなければ」
卵と牛乳と砂糖を
「誰かと話すことで自分を繋ぎ止めておける。そんなことが、あるのですね」
トーストを食べ終えて、茹で卵の殻を剥く老先生が呟きました。
「先生には、気を許して語り合える方が、おられるのですね」
「ええ。娘が霊媒師を通じて、私に語り掛けるのです」
ミヨシくんの予想は的中していました。
「正気の沙汰ではないと、思われるでしょう」
「いいえ、そんなことは」
「いいんですよ。正気の沙汰ではないことぐらい、自分で分かっています。しかし、今の私には必要なのですよ。必要とは言え、昨日はレッスンを放棄してしまいました。この埋め合わせに、と言っては何ですが、あなたの御都合の良い日にちと時間で、振り替えさせて頂きます。月曜日以外で、一向に構いませんよ」
その御言葉に甘えて、早速、明後日の夕刻にレッスンを希望しました。時間の流れは、いつになく早く、出社時刻を過ぎています。会計を急ぐ私に
「随分、お引き留めしました。
と、老先生は財布の紐を緩めました。
月曜日と同じ服装で出社した私は、一時間の遅刻を上司に責められましたが、いつもどおりに働きました。
それは人生の、おまけに感じられる時間でした。
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